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第四十二話 お互いの事のお話

真っ暗な空間というものは本来、あまり近づきたくないモノがある。

最初、ただ暗いだけだった洞窟だが、奥へと進むにつれ、洞窟の岩肌に所々に生えるヒカリ苔が薄く洞窟を照らし、俺たちを多少なりとも奥へと進む気にさせていた。


たいまつ用のかがり火すら、用意できてない俺たちにとってかなりありがたい状況だ。

しかし、武器と言えるものが棍棒のみという、絶対的に不利な状況は変わらず俺たちを危機的状況に追い込んでいた。

今ここで、ウルフ系のモンスターに群れ単位で襲われれば一溜まりもないだろう。

そこまで考えて、俺は手を繋いでいるソフィリアを見た。

この状況にも、しっかりと手を握り返し、ついて来る姿勢は流石だが、息は荒く体力がかなり消耗している事は明らかだ。

俺たちがたとえ、モンスターたちに出会わなくても、洞窟の険しい道のりは確実に俺たちの体力を奪い弱らせている。


「ソフィリア、足元大丈夫か?お前の靴じゃあ、この洞窟は辛いだろ」

「だ、大丈夫よ、それよりこっちの道であってるの?」

ソフィリアの心配そうな声に俺はそっけなく答えた。

「ああ、たぶんな…」

「ちょっと!たぶんってどういう事よ!?」

ソフィリアの責めるような声にも俺は平然と答えた。

「当たり前だろう。俺だって全知全能の神様じゃない。今日初めて潜る洞窟の道なんて分かるわけがない。ただ…」

俺はそこで言ったん足を止め、人さし指をくわえると、宙にかざした。

「ただ…なによ?」

「ただ、風は俺たちの進む方から来ている。という事はそっちに外に通じる出口がある可能性が高いってことだ」

「それで、洞窟を出たらどうすんのよ?何処にも行くあて無いんでしょ?」


ソフィリアの問いに、俺はどう答えるべきか一瞬だけ迷った。

「まあ、そうだが…とりあえずはこの洞窟を出てから考えよう。出られもしないうちからそんなことを言っても、しょうがない」

そう言って早々に話を切り上げ、俺は道を進む。

俺の考えが正しいなら、もしかしたら俺たちは此処から…この洞窟から出られない可能性が高い。

確実に殺すためにあそこに馬車を放置したのなら、当然地下に通じるあの穴も発見されているはずだ。

此方を確実に殺したいのなら、出口は既に兵士で固められているか、岩などで封鎖されているのがオチだ。

だから、もし出口を見つけても、必ず安全を確認しなくてはならないし、向こうがその気なら既に兵士を送り込んでいるところだろう。

そして…その他のありえないほどの可能性をも考えるのなら、全てに手を打っておく事が無難な道と言えるだろう。



「ねえ、あんた! 聞いてるの?」

「ん?ああ、済まない。なんかあったか?」

しばらく自分の考えに埋もれていた、俺はソフィリアの声で現実に引き戻された。

「この音、水の音じゃない?」

そう言われて、耳をすませると、確かに水が流れる音が聞こえる。

「確かに、水の音だな、それもかなり近い…」

「私、もう喉カラカラなのよ。早くいきましょ!」

そう言って、俺の手を引っ張るソフィリア。

「待て、分かった。

だが、さっきも言った通り、安全な可能性があるだけだからな。

一度その川の周囲をよく見て、魔獣がいない事を確認するんだ」

そう言って、はしゃぐソフィリアをなだめた。


――――――――――――――――――――――


「なるほど…これは確かに安全だ」

俺は、眼下に広がる景色に唖然と声を上げた。

「嘘…あんなにたくさん居るの?」

隣で恐る恐る覗き込んだソフィリアも驚きの声を上げる。

俺たちの視線の先、洞窟の天井にぽっかりあいた穴、そこから水が流れ込み洞窟の中に川を形成していた。

いつの間にか、夜になっていたらしく、あいた穴から星空がまぶしく輝いている。


よく見える場所には10匹ほどのゴブリンと、少し体の大きいモンスターが川岸に居座ってギャアギャア騒いでいた。

体が大きい奴は、装備も良いのか剣のような物も腰に下げている。


「ああ、なるほど。あのホブゴブリンがリーダーであのゴブリンの群れを形成し、あの川を占領してるってわけだ。それりゃ、仲間が占領してるんだ、安全なはずだよ」

そう言って、俺は疲れたように壁に寄りかかる。

ソフィリアの方を見ると、彼女もヘナヘナと床にへたり込んでしまった。

なんだかんだ言ってお互いに期待していた分、疲れがどっと出てきたのだ。

とにかく、あいつらをどかさなければ、俺たちは水なしで、この洞窟を彷徨わなければならず、洞窟の出口にたどり着くよりも力尽きて倒れるのが目に見えていた。

「おい、ソフィリア。お前は、魔法はどれくらい使える?」

「え?ど、どうしたのよ突然…」


俺は、先程のゴブリンから頂いた、棍棒の握り具合を確かめながらそう尋ねた。

「お前が魔法で援護してくれれば、俺があいつらを蹴散らす。そうすればあの川の水を手に入れる事が出来るってわけだ。簡単な話だろ?」

そういうと、急にソフィリアがうつむきモジモジと体を動かし始めた。

「わた…、しら…い…」

「ん?なんだって?」

「私、知らないの!魔法習ったことないの!」

ソフィリアの突然の叫びに俺は慌てて口を塞いだ。

(ば、馬鹿!あいつらがこっちに気付くだろ!俺たちの最大のアドバンテージはあいつらが俺たちに気付いていないってことなんだぞ!)

そう言って恐る恐る川岸を窺うと、あいつらは気付くことなくギャアギャアと焼いた魚を片手に焚火の周りをくるくると踊っている。

どうやら宴会の真っ最中らしい。


「とりあえず、あいつらは気付いてないみたいだ。それで、ソフィリア…どうして魔法を教わっていない?お前の年齢で、王族の持つ才能があればすぐに習得できるし、お前の年には既に教わっていないとおかしくないぞ」

そう言うと、ソフィリアが驚いたように声をあげる。

「う、嘘よ!クレオはまだ習う年齢じゃないって、私は父上みたいに下の者に対して常に、強気な態度でいればそれでいいて言ってたもの!」

ゴブリンを気にして、大きな声を出すことはなかったものの、その声はとても頑なで力強かった。

「…お前の言いたい事はわかった。なら、これから覚えよう。これから君が生きて行く上で力になる」

そういうとソフィリアは首を必死で横に振った。


「嫌よ、私、お勉強は大嫌いなの!そんなことするくらいなら遊んでた方がずっといいわ。それに私は第四王女なのよ!そんなことする必要ないわ」

と拒否を示したソフィリアに俺は頭が痛くなった。

この娘のワガママっぷりは尋常じゃない。

「ソフィリア…何度も言うが俺たちは見捨てられた。

これからは自分の事は自分でしないといけない。

誰だって辛い事、嫌な事は沢山ある。でもそれを乗り越えて、前に進むしかないんだ。

分かるか?」

俺の言葉にも、ソフィリアは頑として首を横に振り続けた。

「嫌ったら嫌! 私は、私よ!私であり続ける事が、王族としての務めだってクレオも言ってた。あんたみたいなダートに何言われたって全然気にしないんだから!」

彼女の頑なな態度にも俺は静かに受け答えをする。

相手が興奮していては話し合いも何もない。


「ソフィリア…いいか? 

自分を守ってくれない、ただ命令するだけの王に人は付いてこないよ。

もし…俺がゴブリンにやられ、自分一人になった時、お前は何もできずに殺される。

ただただ食料として殺される。

そこには王だからとか、偉いとかはない。

ただの生存競争があるだけだ。

確かにお前は王族でありながら勉強もしてこなかったかもしれない。

他人を見下してきたかもしれない。

だけど、俺が今まで生きてきた中で確かに言える事は”人は変われる”ってことだ。

お前は言ったな…確か“あんたみたいなダートが私と話すだけでも一生に一度あるかないかくらいの栄誉”とか…確かにそうだ。

ただの貴族がいきなり王族のお目付け役なんて、とてもできない。

況してや俺みたいなダートには到底かなわない事だ。

でも出来た。

俺もお前も誰だって、やってみなくちゃ分からない事がある。

でも大半の人間が無理と決めつける…その先が怖いとためらうんだ。

だから俺が進めてこれた、こんな無能なダートでも足掻いて、君との謁見を可能にしたんだ」

だが、俺の言葉にソフィリアは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「フン! あんたが変わったですって?

嘘ばっかり!

そんなわけないじゃない!

あんたが私に謁見が叶ったのは、全部フランが取り計らってくれたからに決まってんでしょ!

あんたは、変わってなんかいない!

何処まで行ってもダートはダートよ!

ホントにあんたが変わったんだったら、あそこにいるゴブリンの群れでも蹴散らしてきなさいよ!

そしたら少しは認めてあげるわ!

ダートの癖に少しは出来る奴ってね」


俺は黙ってソフィリアの目を見た。

子供は正直だ。

彼女の眼は俺を相変わらず見下している。

今の彼女を説得するには、彼女の要求に応える必要がある。

今の状態から抜け出ることは俺一人の力でも出来るかもしれないが、その後必ずこいつの力が必要になる。

「…わかった」


そう言うと俺は、ソフィリアの頭を優しく撫でると棍棒を握り、ゴブリン達の様子を窺った。


「ちょ、ちょっと!何してるの?あんな数相手に勝てるわけないじゃない!貴方、ダートなのよ?」

俺の様子を察知したソフィリアの戸惑う声にも、俺は動じずに答える。

「いいか?お前は気付いてないようだけど、この洞窟を歩きまわって二人共疲れきってる。

脱水症状一歩手前…つまりのどがカラカラで倒れる寸前ってことだ。

だからどうしても水が必要なんだ。

お前の援護が得られない以上、俺一人が闘いに行くしかない。

なに、ダートだってやる時はやる。伊達に何度も修羅場はくぐってないさ」

そう言って、無理やり笑顔をつくる。


ふと、前の世界の事を思い出す…多少なりとも勉強や運動で結果が出始めた頃だ、武術を学び始めたのは…

主犯が俺に愛想をつかしても、周りのいわゆる“メンドクサイ奴ら”はそうはいかなかった。

そんな奴らが俺に勉強で勝てなくなって数に任せ、影で俺に襲いかかって来るようになったからだ。

奴らの行動原理は簡単だ。

優越感を味わいたい…だから勉学や運動で優越感が味わえなくなった事が分かると、奴らは暴力に打って出た。

最初はボコボコにされた。

だから次の日から体を鍛え、道場にも通い始めた。

奴らにとってはストレス解消かもしれないが、俺にとっては命懸けだったから。


だから、一対多数の闘いには慣れている。

その対処だって万全だ。

そう、言い聞かせてもゴブリンとは違い大きく力強いホブゴブリンの姿を見ると足が震えてくるのが嫌でもわかった。

…俺は此処で死ぬかもしれない。

馬車が襲われた時とはまた違う。

強者と対峙するときに味わう弱者の死の恐怖に、俺は震えが止まらなかった。


「あ、あんた、何言ってるのよ。別にいいじゃない!私が言った事を気にしてるなら取り消すわ。だからそんな無茶する必要ないわよ!」


「ああ…そりゃダメだ…それは出来ない。いいかソフィリア、嫌なことから逃げてもいいし負けてもいい。

だけど自分…己を保つには、絶対に立ち向かわなきゃいけない時がある。

誰でも覚悟して取り組まなきゃいけない時があるんだ。

それから今まで逃げ続けてきたから、君は此処にいる。

皮肉なもんだ…必死に闘い続けたから俺は此処にいる」


先ほどとは逆に、ソフィリアが引き留めようと必死になっている事が可笑しく感じる、だが意地だけじゃなくてちゃんとした理由もある。

…彼女には変わってもらわなくてはならない。

もし、ありえないほどの可能性にも賭けるべきなのなら、彼女の力は必要不可欠なのだ。

…俺はその可能性にすがりつくべきなのかもしれない。

そう思い彼女を見つめた。


「な、何言ってるのよ…何言ってるのか全然わからないわ…」

俺の言葉にソフィリアが震える。

たぶん彼女は今まで嫌なことから逃げる事が当然と教えられてきた。

それは誰の手によるものなのか分からない。

だが、いつか彼女にも逃げられない時が来る。

ただ、受動的に環境に流されていても必ず自分の意志にそぐわぬ事柄に出会う。

その時が今なのだ。


「わかった…なら今の現状を見てくれ、此処一帯はたぶん奴らの縄張りだ。

そして俺たちが目印にしてきた風はこの川を通って吹いている。

という事はこの川を通らない限り出口にはいけない。

しかも俺たちは先程ゴブリンを殺している…死体を見つけた奴らは、いきり立って殺した奴を探すだろう。

そして、体力的にも疲れ果てた俺たちが、いつかは奴らに見つかり、なぶり殺しに会う。

何処かで戦わなければいけないのなら、奴らが浮かれている今を狙うしかない。

俺はお前を見捨てる気はないが、俺は俺の生き方を曲げるつもりもない。

どんな困難も闘って乗り越えてきた。

これからも俺はそうするさ」


俺はそう言うと、持っていた荷物を彼女の前に置いた。

「ほら、さっき殺したゴブリンが持ってた魚だ。

もってけ。

生のままだが、食べれば少しは精が付く。

いいか、もし俺があいつらに一方的にやられるようなら、お前は川を渡ってこのまま洞窟を抜けろ。

そうすれば、もし俺が死んでも、お前は助かる可能性がある。

大丈夫、お前なら出来るさ…」

そう言って俺は再度ソフィリアの頭を優しく撫でた。

「ねえ、ねえ待ってよ。嘘でしょ!? 私を置いていかないで! 此処に居てよ!そばに居てよアルス!」

ソフィリアの必死の呼びかけにも俺の心は決まっている。


彼女のためにもそうするべきなのだと。

「はじめて名前を呼んでくれたな…

いいか、ずっと止まっている事など、逃げ続けることなど誰にもできない。

みんな進んでいく。

君だけ止まっている事は出来ないんだ。

まあ待ってろ。

ちゃちゃっと行って証明してきてやるよ。

人は変われるってな!」

そういうと俺は棍棒を握りしめ、勢いよく洞窟の影から飛び出した。




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