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第四十一話 生き残るには…のお話

ギュガッ グギャー!


俺たちが隠れた後にすぐに、鈍器らしきものを持った小人大の何かが、俺たちのすぐ横を通り過ぎて行く。

…ようやく帰るみたいだな。

姿が完全に見えなくなった所で俺は、ようやく抱きしめていたソフィリアを解放した。

「ね、ねえ、あれは…あれはなんなの?あんな人見たことないわ…」

先程まで泣いていたことすら忘れ、恐怖に震えるソフィリア。


「あれは、たぶんゴブリンだ。俺たちくらい知性がある奴もいるらしいが、大半は暴力的で人を見つけ次第、手当たりしだいに襲いかかって来るらしい」

「ど、どうすんのよ。私たち一溜まりも無いじゃない!あんた武器とかないの?」

「悪いが、王位継承権を持つ誰かさんと同行する前に全て没収されたんでな。

あるのは精々ハンカチくらいだ」


「も、もう嫌!こんなとこ、早く出てやる!この壁を登って行けばあの草原に出れるわ!

今ならあの怪物だっていなくなってるわよ!

兵士だって皆、私たちを探しているはずだわ!

きっと、きっとそうよ!」

そう言うとソフィリアは、崖を登ろうと必死に岩肌にすがりついた。

しかし、幾ら登ろうとしても、彼女の豪華なドレスが邪魔をして、足を岩肌に掛ける事ができず登れない。


そして、何より彼女は箱入りすぎた。

登ろうと必死にしがみついた岩肌…そこにしがみついているのが精一杯のようで、片手を離してさらに上に登る事が出来ないでいる。

「もう諦めろ、俺たちにはもう目の前の道しか残されていない。この暗闇の中を進むしか方法がないんだ…」

「いや、嫌よ!あんな奴がいる所なんて絶対にいや!誰か!誰か!助けてよ!だれかぁ!」

そう悲痛な叫びをあげた時だった。


グギャグギャー!


奥から、再び獲物の叫びを聞きつけたのかゴブリンの鳴き声が聞こえ、足音がこちらに向かって来る。

「おい!ソフィリア隠れるんだ!もう諦めろ!じゃないとお前が死ぬことになるぞ」

「いやよ!絶対嫌!」

相変わらず岩肌にしがみつくソフィリア。

…もう隠れている時間がない!


俺が再び暗闇を振り返ると、丁度俺たちを確認したらしいゴブリンが持っていた棍棒を振り上げてこちらに向かってくる所だった。

「糞っ!一かバチかだ!」

俺は足元の小石をありったけ掴むと、ゴブリンの顔めがけて投げつけ、そのままゴブリンの元に走る。

…魔法はダメだ、距離を詰められすぎてる。なんとかあの棍棒での初手を封じなければ此方に勝ち目はない!


「グュガー!」

石つぶてに驚き、顔を手で塞ぐゴブリン。

「そいつを待ってたんだ!」

俺は一瞬だけ動きが止まったゴブリンを掴むと、巴投げの要領で投げ飛ばした。

そのまま、棍棒を手放し頭から岩肌に突っ込むゴブリン。

俺は相手が起き上るよりも早く、近くにあった拳大の石を握りしめると、そのまま飛びかかった。


――――――――――――――――――――――――


どれくらい殴り続けていただろう。

殴り続けゴブリンの返り血が顔に着いたところで、俺はようやくゴブリンが死んでいる事が分かった。


…お、終わった。

全身が疼くようにしびれている。

「ね、ねぇそいつ死んだの?」

いつの間にか、助けを呼ぶのをやめたらしいソフィリアが俺を覗きこんでいた。


「ああ、大丈夫だ。こいつの持ち物から使えるものを取ったら、さっさと出発しよう。いつまでも此処にいるわけにはいかない」

そう言うと、俺はゆっくりと彼女の方を向いた。

感覚がマヒしている。

生き残るために、初めて生物を殺した瞬間だったが、俺の頭は嫌になるくらい冷静に、次に何をすべきかを弾きだしていた。

「ヒッ!? 」

なぜか俺を見て一歩引くソフィリア。

「な、なによあんた、なんで笑ってるのよ…」

彼女のその言葉に俺は何も答える事が出来なかった。


そっと自分の手を顔に手を当ててみる。

確かに、自分の頬が引き延ばされている。

「別に問題ないよ。恐怖で顔が引きつって、笑っているように見えるだけだ。

それよりソフィリアどうするんだ?

俺はこの先を進むぞ。

自分の命がなくなる、最後の最後まで諦めるつもりはない。

一緒に来るなら、俺はお前を守る。

どうする?」

そう言って、俺は彼女に手を差し伸べる。

俺は彼女の眼を見た…涙で真っ赤に充血していたが、彼女の意志はまだ死んでない。


「行くわよ! 行ってやるわよ!」

そう力強く答えると俺の手を力強く握った。

「よし、その意気だ。じゃあ、まずはこいつの持ってる物を回収する。手伝ってくれ」

「うぇー。わ、私血が付いてない所だけにするわ…」


そう言うと恐る恐る死体に近づき、ゴブリンの腰当りを探り始めた。

「うわー。何これ」

とソフィリアが持ち上げたのはボロボロの布だ。

ただ、ボロボロ過ぎて何が何だか分からなくなっているが…そいつは…

「それはたぶん、こいつの替えのパンツだ」

「ひゃ!? れ、レディに何持たせてんのよ!この馬鹿!」

そう言って此方にぼろ布を投げつけるソフィリア。

「なに言ってんだ?お前が“血が付いてない方がいい”ってそっち行ったんだろ?

なら文句を言わずにさっさと回収しろよ。幸いこいつは食料を取った帰り道らしい見てみろ」

そう言って俺は背中にまきついていた大きな葉のような包みを開いた。


元の世界じゃ見た事もない種類の小魚だが4匹ほど植物のツタに括りつけられ並んでいた。

所々爪のような跡が見える事から、こいつがどう魚を取ったのか推測できる。

「え!?お魚?」

「ああ、いいぞ。希望が見えてきた」

「それってどういう事?」

魚を恐る恐る指でつついていた、ソフィリアが不思議そうに返した。

「こいつが…ゴブリンが活動できる範囲に魚の取れる場所がある。

という事は近くに川があるってことだ。

しかもそこは他の魔獣があまりいない可能性が高い」


俺の言葉に、首をひねるソフィリア。

「ちょっとそれどういう事よ。私にもわかるように説明して!」

「わかった、わかった。いいか?ゴブリンの持っている魚が4匹。

知らないかもしれないけど。

魚を捕まえるってことはそれほど簡単な事じゃない。

銛を使っても、釣りをしても、素手を使ってもかなりの時間がかかる。

つまりは長時間、川の傍に居ても安全な場所である可能性が高い。

そして、極め付けが魚の傷跡だ。

良く見てみろ」

そう言うと、ゴブリンの腕を持ち上げ、手を見せる。

人より大きくないその手は、爪の部分が人よりも小さく、尖った爪が生えている。


「こいつの爪の形とぴったりだろ?

という事は、こいつは素手で魚を取っていたってことだ。

そんなことを魔獣がすぐ近くに居る川で行えば、他の魔獣に襲われてすぐにお陀仏さ。

普通はそんなことはしない。

よって、近くに魔獣が居ない可能性が高い川があると考えられるわけだ」


「へぇ~あんたすごいわね…こんな物からそこまで読み取るなんて」

俺の説明を受けて納得したのか、初めてソフィリアが感心したように声を上げた。

「そうでもないさ。いくら想像力があっても弱かったら意味がない。

ゴブリンなら俺の学院の一年生であれば、鼻歌交じりで倒せる相手だ。

まあ武器もないって点を考慮しても、他の学生だったら詠唱なしの初期魔法で返り血すら浴びずに、始末してるだろうよ。

それくらい弱い俺が、幾ら頭を働かせたところで、強い敵が出てきた時点でおしまいさ」


そう言うと、回収した荷物を担ぎ、ソフィリアに手を差し伸べる。

「ほら、行くぞ。あまり此処にいると血の匂いで、他の魔獣が来るかも知れない」

「はいはい!さっさとエスコートしなさいよね」

いつもの調子を取り戻したのか、俺の手をしっかりと握りしめるソフィリア。

…とりあえず、踏み出す一線は問題なし、あとは…

ソフィリアと手を繋ぎ、洞窟内を歩きながら、俺はこれからの事を考える。


俺の考えが正しいならば、俺以上にこいつは危険な存在だ。

王宮から…つまりは国から出てしまった王位継承者ほど、一国の王にとって鬱陶しいものはない。

自分が年を取り、跡目争いが起こるその時に、ひょっこり現れ権利を主張されれば、それだけで国は混乱する。

そこを突いて来る諸外国など幾らでも居るのだ。


だから、だからこそ…不審な点がいくつもある、いやありすぎる。

俺は暗い洞窟を進む現状と、俺とソフィリアの抱えている状況が余りにも似すぎている事に、目に見えない危機感を覚え始めていた。


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