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第三十二話 舞台裏のお話

地下へと続く階段を2人の男がゆっくりと下って行く。

先頭を歩く男の方は片手にたいまつを持ち、もう片手は後ろを歩く男の手をしっかりと握りしめている。

前を歩く男の肉体はがっちりと鍛え抜かれ、歴戦の戦士である事を物語っていた。

対して、後ろを手を引っ張ってもらい歩く男は、青白くがりがりの肌をしており、いまにも倒れそうだ。そしてその目にはミミズ腫れのような切り傷の痕が痛々しく駆け回っており彼の目が見えない事を物語っていた。

「私は反対です。今回のこの呼び出しだって個人的なものだと窺いました」

とそう呟く男の声は少々苛立ちを含んでいた。

「良いではないですかヴァル。私はあの方が好きなのです。出来る限り支障がない範囲であの方を助けたいと私は思うのですよ」

そう諭すように言った声はとても穏やかだった。

「しかしフェルト様、奴はもう終わりです。年貢の納め時ってやつですよ。今までの悪事をばらされた挙句このような場所で謹慎を喰らっているのですから侯爵家が聞いてあきれます」

「ええ…ですが気になりませんか?あの傍若無人自分の欲望に何処までも忠実で親の権力を行使し続けていた彼がこんな所に住むまで落ちこぼれるとは…是非話を聞いてみたいのですよ。それに案外面白い成長を遂げているかもしれません。さあ、つきましたね、その扉を開けてください」

そう変わらず穏やかな声で返すと、ヴァルと呼ばれた男はしぶしぶ重い扉をゆっくりと開けた。


「うっ!?」

部屋から漏れ出した異臭に扉を開けたとたんに顔をしかめるヴァル。

扉を開けた中はたいまつも何もなくただの小部屋だったがその奥、鉄格子の中に一人手枷をはめられた男が一人座っていた。

服はぼろ布をまとい、部屋の隅にある桶がトイレ代わりなのだろう。そこから発酵したと思わしき糞尿の匂いが部屋に充満していた。


「ひさしぶりですねマルク様、この前会った時は貴方の誕生会の時でしたか。随分とお変わりになられたようですね」

開口一番、部屋に漂う異臭に構うことなく、入るなりなつかしむようにフェルトは語りかけた。

「フェルトか…頼みがある。ある奴を殺してほしい…」

そう絞りだしたような声にフェルトは満面の笑みを浮かべた。

「ほらね、ヴァル。面白い成長を遂げていますよ」


「成長しましたね。私は嬉しいですマルク様、弄ぶでもなく懲らしめるでもなく殺してほしいとは…そこまで貴方を苦しめた相手には感謝しなければいけませんね」

そう嬉しそうに呟やくと一転不機嫌そうに語った。

「ですが…貴方の声には嫉妬、殺意、恐怖そして不安があります。

これはいけません。

何を心配する事があるのです?

最初の3つは大変良いです。

嫉妬や殺意は人を行動させ、恐怖はその行動を慎重に確実なものとさせます。

ですが不安はダメです。

行動すること置いて不安は動きを鈍らせ立ち止まらせます。

殺したい敵に何を心配する事があるのです?」

そう最後は慈母のように語りかけたフェルトに部屋の主、マルクは絞り出すように答えた。


「能書きはいいよ。俺は奴を殺したい。自分の目で確認なんかしない。ただ確実に殺してほしい。だからお前に頼むんだ。今の俺じゃあアイツに…アルスに勝てない事はわかってるんだ。どうせお前も調べたんだろ?」

そう問い返したマルクの見つめる先、フェルトの口が歪に引き延ばされた。


「ああ…バレてしまいましたか。勿論貴方に呼び出されたときに事前に調べましたとも…私から貴方に連絡する事はあっても貴方から呼び出しがかかる事など今までありませんでしたからね」

「ふん、好きなだけ笑うが良いさ。俺は手中に収めていた全てを失い、アイツは全て手に入れ…「いいえそれは違います」」

とフェルトは自虐気味に語っていたマルクを突然遮り、まるで教師が生徒に説明するように懇切丁寧に語り始めた。

「確かに、彼…アルス君でしたか、確かに貴方から見て彼は全てを手に入れています。

これは正しい。

ですが貴方は違います。

貴方は今までの全てを父親や生まれによって借りていただけ、何も手に入れてはおりません。

彼はダートで普通ならそんな相手に負けるはずがありません。

誰もがそう思うでしょう。

ですが彼は望むもの手に入れてきた。

その経験は誰よりもある。

そして手に入れるとはどういう事なのかも理解しているはずです。

あの学院は貴族が中心…貴族とは受け継ぐ者。

自分から生み出す事はせず、過去のものを受け継ぎ育てる者です。

なーんてちょっとカッコイイ言い方をしましたが、用は手に入れる方法を知らないものが知ってるものと幾ら争っても勝てないのと同じです」


ガシャン!!


と鉄格子が軋み、マルクが今にも掴みかからん形相でフェルトを睨みつけた。

「お前の能書きはいいって言ってるだろ! そんなことは分かってる! だからお前に頼んでるんだ! 剣も才能も中途半端なお前を、誰が王国の頭脳たる円卓会議…そこの策謀者たる”絵師”に推薦してやったと思ってるんだ?俺だろ!その恩を今返せ! 方法は何でもいい!アルスを!あの糞生意気な餓鬼を殺すんだ!」

「フェルト様!話を聞くだけ無駄です。こんな餓鬼のような男に…」

「下がりなさいヴァル」

「しかし!」

「下がれ」

「…承知しました」


その地獄からの叫びのような声に思わず顔をゆがめるヴァルだが、反対に主であるフェルトは恍惚の笑みを浮かべていた。

「ああ…貴方のその声!良いです。貴方のにじみ出る殺意が伝わって来る!

それだけで…その声を聴いただけで満足です。

やはり私は貴方が大好きです。

かしこまりましたマルク様!貴方の要望、この私”盲目の千里眼”ことフェルト・バルザークしかと聞き入れました。必ずや貴方の望通りの結果をお持ちしましょう。では行きましょうかヴァル?

ではマルク様…次会うときは素敵な報告を持ってまいりますゆえ」

そう言うとクルリと向きを変えると、来た時と同じように従者に手を引かれゆっくりと元来た道を戻って行った。


―――――――――


「フェルト様、なぜあの餓鬼の肩を持とうとするのですか?」

石牢を出て無事に屋敷の部屋に着いた所でヴァルはこらえきれずそう呟いた。

「フフフ…あの方がおっしゃった通り、円卓会議の”絵師”の一人に推薦して頂いた恩では納得いきませんか?」

「勿論です。あの状態になった彼について行こうなんて気違いはフェルト様くらいですよ」

「そうですね。強いて言うなら…あの方は自分の欲望に忠実で真っ直ぐです。それはあの方の数少ない利点の一つと言ってもいいでしょう。

長らく王宮や議会に関わるとね。

純粋な人間を見たくなる…いえ、私の場合は声を聞きたくなるんですよ。

王宮の人間たちの声はあまりにも不純物が多い。

だからたまには純粋な欲望…心からの叫びの声を聞きたくなるのですよ」

そう穏やかな調子で話すフェルトの横顔は今だ恍惚に輝いている。


「お話中失礼しますよっと」

「っ!?」

と言って影から現れた男に思わず剣に手を伸ばすヴァル。

「おいおい、俺だよ俺、ひさしぶりだね。ヴァルく~ん」

そんなヴァルにまるで友達と接しているかのごとく飄々としている。

「黙れ!この道化が、今度は誰に成り済まして来たんだ?」

「おいおい、ひでえ物言いだなおい。俺はフェルト様に頼まれて命がけの使いをしてきたってのに…」

そう呟く男にフェルトはニコニコと楽しそうに呟いた。

「フフフ…御苦労様です。確か今はロバート…でしたね。

どうでしたか噂のアルス君は?

いや、あの”悲しき絵師”の絵図の中は?

と言った方がいいかもしれませんね」


「全く軽々しく言ってくれますね。あの(・・)絵図の中に入る…偽の登場人物として参加するのにどれだけ下準備をしたと思ってるんですか?

あの絵師の未来絵図を予測して下調べを行い、兵士や町の人間に金を渡し、あの落ちぶれ貴族に現場をリーク、潜り込む男の身分もそれなりに選定して、ようやく町の一番外側、門の近くにそれとなくいる事が出来るんですから。いつ消されるかとヒヤヒヤしましたよ」

「フフフ…でも消されなかった。しっかりと約束事は守りましたね?」

「ええ、“横やりを入れてもしっかりとその分の後始末を行う”あれですか?

もちろんですよ。

しっかりとあのトールとか言った教師の過去も女房道具の逸話も全部伝えました」

その答えにフェルトは満足そうに頷いた。

「苦労をかけますねぇ。ですがそれなら大丈夫です。貴方が此処にいる時点で”彼女”に見逃してもらえたという事ですよ。

あの方が本気になったらそれこそ消されるだけじゃ済みませんからねぇ。それでどうでしたか?噂のアルス君は?」

「ええ、頭は恐ろしいくらい切れますよ。

脅威と言ってもいいですね。

だけど正直放っておいても死にますね。

たぶん本人もそれに気付いていますよ。

フェルト様が絵図を書くまでもなく、野垂れ死にます。

なんならマルクの餓鬼に今すぐにでも伝えればいい。

あのお人よしの坊やは、その親切心から首が回らなくなり最後には潰れてしまうとね」


その答えにフェルトは嬉しそうに呟いた。

「そうですか…しかし困りました。私はマルク様に彼を殺すと約束してきてしまいました。

その事をマルク様にお伝えてもおそらく、納得されないでしょう。

それに、マルク様をあそこまで追い詰めた子供…私も興味があります」

その嬉しそうな声に、ヴァルとロバートはあきれたように顔を見合わせた。




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