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第四十話 サバイバルと箱入り娘のお話

空中に投げ出された俺は目を疑った。

…ど、どういう事だ!?

あれだけ大名行列のようにいた兵士が影も形もなく、周りは見渡す限り草だけだ。

「く、糞がぁぁぁぁぁぁあ!」

悪態もそのままに、必死で背中を下にして、地面へ転がり込んだ。

「おい!ソフィリア大丈夫か?」

「もう、突然なんなのよ!ってえ!? み、みんな何処に…兵士たちは何処に行ったのよ?」

俺と同じような反応に、大した傷はないと判断し、すぐにソフィリアの手を掴んだ。


「知るか!そんな事!それより、あれ(・・)が来る!さっさと逃げるぞ」

そう言って俺は、空を見上げた。

馬車を壊したアイツは、空中を優雅に旋回すると、獲物を見つけた鷹のようにこちらに向かって翼をはためかせた。

「なによ!アイツは何なのよ!」

「俺にも詳しくはわからない。たぶん竜に属する何かだ。とにかく此処にいたら奴になぶり殺しにされる。一刻も早く此処から逃げるんだ」

「も、もう!ちょっとまってよ。っ! 腕痛いわ! そんなに引っ張らないで!」

ソフィリアの声にも構わずに、俺は走り続けた。

何処かに、隠れる場所を探したが、何処にも見当たらない。

見渡す限りの草原が、俺たちを絶望的な状況に追い込んでいた。


「くそっくそっ!何処かに、何処かに必ずあるはずだ! 隠れる場所が!」

そんな確証もない事を必死で叫んで、自分を励ましながらあてもなく草原を走った。

もう恐怖で後ろを見る事が出来ない。

必死で握りしめるソフィリアの手の感触と、自らの粗い呼吸だけが俺を支配していた。


グガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


耳を塞ぎたくなるような、大音量の鳴き声に俺は死を覚悟した。

次の瞬間、踏みしめるはずの地面の感覚がなく、ガクンと落ちる感覚。

「うあぁああ!」

気付いた時にはもう遅く、俺とソフィリアは勢い良く穴の中に転げ落ちた。


―――――――――――――――――――――――


天地が何度反転したかわからない…だが、落ちる寸前に抱え込んだソフィリアの感触だけはしっかりと覚えていた。

「あー俺、まだ生きてる…」

「あんた…馬鹿じゃないの…」

お互いにボロボロだ…だが生きていた。

ゆっくりと体を起こし、手足を動かす。目立った外傷がないのが奇跡的だ。

「いやーびっくりですね。いきなり魔獣に襲われるとは…お嬢様どう思います?

もう笑うしかない状況ですよーあっはっは!」

そう、気分転換におどけてみる。


上を見あげ、どれくらい落ちたのか確認してみる。

遥かかなたに光の点が見えた。

上に登る事はひとまず諦め、俺は暗闇を見つめた。

俺たちが落ちた穴の先は洞窟になっており、まだ深く奥に続いている。


「何なの?普通あんなに走らないわよ!何で兵士に助けを求めないの?」

起き上った途端に罵声を浴びせてくるお嬢様、とても元気で何よりだ。

「まあまあ、しょうがないでしょ。俺達見捨てられたみたいですから、もう自分の事は自分でしないといけないみたいですよ、ソフィリア様」

ソフィリアの瞳を見つめ、そう言い放つ。

俺の言葉にソフィリアは一瞬だけたじろぐが、すぐに強気な風を装って必死に叫んだ。


「あ、あんた、何言ってるの?そんなわけないじゃない…私、私は第四王女ソフィリアよ!

王位継承権も持ってる。

あんたなんかと…あんたなんかと比べ物にならないくらい偉いんだから! 」

「お嬢様…いやソフィリア、もう気付いているんだろ?」

そう、優しく語りかける。

俺は…いや俺たちは、何の事はない、捨てられたのだ。

彼女は、第四王女ソフィリアはわがままな事で有名だった。

とにかく、なんでも自分中心にしなければ気が済まない。

彼女がそう言う育てられ方をしたのか、それとも環境のせいで自然とそんな性格になってしまったのか分からない。

だが、彼女を疎ましく思う人間は、王宮や貴族の間に数多くいると言う話だ。

そんな問題児である本人を目の前にして、俺は優しく追い詰める。

ここで、覚悟を決めてもらわなければ、俺も彼女も待っているのは死しかないのだ。

「思い当たる節がないとは、言わせない。

君が自分の我を通すために罵られ苦汁をのませられた者は数多くいる。

そう言った者たちが集団で王に訴えたに違いないよ」

「そんな、そんな事分からないじゃない!」

「本当か?俺たちの馬車が襲われた時、周りに兵士は誰もいなかった。あの草原には俺たちだけがぽつんと取り残された。

周りに遮蔽物は何もない。

上空から狙うには、もってこいの場所だ」

「そ、そんなことないもん!私は、あたしはぁ…うわわわああああん!」

その現実をようやく理解したのか、声を上げて泣き始めた。

「ああ、そういうことか…」

俺は改めて自分の置かれた状況を理解する。

そして、目の前の闇の中から、かすかに聞こえる音に反応し、ソフィリアを抱きしめ口を塞いだ。

そして洞窟の隅に隠れるように移動するとそっと語りかけた。

(すまないなソフィリア、もう泣いていられないんだ。

此処は洞窟、魔獣が居る事が当たり前だ。こんなところで大声で泣けばたちどころに奴らに見つかって食い殺されるぞ)


俺の声にしばらく暴れていたが、やがて大人しくなるソフィリア。

此処で…この魔獣が存在する世界の洞窟で“大声で泣く”

この事がどれだけ危険な事なのか彼女は理解していない。

ゴブリンやオークといった鬼どもが根城にしているかもしれない。

そんな奴らに、世間知らずの小娘と、ただのダートが何も持たずに立ち向かえばひとたまりもない。

生き延びるためには、もう泣くことすら許されないのだ。


こうして、俺のお目付け役という仕事は、生きのびるためのサバイバルに変わった。



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