第二十九話 レストランのお話
「いらっしゃいませ」
「予約していたアルス・フォン・ランダルですが…」
「アルス様ですね、お待ちしておりました。ではこちらに…」
案内人の男に促され、案内された空間は確かに、そこらの食堂とは少々違うレストランだった。
店内は白で統一され、各テーブルやイスは全て特注のものを使用している。
丁度元いた世界のファミレスの様な印象だが、この時代では十分高級レストランに入るだろう。
「フフフ…随分と趣味のいいところを知っていますのね…安心いたしましたわ。このような場所…さぞ良い値がするのでしょうね…」
とちらりと俺に視線を送ったフランソワ。
どうやら彼女なりに心配しているのだろう。
「お、お嬢様その物言いは失礼ではないですか、せっかくこんな良いお店で食べるのですそのような話は…」
「あら?私褒めていますのよ、このような場所がこんな学院の近くにもあるなんて、やはり貴方はぬけめないですわね」
とアロワの忠告を余裕の笑みでかわしたフランソワは嬉しそうに呟いた。
流石は侯爵家、初めての場所でも堂々としている。
対して、アロワは自分の主の態度に多少納得したものの、まだ不満があるようだ。
「まあ、お金の事は気にしないでください。女性の前ですがこちらもある程度用意してきています。安心して良いですよ」
と安心させるように語る俺だが内心はびくびくしている。
最初の形がどうであれ、女性を自ら高級レストランに誘った挙句に割り勘などという無様な醜態をさらすわけにはいかない。
婆さんの事だから心配はしていないが、もしもの時のためにもらった金額にプラスしてある程度の資金を用意しておいてある。
アクシデントが起きない限り…大丈夫だろう。
「あ、ああ…アルさん…」
「大丈夫だクーノ心配するな」
もう一方からガチガチに緊張した声が聞こえ、俺は子供をあやすようにクーノに語りかけた。
クーノは露店ではしゃいでいた雰囲気はすっかり消え、視線は何処に止まるでもなく、きょろきょろと宙を舞っている。
「私、こういうとこあまり来た事がなくて…」
「大丈夫だ、そんなに緊張せずに楽しめよ。今日はいつもよりおいしい飯が食えるんだ。味を覚えて今度御馳走してくれよ」
「そ、そんなこと無理に決まってますよう」
そう茶化すように言った俺に口をとがらせて反論するクーノ。
「別に本気にしなくていいんだ。ただ何も考えていないよりはどんな味か、自分で作れそうかと別の事考えて気でも紛らわしていた方が、ただ食べるよりもっと美味しく、たのしめるだろ?緊張で何も覚えていないんじゃもったいないからな。頑張って俺に上手いもん食わせてくれよ」
そう言ってクーノの頭を撫でてやる。
「わかりました!私頑張りますね」
…悪いな…今日の本命は料理じゃないんだ…
その元気な発言に心の中で苦笑いをしていると、やっと俺が待ち望んだ本命が扉から現れるのが見えた。
俺が待ち望んだ本命…トール先生と見慣れぬ女性は二人で楽しそうに俺たちの席のすぐ近くに座った。
普通なら身内とばれてしまう距離だがその席は、丁度うまい具合に仕切りがあり、二人の声だけが俺たちの席に響いてきた。
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「うわー綺麗な所ね」
「ああ、君が気に入ると思って前々から予約してたんだ」
「高かったんじゃない?」
「いや、そんなことは…」
「嘘、貴方がすぐに視線をそらす時は大抵嘘ついてる時なのを私が知らないと思って?」
「はぁ…ルオには何でもお見通しってわけか」
「あったりまえでしょ、貴方の幼馴染のこのルオ・フォン・ムスランブルに知らない事はありませーん。それで話って?」
「ああ…この前、お義父さん…いやカルヴァ先生と話したんだ。そこでやっぱり…」
「ダメ! 父が何と言おうと私たち二人で結婚するって決めたじゃない!」
「わかってる。俺だってただ反対されたから止めようと言うんじゃない。ただ時期をもう少し延ばして…」
「ダメよ!ダメなの…貴方があの子の事を引きずってるのはわかるわ。でも私はあの子と約束したの…あなたの事を頼むって」
「でも俺は、取り返しのつかない事をした…今でもはっきり覚えてるんだ…」
「…あの日の事?」
「ああ、俺があの時もう少し早く気付いていれば、あいつは助かったかもしれない。だが俺はそれに気付かずのうのうと…」
「わかってるわ…それを忘れ物を届けに来た父が見つけて…」
「な!?わかるだろう?俺は…」
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(なかなかシリアスなお話をされているようですわね)
(ええ、まさか先生にそんな悩みがあったとは…)
(いけませんお嬢様、人の情事に耳を傾けるなど…)
(あら?耳を傾けてなんていませんわ、たまたま予約したお店が一緒で、つい声が聞こえてしまっただけではありませんか…それよりアロワ…なぜ貴方も声をひそめるのです?)
(そ、それは…成り行きと言う奴です)
その指摘にシドロモドロになるアロワ、どうやら彼女も気になってはいるようだ。
(フフフ…反応は正直ですわね)
(アルさん!このお野菜とっても美味しいですよ)
(…お前は別な意味でノリノリだなクーノ)
(とりあえず、聞こえないから静かにしてください)
なんだかんだいって俺たちは料理そっちのけ(一名除く)で仕切りの向こう側に声をひそめ、改めて聞き耳を立てようとしたときだった。
バン!!
とドアが勢いよく開いた音が響き渡り、それと共に、
「ルオ! そこにいるのは分かってる!」
と聞きなれた声が聞こえた。




