第三十八話 結婚式のお話
一部加筆修正いたしました。
ガラン…ガラン…
教会の鐘の音が、部屋の中に響き渡った。
ギィ…
重い扉が開き、礼服を着た初老の男性に連れられ、ウエディング姿の新婦がゆっくりと歩いてきた、目指す場所は祭壇前の新郎だ。
新郎までの道のりを二人はゆっくりと、今までの人生を振り返るかのごとくゆっくりと歩んだ。
やがて、新婦は初老の男性の手を離れ、新郎の隣に立つ。
新郎と新婦が仲良く手を取り合い微笑んでいる。
「うぁー!アルさん!ルオさんきれーですね!」
「コラ!そんなにはしゃぐな。周りの迷惑だろ!」
最前列で二人を見ていた俺に、隣のクーノがもう我慢できないようで目を輝かせて話しかけてきた。
「だって、アルさん以外に話しかける人いないじゃないですかぁ~。
フランソワさんとアロワさんは急に家の用事で帰っちゃうし、私不安なんですよ!
こんな大役、絶対無理ですよう…」
まったく…このアンポンタンは、変なところで緊張する癖があるからな…
そう思いクーノの方を見ると、顔はいつもと同じだったが、震える手を必死に抑えようとしていた。
ここで変に緊張して、折角の式を台無しにされては困る。
二人には幸せになってほしいのだ。
だからこそ俺はあそこまで本気になった、自分の本心をさらけ出したのだ。
…そして、いらない枷をまた一つ手に入れた…
俺は頭の隅でチラついた感情を無視し、クーノの手を優しく握りしめた。
「あ、あああアルさん!な、なななにをぉ!?」
俺の突然の行動に顔を真っ赤にするクーノ。
全く分かりやすい娘だ。
「大丈夫だ。
ルオさんもトール先生もお前にやってほしくて頼んだんだ。
別に緊張してたって良い、震えてたって良い、ただ二人は心から自分たちを祝福してくれるお前にやってほしいんだ。
だからお前は二人の幸せを願って役目をこなせばいい。
その姿がいくら変でも二人は気にしないぞ。
安心しろ、俺がついてる」
そう言ってもう片方の手でクーノの頭を撫でた。
「あ、アルさん…分かりました!私、精一杯頑張ります!」
「ああ、そうしろ」
元気に返事を返したクーノの手からは、もう震えは消えていた。
もう所定の場所に着かなければいけない。
「行くぞクーノ」
「はい!」
俺たちはそれぞれ役目をこなすため、それぞれの場所に向かった。
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俺は、緊張した面持ちの新郎に指輪をそっと手渡す。
ちなみにこの指輪も宝石の部分のカットはやらなかったが、リングとの接合は俺が行った。
自分としては、上々の出来であるその指輪を新郎がそっと箱からつまみあげた。
「ありがとな…アルス」
「これで貸し借り無しですよ先生」
「おう!」
と小声で、二人だけの短い会話を済ませた。
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花嫁姿のルオが、クーノに手袋とブーケを預けた。
「が、頑張ってください!」
「フフフ…ありがとうクーノちゃん。クーノちゃんもアル君の事、頑張ってね」
「はい!」
優しそうなルオの言葉に、小声ではあるが元気に返事をし嬉しそうにほほ笑んだ。
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「では、指輪の交換を」
神父が厳かに告げ、新郎と新婦は向き合い、新郎はゆっくりと新婦の手を取った。
「私、初めてだからしっかりエスコートしてよね」
「おいおい、変なこと言うなよ。二回目だろうがなんだろうが、好きな人とするってのは何時だって慣れないもんなんだよ」
「フフフ…ありがと」
そんな軽い掛け合いを行いながら、新郎は新婦にそっと指輪をはめた。
「それでは、誓いのキスを…」
その神父の宣言にならい、新郎はそっとベールを外した。
「…綺麗だ、ホントにルオか?」
「ば、馬鹿じゃないの?ほら恥ずかしいから…ね」
「おう…」
その誓いに倣い、二人の影がゆっくりと近づき、やがて一つに重なった。
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「それで?なんて彫ったんだ?お前確か見てたんだろ?」
役目を終えた俺は、同じく役目を終え、いまだ夢の中状態のクーノにそう呟いた。
「…秘密です」
「そっかぁーって!?」
その意外な言葉に俺は間抜けな声を出してしまった。
てっきり、目を輝かせながら話すと思ったからだ。
「以外だな、てっきり教えてくれるかと思ったのに…」
「えへへ、教えませんよー女同士の約束ですから!!」
そう言うと、クーノは走り出した、走って行く方をみると、式も大詰めを迎えている。
花嫁がブーケトスを行おうとしていた。
勿論周りには沢山の女性が集まっている。
「ちょっとよろしいですか?」
振り返ると、俺の後ろに何時の間にか、盲目の男が立っていた。
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「好きだねぇ…全く、そう思わないかい?カルヴァ」
式場の片隅で、ちょこんと座ったコリンが、隣にいる半泣きのカルヴァにそう呟いた。
「うう…貴様になにが分かる!はるか昔に私のプロポーズを断っておいて、良くそんな事が言えたな!」
「なんだい?
まだそんなこと考えてたのかい?
いいじゃないか、あんたは私に振られていい嫁さんを貰ったんだ。
そうしてあの子が生まれた。
その事は喜ぶべき事じゃないのかね?」
「ふん!何が、喜ぶべきことだ!
今回裏で糸を引いているのは、お前である事は薄々感づいていた。
今回は完全に私の負けだ。それは認めよう。
だから教えてほしい。
何故、あの時私の告白…プロポーズを断った?
そして、なぜ今になって私が反対するあの子たちの仲を取り持ったのだ?
私はあんたを慕っていたんだ。
決して憎まれる様な事をした覚えはないぞ!」
その言葉に、コリンはなつかしむように遠くを見た後、カップを手に取り、無言でその中を覗きこんだ。
水面に映ったコリンの顔は何処までも無表情だった。
「ああ…もういい加減、話してもいいだろう。
私があんたと会った時、私は流れ者だった。
日がな一日中、あんたと出会ったあの店で働かなくては、とても食ってはいけない。
そんな身分だった。
そんなときに、親に反発して家を飛び出してきたあんたに出会った」
「そうだ!あの時、私はやつれていても、元気に笑うあんたの笑顔に釘づけになった。
見ていて飽きなかった。
その笑顔を見るために、働く君の姿を見るために足しげく通った」
「そう言えば、そんなこともあったねぇ…
常連客になったあんたとしまいには、外で会うようになった。
私の服に合わせようとわざと、ボロボロになった服を着てきた、あんたにゃあ笑ったがね。
あんときゃ、あんたといる時間が一番だったよ」
「なら!なぜなんだ!なぜ断った!私はずっと覚えているぞ、あの時…」
「あんたじゃ受け入れられないと思ったからさ…私をね。
あの子たちの話にもつながる事さ。
結婚ってのはそんなに甘いもんじゃない。
互いに好きです!はい結婚!
なんてそんな簡単なことはまかり通らないんだよ。
相手の過去…現在…未来、全てを受け入れるってことなのさ。
だから、あのときのあんたじゃあ受け入れられないとそう思ったのさ」
「そんなことは…」
否定しようとしたカルヴァの目をコリンはじっと見つめた。
有無を言わさぬ圧力が、その目には込められていた。
「本当かい?私があの時、過去に好きでもない男に体を売っていたと告白しても?」
「そ、それは…」
カルヴァは言葉に詰まった。
あの時の自分は若すぎた、それは年老いた今だから言える。
たぶん自分では受け入れられなかったと。
「いいじゃないか、私はそれを告げて、くしゃくしゃに壊れるあんたを見たくなかった。
だから、あの後、姿を消した。まさか学院で再び出会うとは思わなかったけどね」
その言葉に、カルヴァはガックリと肩を落とした。
しかし、顔は長年の疑問が晴れたのか、つきものが落ちたような表情を浮かべていた。
「わかった…納得したよ。だが今回は何故なんだ?あの子たちは…」
「さっきも言ったじゃないか、結婚ってのはお互いを受け入れることだって。
あの子たちは、もう十分お互いを理解していたじゃないか?
ムキになっていたのはあんただけ。
もし、それが過去に私が行った事のせいなら…それは、私がなんとかしなければいけない問題だとそう思ったのさ。
あんたは、良くやったよ。
私より良い人を見つけたんだから…
そうして愛を育み、子供をもうけ、その子供を育て、見事巣立たせたんだから。
なんにも後悔する必要はないのさ…」
コリンの持つカップが静かに波打ち、映っていたコリンの顔をくしゃくしゃにした。
無言で流す涙を拭きとるように、カルヴァはコリンの背をさすり続けた。
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「すみませんねえ、私は目が見えなくて…」
そう、返した男の手を握り、俺たちはゆっくりとした足取りで停留所を目指していた。
「いえ、気にしないでください。それで今日はどうされたんですか?」
「ええ…今日は教会で祈りをささげる予定だったのですが、まさか結婚式が行われているとは思いませんでした。幸福感に満ち溢れた良い式ですね。久々に心踊りました」
そう呟いた男は、静かに口をほころばせた。
「そうですね。俺も久々に心が休まりましたよ」
「ほう…では君は普段、あまり落ち着かないのですか?」
そう男は俺の言葉尻を取って聞き返してきた。
停留所までの些細な会話の糸口を見つけたのだろう。
…別にそう言う意味ではないんだけどな…どちらかというと落ち着かない奴は俺の近くにいる奴なんだけど…
「いえ…俺、実は結構な不器用で、その分人より多く練習なり色々な事をしなければならない身なんです。
だから、忙しく行動する事が多い…ただそれだけです。
落ち着きがないわけではないんですよ。」
そう返した、まさかダートですからというわけにはいかなかった。
その気持ちが、俺が他人にダートと知られるのを恐れたのか、それとも相手を不愉快にしたくないからなのか今の俺には分からなかった。
「そうですか…人より不器用ねぇ…ですが貴方の声には不安が全く感じられませんね。どちらかというと自信に満ち溢れています」
そう、男はさも意外そうに呟いた。
その言葉に自分を振り返ってみる。
「不安ですか…まあ、不安は感じていますよ。でも自分の進む道は常に自分で決めていますから、自分の決めた事にはしっかりと自分が信じてあげないと、それはそれで悲しいじゃないですか?」
俺はそうなんとなく話す。
見知らぬ人とする世間話など、久しぶりだ。
この世界では皆が皆、俺がダートだと分かってしまう。
ダートに近づこうなんて人間は、よほど酔狂な奴かこの人のように目が見えない人だろう。
そんなことを考えていると、停留所が見えてきた。
「そうですか…貴方は強い方ですね。いやはや御見逸れいたしました。
なめていたのは私の方でしたね、不肖フェルト・バルザーク!全身全霊であなたを描かせて頂きますよ」
その言葉に俺は首をかしげた。
この人は目が見えないのに画家をやっているのだろうか?
まあ、元の世界でもそんな人は居たから似たようなもんだろう。
そろそろ停留所が近い。
この話もそろそろお開きにしなくては…
「それは、光栄ですね。貴方に俺がどのように映ったか、とても気になりますが…」
ここで俺はなんとなしに、フェルトが声で俺を判断していたのを思い出した。
「そうですねぇ…フェルトさんはとても穏やかな声で喋ってくれるので、きっと性格も穏やかな方なんじゃないかと思います。
そんな方が描く絵…とても楽しみです。
またご縁があったら見せてくださいね。
はい到着です。
停留所に着きましたよ…フェルトさん?」
俺の言葉に不意を突かれたように、フェルトが立ち止まっていた。
「あっあはははははっ!そ、そうですかぁ~!私は穏やかな性格ですか!あはははは!」
さもおかしいと笑うフェルトに俺は戸惑った。
何だろう。俺は何か見当違いなことをいったのだろうか?
「え、ええと…俺なんか変なこと言いました?」
「いえいえ!いいのです。いやー楽しかった。貴方とのお話はとても楽しくて時間を忘れてしまいました」
そうフェルトが言ったところで馬車がちょうど停留所に着いた。
「フェルト様お迎えにあがりました。」
「ありがとう、ヴァル…それではアルス君!もし、また会う機会がありましたらまた楽しいお話を致しましょう。では…」
そう言うと、フェルトはお付きの騎士らしき人物と一緒に馬車の中に消えて行った。
…何だったのだろう。それに俺自己紹介したっけ? まあ喜んでくれたみたいだから、良しとするか…
そんなことを考えつつ、俺は来た道をトボトボと引き返し始めた。
ちなみに、アイディアとしてでしか考えてないのですが、婆と爺の濡場って…何でもないです。
忘れてください。




