第三話 家でもボッチだったのお話
(アルス12歳)
俺は、自分ひとりで立ち上がれるようになってから朝の鍛練をずっと行っている。
具体的には、朝の運動に屋敷を一週走り、その後、腕立てや腹筋をして体を鍛えている。
この世界、才能が高い人間は何をするにでもすぐに上達する、才能が低い人間よりも努力しなくてもすぐに成果がでるのだ。
例えば貴族など特権階級についている人間は大抵才能が高い。それが何を意味するか最初のうちはわからなかったが今では末恐ろしく感じる。
原因は一か月前、貴族のパーティでのことだ、俺が一カ月かけてようやく出来たファイアの魔法を会場で一度やり方を指南してもらうだけで、およそ10分で正確に作りだした貴族の子供たち…正直化け物だ。さらに恐ろしいのはそれを当り前のこととして認識している大人、俺は見ていて背筋が凍る思いだった。
そんな化け物人間たちと張り合わなくてはいけないため、日々前世で習った方法で体を鍛え、型の練習をする。
彼らが一瞬でマスターするのであれば、俺は小さい一つ一つを彼らが学ぶ前から積み上げるしかないのだ。
次は知識だ。いくら前世の知識があるからといって慢心しては堕落するだけだ。
ということで、俺は父親の書庫に侵入して毎日気に入った内容の本を読み漁っている。
両親は俺のことを罵倒しているが、大変な分俺は今の状況を楽しもうと思っている。現に魔法や薬の知識は俺の好奇心を刺激してくれているため、今の状況が楽しくてしょうがない。
幸いにもメイドのメイさんは農村出身で村の医者代わりであるおばあさんの手伝いで薬を作っていた経験があるらしく薬草についての知識があった。
午前中は本を読み、体を動かす。午後にメイさんの手が空いたときにだけ薬草の調合の仕方やこの世界の風習について学んでいる。
しかしこの前うっかり書庫に忍び込んでいる所を父に見つかった。
書庫出入り禁止になるかなと思いきや父からお許しが出ていつでも好きな時に書庫を訪れていい事になった。まさに、棚から牡丹餅とはこのことだ。
有効に使わせてもらおう。
父曰く、「味噌ッカスがいくら学んだところで変わらんが好きにするがいい」と生まれてから碌に話もしなくなっていたが、なんだかんだ父親なのだと思う。
さて、今日もメイさんに色々と教えてもらおう。といつもの学び部屋である台所に向かった。
「メイさん、こんにちは」
「あら?アルス坊ちゃん今日も御勉強ですか?」
「うん、メイさんに今日も薬草について教えてもらおうと思ってきたんだ。」
そう言っていつもの屈託のない笑顔を返す。
「もうこんな時間!?いけない全然準備してないわ。坊ちゃんもう少し待ってくださいますか?」
とあわてて準備するメイさんに違和感を覚える。
心なしか最近元気がない、いつもならニコニコしながら俺が来るのを待っているのに、ちょっと様子が変だ。
「メイさんどうしたの?今日はなんだか元気がないみたい…」
「っ!? そ、そんなことはありませんよ。坊ちゃん。さ、さあ薬草について今日もお勉強しましょうね」
なにかありそうだけど本人がいいと言ってるため特に気にしなかった。
このあとそのまま薬草の勉強、ついでに料理を教えてもらった。ありがたい。
(コンコン)
今日はいつもと違い、勉強ではない目的のために父親の部屋を訪れた。
「失礼します」
部屋にはいると相変わらず父は顔をしかめたままで座っていた。
「お呼びですか父上」
なかなか喋り出さない父親に俺の方からアプローチをかけてみる。
「うむ…お前も知ってのとおり、ランダル家の人間は代々才能が高いことで知られ自他共に認める魔法使いの家系だ。」
「はい父上」
「だが、お前は才能がほとんどない。そんな人間はランダル家の人間としてふさわしくない。わかるな?」
「承知しております父上」
俺は頭の中でため息をついた。等々この日が来てしまったか。
「告げるのがおくれたが、お前には弟がいる。生まれたのは10年前だ。
丁度お前とは2歳差になるな。気付いていると思うが、お前の母はお前を見捨て、弟の子育てに夢中だ。今は母子で別宅にいる。私も今日からそちらの屋敷に住む勿論メイもだ、この意味がわかるな?」
「…私は追放ですか?」
恐る恐る父の受け答えをしながらも頭はえらく冷静だった。
弟が居るという突然のカミングアウトも、まあ仕方がないと思った。
こんな味噌っカス一人しかいないのであれば次の世継ぎを早く作ってしまう方が賢明だ。
この世界では才能が高いか低いかが全てなのだ。能無しの俺をよく10歳まで育ててくれたと思う。
親父はため息をすると、俺の目をじっと見つめる。
「お前のような奴は本来ならこの家から追放するのだが、お前の日々の努力に免じてチャンスをやる。お前を国立の学院に行かせる。学院への手続きはもうとってある。そこでふさわしい結果を残せ。そしたら追放はしない。期限は弟が学院に入学するまでだ。
精々励むが良い。ちなみに、辞めたくなったらいつでも辞めていいぞ。まあその時はそのままどこへなりともいくがいい。そうなった場合、お前は死んだということにする。勿論二度と此処には戻ってくるなよ。わかったな」
なるほど、家を追放というのはいかに才能がない子供とはいえ、体裁が悪い。だが自分たちの預かり知らぬ所でならどうしようが構わない。つまりは、何年か学院で学ばせてやるから、その後はどこへなりとも消えろということか…
「かしこまりました。ランダル家の名に恥じぬよう精一杯学んでまいります」
「うむ」
そう言って俺は父の書斎を後にした。
廊下を歩きながら、メイさんが落ち込んでいたのはこの話が正式に決まったからなのかと思い出してみる。
そして手早く自室に戻り、荷物をまとめる。まとめながら今後の事を考える。12歳まで育てて学院まで通わせてくれる。破格の待遇だが、俺が学院で無事進級し続けることは難しいだろう。なんといっても俺が1カ月でマスターしたものをたった一日でマスターしてしまう奴らがわんさといるのだ。残された時間はあまりに少ない。
今後の人生設計的には中退して商人でもしようかな…
そんな事を考えながら俺は馬車に乗り学院に向かった。




