第三十五話 彼女たちの秘密のお話
「…いっちゃいましたね」
アルスが出て行った後の部屋に女性が4人揃っていた。
「でもアルス君から渡されたこの金槌、たぶん彼が言いたい事も分かった…」
そう呟くとルオはクーノが手に持っていた工具を手に取り金槌と一緒に胸に抱きしめた。
「貴方達もありがとね、私頑張ってみる。父を説得して、トールと一緒になって見せるわ」
そう言うと、にこっとルオは笑った。
その笑顔は無理に笑った様な痛々しいものではなく心からの笑顔だった。
「あ、あの…私たちアルさんとの打ち合わせで金槌の修復…手伝うように言われてるんですだから…」
そう言葉を続けたクーノにルオはそっと頭を撫でた。
「フフフ…そっかお手伝いしてくれるんだ、ありがと…ってことは貴方達も?」
「勿論ですわ、この私たちが手伝うからには完璧な形で仕上げてみせますわ」
フランソワの自信たっぷりの言葉にアロワもうなずいた。
「微力ながら、力仕事ならクーノや私がいます。手先の器用さならフランソワ様が一番ですし、一人で出来ない事も力を合わせれば…」
「フフ、ありがと…じゃあ明日以降に一緒に作業しよっか、父も用事で出かけるみたいだし、それよりも私すっごい気になる事があるんだぁ」
そうアロワの言葉を遮ったルオは子供っぽい笑みを浮かべた。
「みんなアルス君の事が大好きでしょ?」
「「「えっ!?」」」
その言葉に3人は顔が一瞬で真っ赤になった。
「なっななななにをおっしゃっているのか分かりませんわわ!ね、ねえアロワ?」
「まったくですよ、あっあはははは」
「えーどうしてわかったんですかぁ?」
クーノの発言に否定の言葉を発した二人が勢いよく振り向いた。
「クスクス…別にいいのよ。誰にも言わないから、でも誰にも言わないからお話しない?」
そう優しい声で語ったルオは何処か遠くを見ていた。
「相手に話してもらうにはまず自分から話さないとね。
私がトールを好きになったのは…そうね。
気が付いたら彼を目で追ってたのかな…
私が彼とそして姉と同級生ってのは聞いてるわよね?
彼と姉さん良く喧嘩してたの。
ほんとにつまらないことだったり重要なことだったり色々…
でもね、最後には二人とも笑ってるの。
不思議でしょ?
喧嘩してたはずなのに、私だけ除者にされたみたいですごい嫌だったわ。
悔しくて私もその口げんかの中に割って入ったりしたの。
その頃は、父と母と姉だけが私の世界だったから、最初お姉ちゃんを取られちゃうんじゃないかってもう心配だった。
でもそのうち、姉さんが病気に伏せるようになって、私がトールと話をする機会が増えたの。
おかしいのよねぇ…最初は姉さんを取られたくないって思ってたのにいつの間にかトールと会話する事が楽しいと思えてきたの。
でも、トールが姉さんの話をするようになって、その楽しさが消えたの。
何でここにいない姉さんの話をするのよって…その事に気付いてやっと自覚したの。
ああ…私、彼の事好きなんだって。
でもその事に気付いたと同時に、私…もっと重要な事に気付いたの。
家のベットにいる姉さんがトールの話ばかりしたがる事。
学校で話すトールが休んでる姉さんの話ばかり聞きたがる事に。
そこまで来て、ようやく二人が好き合ってるって、自分は蚊帳の外だって気付いたの。
馬鹿な話よね。
道化もいいとこ、だから悔しくてね。
トールに冗談めかしで告白なんてした時もあったの。
でも彼は笑って、拒んだわ。
“お前ならもっといい奴がいるって”
その言葉に私すっかり頭に来ちゃって…ホント姉さんの事がなかったら私、叫んでたと思う。
私は貴方がいいの!
もっといい奴とかどうでもいい!
私の横で楽しそうに話をする貴方がいいって…
でも言えなかった。
私は蚊帳の外だもの、その時の私に、彼と姉さんをどうこうする力なんてなかった。
時がたって、二人が結婚して、私は二人の幸せを願ったわ。
だって、二人とも一生懸命なんだもの、お互いがお互いを気遣って支え合ってた。
嫌な話よね。
他の誰でもない。
一番近い第三者である私が、本人たちよりもその事が分かるの。
互いが見てないところまで見えちゃうから…
…辛かったわ。
もう家を飛び出そうかなって思ってた矢先、姉さんに呼ばれたの。
何かなって思ったら、
“私はもう長くないから、後はルオが彼を支えてあげて”
だって、もう笑っちゃうわよ。
誰にも気付かれず胸にしまっておいたはずなのに、同じ人を好きになった姉さんには全部お見通しだったってわけ。
だから…それを言った姉さんの気持ちが痛いほどわかったわ。
ホントは自分が彼の傍で支えたいって思ってるのに、それを他人に…彼を好きな別の人に託さなくてはいけないって、相当辛いことだと思うの。
だから、私はその時に決めたの。絶対に彼は私たちが幸せにするって、私の理想の夫婦像だった姉さんの後を継いで私も彼と幸せになるって、そう決めたの。
フフフ…これで私の話はおしまい。
次は貴方達のお話を聞かせて?
どうして彼を好きになったの?
まずは…クーノちゃん!」
そう軽いノリで話を振るが、ルオがして見せた話はあまりにも重かった。
その重さに三人は何も言えずだまり込む。
やがて、クーノが重い口を開いた。
「私…好きかどうかわからないです。
ただ、私学院に来てアルさんと一緒に過ごして、私の中でアルさんは私の”光“なんです。
何でも一人でやっちゃうすごい人なんです。
でも寂しがり屋で、アルさんが時々する、無表情みたいな顔…私大っ嫌いです。
だって何かを堪えてる私の父様にそっくりなんですもん。
おかしいですよね…全然顔なんて似てないのに、無表情みたいな顔で私の頭を撫でる動作は一緒なんですよ。
そんな顔になってほしくなくて私アルさんを元気にしようって決めてるんです」
「フフフ…そうかぁー、じゃあ次、フランソワ様!!」
「ええっ!? わ、私ですか?…そうですわね、普通の貴族の男子の枠にはまず収まらない方だと思いますわ…」
「うんうん…で、好きなの?」
そう相槌を打ったルオに頬を上気させるフランソワ。
「もう、良いですわ。貴重なお話を聞かせてくれたお礼です。私も誠意をもって答えますわ。確かに気にはなっています。最初はアロワを拉致したり、いけすかない方だと思いましたけど、礼儀もしっかりしていますし、何より、女性の扱いを心得ています。一緒にいて楽しい方だと思いますわ」
「フフフ…いいねぇ、じゃあ最後アロワちゃん!」
「なぜ最後が私なのか疑問ですが、良いですよ。
そうですね…彼は私を騎士としても女としても認めてくれた初めての友人でしょうか…彼に褒められると嬉しいですね。
頭を…撫でてくれた時は胸がドキドキしました。
私は…彼を好いていると思います」
そう、締めくくったアロワも顔が真っ赤である。
三者三様の答えに、ルオは満足したのか、慈母のような笑みを一瞬だけ浮かべると、再び色々な事を話し始めた。
彼女たちの秘密の話はまだまだ続きそうだ。




