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第五十二話 足掻く者のお話

その掛け声だけで十分だった。

俺の腕から先の感覚が一瞬でなくなり、代わりに熱い鉄の塊を押し付けられたような熱い感覚が支配する。


「ぐぁああああああ!う、腕がぁ!」

血が心臓の鼓動に合わせ、ビュっと飛び出る血が、自分の命が流れ出ている事を教えてくれていた。

そして、その真っ赤な血を嬉しそうに浴びながらアーメルは血をすくい舐めた。

「フン!やはりあまり才能を感じぬな。

じゃがあらゆる困難を乗り越えてきたタフな血じゃ。

残念じゃよアルス。

お前のその考え、思考、思想全てが我好みじゃ。

しかし、その無能さがそれ以外すべてをダメにしている。

ネティス!そいつがしばらくは死なぬ程度の止血をせい!

無能者アルス…

死にかけの貴様に残された最後の仕事は、我を楽しませる事であると心得よ!

もっとも我を満足させなければ、悲しい事にお前の愛しき者たちは、理不尽に切り裂かれるであろうが…

最も、お前がその結末を知ることはないがのう…

アハハハハハハハハハハハ!」


その笑い声と共に、お付きの騎士…ネティスが乱暴にぼろ布を俺の腕に強く縛りつけた。

しかし、幾ら強く縛ってもあふれ出る血は、多少減ってはいるが相変わらず出血し続けていた。

「これで、少しは体から出る血を抑えられる。精々残された時間を姫様のために使え」

そう乱暴に告げる騎士に、一瞬だけ視線を投げかけ、俺は玉の汗をかきながら、思考する。

この女、最初からフランソワやクーノを罰する気はなかったのだ。

俺の考えが知りたい…そのためだけに俺の前に彼女たちの罪をちらつかせ俺の考えをすべて吐き出させたのだ。

そこまで理解して、俺も言葉を紡ぐ。

「あ…貴方も…その美しい外見…徹底的で理性的な考え…全て王族に相応しい者です。

でもその最悪な性格がそれ以外を全てをダメにしていますね」


「アハハハハ!素のお主は何に対しても、歯に衣着せぬな。

久しぶりじゃ。

最近は皆我に対し、恐れしか抱かぬ。

最近では我が翼の者どもくらいかのう…」

そこまで言い切って、嬉しそうな顔が一転、凶悪な笑みを浮かべた。


「つまらぬ… まったくもってつまらぬ! 

我は我と同じぐらい黒く強大な者と闘いたい。

人は常に何かと闘う。

闘い、得る物こそ至高の…勝者にのみに許された得がたきものよ。

そうは思わんか?アルス?」

必死にわきの下の動脈を抑えながら、俺はアーメルを見た。

「ええ…私もそう思いますよ。

そして弱者は強者から押し付けられた思いを、知らす知らずに受け取っているものです。

ソフィリアのようにね」

俺の言葉にピクリと眉を動かすアーメル。

「ほう…おもしろい、聞かせてみよ」

「貴方は、ソフィリアの教育に横から口をだし方針を変えさせた。

あの子がわがままに生きるように、彼女の自由になるようにそして、知らず知らずのうちに相手を傷つけるように。

それが出来る自分に都合のよい教育担当者を探した。

そしてそれが帝国の間諜を王宮内に入れる事に繋がってしまった…」

俺は必死で、崩れ落ちそうな思考を必死で繋ぎとめ、相手の心を抉る言葉を紡ぐ。

先程の余裕の笑みは一瞬で消え、俺を氷点下のような冷たい目で睨みつけるアーメル。

「ああ…これは予想外だ。

お主は我やフェルトが思っている以上に聡明だ。

その通りよ。

あの側室の泥棒猫と妾の子が!

我が母が父である、ゲフィラム王から受けるべき寵愛をかすめ取りおって!

ずうずうしいにも程がある。

だから人生を狂わせるべく、我はあの娘にむごい(・・・)教育を支持した。

しっかりとあの泥棒猫を殺してな」

アーメルの整った唇から洩れる汚泥のような言葉に俺は驚いていた。

しかし、怯んでいる場合ではない。


俺はさらに言葉を紡ぐ。

紡ぎながら思考を働かせ徐々に恐ろしい事に気がついた。

「これは…驚いた。

ソフィリアだけじゃなく貴方も子供だったとは…たとえ親同士の事であっても、生まれてくる子供に何も罪はない。

それは貴方の一方的なエゴですよ。

そして、そのエゴが今になって貴方に襲いかかって来た。

帝国という絶対的な脅威を伴ってね。

おそらく、貴方がそれに気付いたのは最近だ。

誰かに指摘された…

だから今回こんな手の込んだ事をする事になった。

おそらく貴方が早急に手を打たなければいけないほど上位の人間…

ま…さ、か現王ゲフィラム…貴方の父親ですか?」


恐る恐る出した俺の言葉に、アーメルは表情を変えずに答える。

「ああ…つくづくおしい男よなアルス。

そこまで頭が回っておきながらその無能さ。

本当に惜しいのう。

お前に才能があったなら我の婿にと、おもちゃのように弄り倒しておったものを…

さて…それを肯定したら、お前の話は終いかえ?」

俺は何も言わない、これ以上彼女の弱みは見えなかった。

正直言って、それも無意味に終わってしまった。

彼女の意思はあまりに強い。

俺の言葉では崩すことは難しい…


「なら今度は我からお主に質問しよう。

なぜあの娘たちの告白を断った?」

その言葉に俺は何も言わない。

まあ、当然と言えば当然だ。

こいつの狙いは俺とクレオなのだ。

対象人物の動向を把握していて当然だ。

だが、それも最近のごくごく身内のみの会話を知りえているとは思わなかった。

そう、驚きつつも言葉を吐きだす。

「それは……俺が彼女たちと一緒の世界に居られないからだ。

俺の才能では彼女たちと一緒に居る事は出来ない、それは彼女たちが俺を好きという気持ちを持ち続けたとしても…だ」


ニコニコとさもおいしい獲物を見つけたかのようにアーメルは嬉々として返してきた。

「だがお前はこの話を受けた。

それは彼女たちと一緒に生きて行きたいとお前が思ったからに他ならない。

だがお前は告白だけを断った。

何故だ?」

余りに的確すぎるその問いに俺は必死で左手の切断面

「ああ、それは今の俺では彼女たちに不釣り合いだと思ったからだ。

だから、彼女たちの話を聞き、俺なりのけじめを設けたんだ。

彼女たちの依頼をこなし、王宮や家にしっかりとした立場を示す事が出来れば、それは事実上この国で生きていける事を示す。

だから、そのありえないほどの可能性にかけた…」

いつの間にか、額からゆっくりと頬を伝い、垂れる汗。


「ふん、くだらん。結局お前は絵図にかかり、命を落とした。

腕を失ったお前はもう長くない。

他者なんぞに気を使えるほど、お前は才能に恵まれておらんだろうに…」

「べつに悪い事ばかりじゃない。

俺が死に、彼女たちがその事を聞けば、それだけ彼女たちは強くなる。

次に出来るであろう“守りたい大切な者”を全力で守れるようになる。

そして、アーメル様とソフィリア様がいる。

アーメル様は今回の事を知って彼女たちに目を付ける。

そして、それはソフィリアも同じ事…彼女は貴方と違いもう子供じゃない。

だから、強い意志をもった彼女たちに、近い将来目を付ける。

俺はあいつらの幸せを願う。

だが、幸せにするのは俺じゃなくていい…」

俺は蒼い顔のままそう呟く。

相変わらず腕からは抑えきれなかった分の俺の血が流れ続けていたが、気にしなかった。


「プッ!アハハハハ…

見事じゃ。

だが、一つ気に入らん。

お前は我を子供といったな。

あの妾の子と比べられ、劣っていると思われるのは不快じゃ」

そう言うと俺の顎を掴み、一気にその深紅の唇で俺の口を塞いだ。


「ン!」

突然の出来事で死にかけている事も忘れ頭が真っ白になる。

「ひ、姫様!はしたない!嫁入り前の身で無能相手になんて事を!」

慌てて、お付きの騎士であるネティスが止めに入るもアーメルは気にすることなく俺の口を蹂躙し続ける。


ようやくアーメルが口を離す。

俺とアーメルの間を唾液が糸を引いた。

「ンッ…ジュルッ…ップハ! ふむ…我も初めてにしてはなかなかであろう?

これで我はあの娘より一つ進む。

あ奴が、今現在もっとも信頼しているであろう、男の唇を奪う事でな…

フ、アハハハハハハハハハハハハ!!!

アアァ!

真実を知り、この事実を知った時の奴の顔を想像するだけで笑いが止まらぬ!」

「…ああ」

突然の事に俺は頭が回らない。

まさかソフィリアに負けたくないだけでアーメルが此処まで挑発的な行為に出るとは思わなかった。

ネティスもいい加減しびれを切らしたのだろう。

明らかにイライラした雰囲気を隠そうともせずにアーメルに上申する。

「姫様!こんなところに長居は無用です。

早く龍痕街を制圧しましょう」

「ふむ、頃愛かの。

ではなアルス、精々黄泉への旅を楽しむがよい。

そうそう、腕は貴様のつまらぬ戯言に付き合った代金じゃ。

貰い受けておくでの」

そう言うと、ネティスが俺の腕を拾い、馬車を何事も無かったかのように出て行ってしまった。


直後、厳重に鍵が閉められる音がし、床や壁のあちこちから煙が立ち始めた。

…ああ、俺をこの馬車ごと焼却処分する気か…


そう考えるのが精一杯で俺は緊張の糸が切れたように意識を失った。



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