第三十九話 動き出した歯車のお話
ガタガタ…
あまり整理されていない街道を馬車がゆっくりと進んでゆく。
その馬車の中から流れていく景色を俺はボーっと眺めた。
馬車の周りには屈強な兵士たちが取り囲み、堅牢な守りを築いている。
「ほら!返事しなさいよ下僕! あたしの話聞いてるの?」
そんな罵声をあびせられ、俺は向かいに座った小奇麗で小憎たらしい小娘をゆっくりと見た。
将来は美人になるであろうその小娘はいかにも高そうな服を身にまとい、フランソワには及ばないがカールさせたその蒼い髪は馬車の振動に合わせ小刻みに揺れていた。
「姫! こんな奴の話を聞く必要はありません! いくら後見人であるアルバホーン家からの推薦であったとしても、このようなダートを姫のお目付け役になど無茶苦茶です! 」
そう小娘の横で声を張り上げるのは、一見すると女性のような外見の青年だ。
この少年…クレオは現在、第四王女であり、王位継承権を持つ目の前の少娘、ソフィリアの付き人をしているらしい。
…まあ、そんなことどうでもいいが…
いつも通りの侮蔑と偏見に満ちた目に、俺は何でもないように向かい合った。
「なんでしょうかソフィリア様? この下僕、貴方様の神々しいお姿がまぶしすぎて直視できませんでした」
と嫌味を含めて返すと目の前の小娘はフンッと鼻を鳴らした。
「あったり前でしょ!あんたみたいなダートが私と話すだけでも一生に一度あるかないかくらいの栄誉なんだからね! 飽きたわ、何であんたみたいなのをフランが推薦したのかわかんない! クレオの方がまだ使えるわよ! ってねえ、聞いてるの? 私飽きた!
何か面白い話して!」
そう言うと足をバタバタさせてダダをこね始めた。
そんなソフィリアをすぐさま付き人のクレオがいとおしそうに抱きしめた。
「ダメですよお嬢様、そんなわがままを言っては! そんな悪い子は悪龍ヴァルヴァデに食べられてしまいますからね?」
そう子供をあやすようにソフィリアの頭を撫でている。
甘やかせすぎにもほどがある光景だった。
「むー!またその話? 悪龍ヴァルヴァデなんて聞いたことないわ。ねぇクレオじゃあ貴方が面白いお話してよ」
そう言って笑顔でじゃれつく小娘…もといソフィリア。
そんな二人を眺めつつ俺はため息をついた。
…ああ、せっかくの休みだってのに子守とは。
そう悪態をつきたい衝動に駆られた時、不意にあの時の彼女たちの顔を思い出した。
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「はぁ!? 何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ?」
いつもと変わらない昼食時、フランソワの一言に俺は思わず苦い顔をしてそう声に出していた。
「何をそんなに驚いているんですの? 私の知る限り最高の人材でしてよ貴方は」
平然とそう言い返すフランソワに俺は間抜けにも口をあんぐりと開けていた。
「そうだぞアルス、お嬢様はめったに他人を褒めたりしない。それだけお前を買ってるってことさ」
「だからって、なんだってあの第四王女を面倒見なきゃいけないんだよ! 第一ダートがお目付け役に行ったって唯の不敬にしかならないって…」
そう返した俺の返事にもフランソワは頑として首を横に振らなかった。
「断る事は不可能です! これは我が家から、貴方の家に正式に出された依頼なのですから。
勿論!貴方のお父上であるカール様にも、既に了解を得ている事ですわ。
成功させれば、あなたの立派な功績となるのではなくて?
それに、成功させた暁には、貴方の抱えている借金も此方で引き受けましょう。
貴方が嵌めたとはいえ、あの問題は元々私たちの問題でもあります。
いかがですか?貴方にも十分な対価がありましてよ?」
そう、あらかじめ決められていたかのような完璧なセリフに返す言葉がない。
…どうやら退路は完全に断たれてしまったようだ。
確かにフランソワの話を聞くに、成功させれば確実に俺の利益につながる話だ。
それに、あの借金を肩代わりしてくれると言うのだ。
多少の苦難はあってしかるべきだろう。
「…ま、まあな。分ったよ、このアルス・フォン・ランダル精一杯勤めさせて頂きます」
諦めたように吐きだした俺の言葉に、フランソワは機嫌よく頷いた。
「それでこそ、アルスです。では期待していますわ」
「すごいですよアルさん! 成功させれば立派な功績じゃないですか!」
「ああ、そうだなクーノ…」
そういつもの通り元気なクーノに俺はけだるそうな笑顔を向けた。
「それで…何が狙いだ?」
そう…先程の明るい雰囲気とは一転し、低い声で俺はフランソワを見つめた。
「「「…」」」
フランソワ達も俺の雰囲気に気付いたのだろう。
フランソワの顔からにこやかな笑顔が急速に消え、俺を見返す真剣な眼差しのみが残された。
「確かに、俺は結果的にはお前たちを助けた。
だが、そこまでして俺に何か依頼を持ってくる必要はもうないはずだ。
惰性で付き合うなら精々、この前のようにワイワイ友達付き合いをすればいい…
何よりこの依頼…第四王女のお目付け役として同行すると言う大役、本来なら同性であるお嬢様…いやフランソワ様に用意されたものとみなす方が自然だ。
同性でしかも後見人であるアルバホーン家が何故ダートであり、ランダル家からも見捨てられかけ…いや、見捨てられた俺を指名する理由が分からない。
その理由を…教えて欲しい。
俺は…皆を信じてる。
だが、それ以上に自分が危機的状況にあると自分でも感じてるんだ。
下手を打つわけにはいかない…応えてくれ」
「…」
フランソワは答えない。
じっと俺を見つめている…それだけだ。
俺の言葉を残し、周りは生徒の喧噪が響いていたが、このテーブルだけ沈黙が支配していた。
「あ、アルさ…」
「良いですわよクーノ。私が話します」
沈黙に耐えかねたクーノが言葉を紡ごうとした矢先に、それをフランソワが遮った。
「やはりというか貴方は優秀ですわね。
そして見得ている。
貴方は此処にいる誰よりも、今現在の状況が分かる。
そして…それに対処するにはどうすれば良いのかも…
それは、非常に貴重でしてよ。
…少し前に私たちが領地に戻った事は知っていまして?」
その問いに俺は頷いた。
「ああ、クーノから聞いた」
「私の父が王都に召喚されました。
いいえ、私の父だけではありません。アロワの父、クーノの父、貴方のお父上、そしてカルヴァ先生やデリオット卿までがどうやら王都で何やら秘密裏に会議を行った様ですの」
「…」
フランソワのその言葉に俺は言葉が出ない。
その人選からして俺も彼女たちも浮かぶ議案は一つだろう。
「俺の処遇ってとこか…」
俺の言葉にフランソワは静かに頷いた。
「ええ、十中八九その通りだと思いますわ。
ですがそれだけでは情報が少なすぎます。
実際に話した議題にも寄りますが、一概に悪い方向にばかり考えるのは早計ですわ。
ただ、貴方の立場が非常にあやうくなっている事は確かです。
そこで、私たちは…いいえ、もうこの際ですからハッキリ言っておきますわ。
私を含めた私たち三人とも、貴方の事が好きです…」
「…お、おう」
突然の告白に言葉が出ない。
慌てて見渡すと、アロワもクーノも告白したフランソワも顔が真っ赤だ。
…何なんだよ。今日はドッキリでもやろうってのか?
そう思って自分をごまかしても、彼女たちの顔を見れば真剣だと言う事がまるわかりだった。
顔が急速に熱くなるのが自分でもわかる。
「と、とりあえず分かった。な、なんで急にそんな話を?」
「決まっています! 貴方と一緒に居たいからですわ。
好きな人が窮地に陥っているときに、なんとかしたいと思うのが普通なのではなくて?
私たちこれでも真剣に考えたんですのよ…」
そう絞り出すフランソワに追従するかのようにクーノが叫んだ。
「そうですよ。私たちもっとアルさんと一緒に居たいんです。
だから…だからぁ…」
そんなクーノの肩を抱きしめてアロワが言葉を繋いだ。
「クーノ、泣くな。そういう訳だアルス…話す順番がちょっと変になってしまったが、私たちはお前の今の状況をなんとかしたい。
だからもし、ランダル家がお前を完全に追放したとしても、アルバホーン家とルバーン家…いや正確にはフランソワ様とクーノ…私は力になれないが、後見人として、お前を援助しようと思っている。
今回の件はお前が王宮にコネを作れるようにとお嬢様が強引に用意したものなんだ」
彼女たちのその真剣な眼差しとその言葉を聞いて、俺は…
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「ちょっと! 下僕! 聞いてるの?あんた確か知識だけはだれにも負けないんでしょ?
だったらこれから行く所について教えて頂戴、確か龍痕街だったっけ?」
と文句を垂れるソフィリアの声に、俺は現実に引き戻された。
俺はそれに満面の作り笑いで応える。
俺は彼女たちの想いに応えるべきなのだろうか…
そんなことを頭の隅で考えながら、龍痕街についての記憶を探して口に出した。
「はい、ソフィリア様。龍痕街は我が王国と竜が棲むベルフォリア渓谷との緩衝帯として非常に重要な場所でございます。竜族との正式な条約締結後、龍と人の棲み分けのための境として機能している町でございます。
今回王女には、そこで行われる龍痕街生誕300年を記念した式典に国王の代理として出席し立派に公務を行って頂きます」
そう笑顔で返す俺に、ソフィリアは面白くなさそうに呟いた。
「ふ~ん、つまんない! 竜なんてさっさと蹴散らせばいいのよ。
この前だって、アーメル姉さま率いる ”深紅の翼” が領内に侵入した竜共を退治したのに、今さら何だってそんなトカゲ風情にペコペコしなきゃいけないのかしら?」
その言葉に俺は目を丸くした。
竜とは強大な力を持つ生物だ。
その力は一匹で数百…いや数千の兵と同等とされる。
そんな生物を複数退治したとは、あまりに現実離れ過ぎている。
…”深紅の翼”…確か第二王女アーメルの肝いりで結成された王国の中でも選りすぐりの猛者達を集めた部隊だと聞く…才能が高ければ、竜ですら屠る事が可能という事か…
「お嬢様めったなことは言わぬが花です。報告によれば”深紅の翼” が退治した竜共は、まだ若い個体とのこと、お気持ちは十分理解できますが、今は力を蓄えるときです。
その時間をソフィリア様自らが王国のために稼ぎに行くのですから」
と彼女をなだめるようにクレオは囁いた。
その言葉に満足そうに頷くソフィリア。
「フフフ…そうよね。今回の訪問を成功させて、私も自分の騎士団を持って見せるわ。
アーメル姉様のように!」
そうソフィリアが宣言した時だった。
大地を轟かすような鳴き声が馬車の中に響き渡った。
グガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「な、何!?」
「お嬢様、これは一体!?」
「おわっ!? 嘘だろ! おい!」
戸惑う二人に俺は背筋から来る寒気を堪え、ソフィリアを抱きしめると床に倒れ込んだ。
その直後、轟音と共に馬車が投げ出された。
投げ出され壊れゆく馬車の中で、俺の目はとてつもなく巨大な何かに串刺しにされるクレオをしっかりと捉えていた。
投稿が遅れて申し訳ない。
気が付いたら前の投稿から一か月も経っていました。
面目ないですね。
これから、徐々に投稿間隔を短くしていきたい…




