第三十四話 とりあえず突入のお話
「はぁ…」
と一人窓辺に座ったルオは静かにため息をついた。
昨日、トールとこっそり逢引きしたのが父…カルヴァにバレてしまい、現在外出禁止の身だ。
「やっぱり駄目だわ…こんなんじゃ」
とルオは一人呟いた。
カルヴァ…父もトールと姉の約束事はもう知ってるはずなのだ。
あれはどうしようもなかった。
事故だったと…。
だが、気持ちがおさまらないのだろう。
そして、そんな状況の中で今、自分がここでじっとしているわけにはいかなかった。
「そうだよね、私がやらなきゃ!」
そう言い聞かせ、ドアへと向かったその時、
ガシャン!!
何かが窓を突き破り中に転がり込んできた。
「いてて…だから気を付けろって言ったのに!クーノの奴、馬鹿力にも程があるだろ…」
呆然とするナルの前でその物体は文句を言っていた。
「な、何?ど、泥棒?家には金目のものなんてないわよ!?」
「あ!い、いえ僕はその…怪しいものじゃなくてですね…」
としどろもどろに言い訳をし始めた物体に、とりあえず悪いモノではなさそうだとナルは胸をなでおろした。
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「ええと、申し遅れてすいません。俺…いや僕はアルス・フォン・ランダルと言います」
そう、しどろもどろな自己紹介で俺は切り出した。
4人で話し合い、いよいよ行動に移すことになったのはいいのだが、肝心のルオと会う機会がない事に頭を悩ませ結局、直接乗り込もうと言う事になったのだ。
「で俺の後ろに隠れてるのがクーノ・フォン・ルバーンまあシャイなところがたまに傷ですがいい奴です。俺たちトール先生の教え子で…」
そう続けようとした俺に、ルオは優しく微笑んだ。
「フフフ…聞いてるわよ。トールから面白い奴がいるって、へぇ~貴方がアルス君ね。それでこっちの子がクーノちゃんかー
うん!とってもかわいいわ!」
その言葉に背中に隠れているクーノはぎこちなく頭を下げる。
親しくなってしばらく立つから気付かなかったが、こいつの人見知りは今だ健在のようだ。
「コホンっ!」
「…それで、今咳をしたのが…」
「大丈夫、知ってるわよ。こう見えても元貴族だから…はじめまして、もう貴族でない者が“フォン”を付ける事をお許しください。私、ルオ・フォン・ムスランブルと申します」
姿勢を正したルオはそう言うと座ったまま、深々とお辞儀をした。
「頭を上げてくださいませんか?今回は私が押し掛けたのです。私、フランソワ・フォン・アルバホーンと申します、こちらは私の騎士のアロワ・ウィシュタットですわ。突然の訪問にも丁寧な対応、痛み入りますわ」
そう言ってフランソワもアロワと共に深々と頭を下げた。
「それで今日はどんな要件かしら?」
飛び散った窓の破片も片づけ、一息ついた所でルオはそう切り出した。
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「そう…これがその金槌なのね…」
そう呟き、手に取った錆ついた金槌をゆっくり撫でた。
金槌はトール先生が用意した新品の柄ではなく、元の古いほうの柄をわざわざ付け直した。
その方が、たぶんこの金槌には相応しいと思ったからだ。
「ええ、僕も最初はただ柄を取り変えて、頭の部分の錆を落とすだけの簡単な依頼かと思ってました…でもこの金槌には別の意味があったんです」
そう言って、金槌を返してもらうと、持ってきた工具で柄と頭を外した。
その接合部には引っ掻いたような傷と炭で何か書いたような痕がうっすらと残っていた。
「トール先生の地方のおまじないなんだそうです。妻が夫に名前を書いて贈る…安全祈願のようなものらしいんですけど…
此処からは俺の推測ですけど、貴方のお姉さん…ナルさんは何処かでこの話を聞いたんじゃないかと思うんです。それにたぶんですけど、この金槌…お姉さんがトール先生に内緒で彫ろうとしたんじゃないかと思うんです。
だけど、あまり体力のない人が出来る事じゃなかった。
だから炭で下書きをしてから作業をしようとしたんだと思います。
でも…分からない事があるんです。何でこんな場所に…こんな分かりにくい場所に彫ろうと思ったのか…」
そう尻すぼみになる俺の声に、ルナは淡々と答えた。
「私…わかるわ。姉さん…恥ずかしがり屋なのよ。それに驚かせたかったのもあるんじゃないかな…彼に喜んで欲しくてたぶん準備してたのよ」
そう語ったルオはなつかしむように何処か遠くを見ているようだった。
コンコン…
突然のノックに部屋にいた全員がビクッとドアの方を振り向いた。
「ルオ、入るぞ」
そう有無も言わさぬ勢いで入って来るカルヴァ、隠れようにも不意を突かれた俺たちはただ呆然としているしかない。
「悲鳴一つないから、知り合いかと見当は付けていたが…
やはりというか、お前たちか…まあいい、そこのダート…話がある。下まで来てもらおう。他の者はそうだな、好きにするがいい。それとルオ…明日私は所用で出かける。2~3日戻らんかもしれんが、あまり勝手な事はしないようにな」
そう、言いたい事を言ったカルヴァはドアを開け放したまま、戻って行った。
以外にも彼は、俺たちがいた事に驚いてはいないようだった。
まあ、あんな大きな音をたてたから当然と言えば当然なのだが…
だが俺を指名するのはなぜだ?
「ほれ、さっさとせんか!」
催促するようなカルヴァの声に俺はクーノ達に視線を向けた。
事前に打ち合わせは済ませてある、俺がいなくても大丈夫だろう。
本人たちも理解したのか視線で返してきた。
その視線に俺は懐に隠してあった工具をクーノに渡し、カルヴァを追って部屋を出た。




