第四十八話 竜との邂逅のお話
「ねぇ!起きてアルス! 起きてよ! 早く!早く!」
ソフィリアのやかましい声と、頭を激しく揺さぶられる感覚に俺は強制的に意識が覚醒する。
「…ど、どうした? ああ…済まない。俺が寝すぎてしまっ…」
「違うの! ごめんなさい。 私、貴方を起こす前にあの人に言われたの。
“貴方と私を必ず此処から出してやるから、頼みを聞いてくれ“ってだから…貴方が休むよう促したんだけど…」
ソフィリアのその言葉に俺は、冷水を浴びせられたような感覚になった。
「おい! それでファルデロは、アイツは何処に居る?」
俺の声にただ首を振るソフィリア。
「わからないの…急に選定に来た竜に大声で“俺が闘う”って…
どういう事なのかさっぱり…」
その言葉に俺は慌てて、格子部分に駆け寄った。
そして、そこから見える光景に思わず息を飲む。
闘技場と思しき岩場…その岩場を囲むように竜達がいた。
おそらく体の大きさからして、成体の竜達だ。
そして岩場の上には、あの竜とファルデロの姿があった。
「おい!ファルデロやめろー!そいつを喰うなぁぁああああ!」
―――――――――――
遠くでアルスが呼ぶ声が聞こえる。
その声がファルデロにはとても心強く感じられた。
今ならどんな事でもできそうなくらいに…
<随分と明るい顔をしているが、よいのか?>
そう聞いてきた竜に彼は笑顔で答える。
「ああ、あんたと悔いなくやるために、色々とやる事があったんだ。
これで俺も兄弟や親父と同じ顔が出来る…」
そう答えて血まみれの体を見た。
もう指一本動かせそうではないが、心は満たされている。
<ふん、貴様は人の中でも劣等種であろう?>
そう語る竜が可笑しかった。
兄弟に…アルスに会う前の自分を見ているようだった。
「おいおい、甘く見ないでくれよ。
劣等種だが、俺は俺さ。
俺はそれを兄弟から教えてもらったからな…」
ファルデロのその目をしばらく見つめ、竜は翼を広げた。
<良いだろう。
自ら死に向かうのもまた強者の証。
我は貴様を喰らい。
また一つ成竜へ近づく…>
そう言うと竜は大きな口を開けた。
―――――――――――――
「ああ…くそっ…」
格子の前でうなだれる俺に、ソフィリアが申し訳なさそうに呟いた。
「ご、ごめんなさい。あの人、まさか死ぬつもりだったなんて思わなくて…」
その言葉に俺は、力なく頷いた。
「ああ、大丈夫だ。気にするな…
アイツは、そういう道を選んだ。
俺たちを助ける道をな。
俺はそれに応えなくちゃいけない」
そう、なら俺も応えるべく向かうべきだ。
「ど、どういう事?
あの人が死ぬと私たちが助かるの?」
ソフィリアの戸惑う声にも平然と答える。
「いや、正確にはそうじゃない。まあ見てろ」
そう言うと、俺は声を張り上げた。
「おい!糞トカゲ! 次は俺が相手だ!」
俺の声に、白い竜は此方の方を向き嬉しそうに喉を鳴らした。
<おお! 我の爪を逃れた強者よ。
とうとう貴様が来るか。
待ちくたびれたぞ。
さあ、お互いの存在をかけて闘おうではないか!>
そう語りかけ、竜が一声鳴くと、みるみるうちに岩が動き出し闘技場と俺たちの居る牢屋を繋ぐ道が出来上がった。
これも竜の力だろうか…これだけ簡単に地形を操作されては、逃げる事も難しいだろう。
<さあ来い。貴様を喰い、我が力としてやろう>
「アルス…どうしよう。わ、私」
怯えるソフィリアに俺は何でもないように答えた。
「まあ、ここで待ってろよ。サクッと終わらしてまた戻って来るさ。
それと…」
と、ソフィリアの目を見る。
すまなそうにしているソフィリアに俺は言葉を紡ぐ。
「上手い話は早々ないんだ。
だが、これでお前は一つ学んだ。次は、しっかりとどうなるか考えてから行動するんだ。
でなければ、これから現れる詐欺師に身も心も全てむしり取られる。
もし、自分や他人が自らの事しか手に負えない状況にあるにも関わらず、他人に手を差し出そうなんて事をしようとする奴がいるなら…」
「…い、いるなら?」
「それは、自覚のない詐欺師か自覚ある詐欺師のどちらかだ。
まあ、両方、詐欺師だからな。結局、気をつけるに越したことはないんだよ」
「嘘よ!」
俺の言葉にソフィリアは真っ向から否定した。
「なら、あんたはどうなのよ!こんな絶望的な状況で私に構うなんて底抜けのお人よしじゃない!」
その言葉に俺は無言でソフィリアの頭を撫でた。
「俺にも思惑がある。
いいか?
考えるんだ…
考えて考えて相手の思惑より先を行け。
そして、その先に他人の事を思え。
そうすれば人は自然とついて来る」
そう言うと、俺は人形のような人たちを抜けて、竜の元に向かった。
竜を目の前にして俺は改めてその大きさに驚いていた。
頭部から尾まで含めたその全長は軽く50m以上はあるだろう。
そして、印象的なのがその色だ。
鱗の全てが白く、まぶしいくらいの光沢を放っている。
俗に言うアルビノというのだろうか。
しかしその美しさに反してファルデロを喰らった名残である、生々しい返り血がその鱗をグロテスクに染め上げていた。
竜の周りを見渡すと様々な武器が放置されている。
おそらく今まで死んでいった者たちの持ち物だろう。
血がそのままこびりついている物から新品同様の物まで様々だ。
<そこにある武器を使ってもよいのだぞ。
人とは道具を手にして初めて、我が成竜となるにふさわしい獲物になる。
ならばその状態で闘い喰らわねば、意味がないからの>
俺は竜の言葉に、手に持った武器を見た。
まあ、なんにせよ今一番使い慣れている物が一番だろう。
「なら、いい。
既に武器はある…」
そう言って俺は竜と向かい合った。
<精々、地べたを這いずり回って足掻くがよい。劣等種としての意地を我に見せてみろ!>
グガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
竜が雄叫びをあげる。
その叫びに俺は、不敵に笑った。
「ああ…足掻くのは俺の専売特許だ」




