第二十七話 嵌められた少年のお話
「い!いらっしゃ…あ、アルさん! 遅いですよう」
俺が店の中に入ると、クーノがカウンターで直立不動のまま、ぎこちない笑みを浮かべていた。
「もうちょっと肩の力を抜くんだよ!まったくこの娘は、人が来る度に緊張して…」
「すいません…アルさん!見てないで助けてくださいよう」
と文句を言ったクーノの後ろでは、コリン婆さんがしっかりと監視についており、クーノの顔を見るにかなりまいっているようだ。
「まあ何だ…頑張れよクーノ」
と気休め程度に声をかける。
こればっかりは生まれついた容姿によるので、俺も頑張れとしか言えないのだ。
「うーアルさんは良いですよ。裏で作業してるだけなんですから!私の身にもなってくださいよ」
とクーノは相当不満が溜まっているようで綺麗な顔を困ったように歪めている。
しかし、その表情は何時の日のあの張り裂けそうな表情ではなく、何処か楽しそうな顔をしていた。
「まあまあ、俺なんかが表出てきたら大変だよ。ここは綺麗所のお前に頑張ってもらいたいんだ。な?婆さん」
と俺は婆さんに振る。
こういうときは当人たちに任せておくのが一番なのだ。
邪魔者はさっさと奥に引きこもって修理、修理っと…
そう話を振って安心する俺をちらり目の端に捉えたコリン婆さんは、ニコニコと笑顔でクーノに語りかけた。
「まったくだよ、ほら頑張ったらアルスが休日には何処か出かけようって言ってくれてるじゃないか」
「そーそーだからな…って、おい! 婆さん変な事言ってんじゃねえよ。どう取ったらそういうふうに聞き取れんだよ」
この婆…おれが安心した隙に寝言いってんじゃねえぞ…
まったく周りを巻き込んで周りに処理させるとんでもない婆だ。
と、とにかく否定しなければ…
俺は自分でもわかるくらい、うろたえながら否定するが既に遅かった。
「ほ、ほ、本当ですか?ああ、あアルさん! わ、わたっ私頑張ります!」
「く、クーノ本気にするなよ、おいババア!へんなこといってんじゃねぇぞ」
クーノは既に顔を真っ赤にしつつ、明後日の方を向いて俺に語りかけると言う高度な会話法を発動し俺の声は全く耳に入っていないようだ。
「なーにケチくさい事言ってんだい。男ならドカッっと構えて女の子の一人や二人や三人くらい面倒見るもんだよ! なあ、お前たちもそう思うだろ?」
「?」
突然誰に話しかけているのかと思った俺の後ろ、店のドアから聞きなれた声が聞こえてきた。
「い、いえわ、私は騎士としてそ、そんなことはみ、微塵も思いません!」
「アロワ! 声を出してはダメではありませんか!!」
俺が振り向くと、フランソワとアロワが頬を染めながら恥ずかしそうに現れた。
「お、お前ら、い、何時からそこにいた?」
「さ、先ほどからですわ。たまたま貴方がお店に入って行くのが、見えましたのでアロワと丁度いい機会だから尋ねてみようと…」
と、モゾモゾとしっくりと来ない返答をするフランソワ。
なにか問題でもあるのか…?
と俺が首をかしげていると、奥にいた婆さんがニヤニヤしながら教えてくれた。
「なーに行ってんだい。さっき来たばかりじゃないか。それもしきりに店内をうろうろした揚句、なんにも買わずに出て行っちまっただろ?特にアロワなんてしきりにカウンターの奥をのぞいたりしてねぇ」
その言葉にビクッと反応するアロワ。
「わ、私は…と、当然だ。私はお嬢様の護衛なのだからな、危険なものがないか確認していたのだ」
と必死の言訳のたまうアロワをおもしろそうな目で見る婆さん。
クーノは相変わらず明後日の方を向いてなにかブツブツと喋っている。
全くその場にいる人間をおもちゃにする事にかけては、この婆さんの右に出るものはいないな…恐ろしい。
婆さんの言動により食い散らかされた現場を半ば呆れ気味に見渡す俺に婆さんが追い打ちをかけた。
「ほれ、あんたもついでなんだからこの子らも誘って町に遊びに行ってくりゃいいじゃないかね」
「婆さん、クーノはともかく俺なんかと一緒にいて二人が楽しめるわ…」
俺が冷静に止めようとすると、横から声が聞こえてきた。
「いや、アルスその判断は早すぎるぞ! 私も丁度買い足したいものがあったのだ!ねえ?お嬢様」
「そっそうですわ! 私も見ておきたいモノがありましたの!折角ですし私たちも同行させていただきますわ」
と何故かしきりに賛成する二人、そんなに買いたいものがあったのか?
「ほれ、話が決まったところでさっさと働いておくれ。あんたたちも買うのか買わないのかはっきりしておくれよ」
と一気に婆さんが話をまとめ、俺の意見は結局聞かずに、行く事だけが決定していしまった。
…どうにも納得できないが…ちょうどいい、必要なものを集めますか…
と俺は何処となくうれしそうな3人に対して、全く違う事を考えるのであった。
―――――――――
「婆さん、ちょっといいか?」
「ん?なんだい小僧?」
俺がようやく婆さんに物を尋ねられるようになったのは、そこから店じまいの時間まで働いた後だった。
クーノには先に帰ってもらい、夕飯の支度を頼んだ。
帰り際に何やら婆さんが耳打ちしていたけど、気にしたらダメなのだろう。
とりあえず俺は懐から金槌を取り出し、婆さんに見せた。
「婆さん、あんたはこの金槌を十全に直せと言っていた。何が望みなんだ?」
その言葉を聞くと婆さんは、楽しそうに笑った。
「ひゃっひゃっひゃ、トールの所に行ったんならあいつとマセ餓鬼の口論も聞いたんだろ?」
「あ…ああ、トール先生とカルヴァ先生が喧嘩しているところを見た…ひょっとしてマセ餓鬼ってカルヴァ先生のことか?」
俺は戸惑いつつもマセ餓鬼と呼ばれた人物について聞いてみる。
それにしても、誰がどこで何してるなんて事まで把握してるとはこの婆…マジで規格外だ。
「ああ、そうさ…まあ、あんたは気にしなくていいよ。それよりも…気になるんだろ?」
婆さんは何でもないように俺の質問をかわすと、俺に問いかけるように聞いてきた。
その言葉に俺は、今日見てきた事…今までお世話になった事を思い返して考える。
確かに、口論の事直接的な原因は分からないが、俺のためにしてくれた事があの人の立場を危うくしてしまったのだとしたら…それは俺の責任だ。
…なーに、俺とお前の仲だろ?気にすんな! 俺の悪い癖さ…
俺の中で先生はいつも変わらず、何でもない事の様に答えた気がした。
先生…気にするなって方が無理な話ですよ。
「ああ、これでも色々と世話になってる。力になれるのなら、なりたい…」
俺の決意のこもった声を聞き、婆さんの口がにやりと引き延ばされた。
「なら、今度の休み、娘っ子たちとデートしてきな。…そうだねぇ、お昼はこじゃれたレストランなんてどうだい?ほれ」
と婆さんはお金が入った袋と、何かが書かれた紙を俺に投げてよこした。
「お、おい婆さん!? こんな…」
「ひゃっひゃっグダグダ煩いよ小僧!男がデートに誘うんだ。それくらいの甲斐性はみせな!!ちなみに金はつけとくから気にしなくて大丈夫だよ」
と笑顔で答える婆さんに俺は若干あきれながら呟いた。
「ったく準備が良すぎんだよ。それにお嬢様から聞いたぜ。アルバホーン家の追加融資の資金、婆さん商会を通して、各店に物資の発注が行われたんだってな。全くちゃっかりしすぎなんだよ婆さんは!
アルバホーンからの受託料と侯爵家への紹介料…双方合わせて幾らくらい儲かったんだよ?」
俺のその言葉に婆さんは今度こそ、さも面白そうに笑った。
「ひゃっひゃっひゃっ商売人が商売しなくてどうすんだい?
あんたの壮大で金ばかりかかるプランから最大限金を絞り取ったまでさね。
いいかい?小僧、世の中上手く行かない事はあんたも良く知ってるだろうけど、それでも上手く通すには、あんたも使ったようにココを使うしかない。
ただ、大人になれば金の事もプラスして考える必要があるのさ」
と俺の額を指で小突く性悪婆。
はぁ…おれもまだまだってことか…
おそらくは今度の休日、俺の知りたい事が何かあるのだろう…
だから、俺が自然に行動できるように話をつけた。
俺がトール先生の所に向かったこと…つまりクーノが一人で店に来た時からこのプランを考えていたのだろうか?
それにしたって情報を掴むのが早すぎる…
俺は自分の未熟さを痛感しながら、淡々と店の片づけを行いクーノが待つ寮に向かった。




