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第二十六話 諍いのお話

「良いかクーノ、なるべくなら祝福は受けないようにしてくれ」

昼食を食べ終わり、向かい合った席で俺はクーノにそう言った。

「どうしたんですか?一体…」

と俺のただならぬ様子にクーノは困惑気味に俺に尋ねる。

その困惑した顔を見ながら俺は…冷静に考えた。

別に良いのだ。

たぶんこの世界ではあれが正しい姿なのだろう。

そう、自分自身に言い聞かせ、言葉を吐いた。

「どうしたもこうしたもない…ただ俺の個人的なお願いだ…聞くか聞かないかはお前が決めろ」


そう、俺はこの世界以外の常識を持っている。

自分がいて他人がいて、人が蔓延した空虚で虚しい世界。

だがそこには確かに自分の意志があった。

誰かに無意識に、自分の意志を操られる事はあるかもしれない。

しかし、健全な人間が神殿で祝福を受けただけで、その人が見る影もなく変容するような異様な現象は存在しなかった。

少なくとも自分自身が変わるには相当な覚悟や、長い時間が必要だった。

俺の知らない常識…知らない世界なのだから当然なのだ、そう…受け入れるべきなのだ。

しかし理性がそう言っても心は何か恐ろしいものを見たかのように震えていた。

「…わかりました、そんなに言うなら別にいいです…今のままでも十分強いですから!」

そうクーノは俺を元気づけるように言うと、そのまま昼飯を片づけ出した。

「…ああ、悪いな…変な話して、さてと…気分を切り替えて午後の授業も乗り切るか!」

「はい!」

俺は先程の嫌な気持ちを切り替えてクーノの片づけを手伝うのだった。


―――――――――――


「クーノ、お前は先に店に行っててくれ! 俺はトール先生の所に行って来る」

今日の授業がようやく終わり、俺たちはこの後について話しあった。

「わかりました…あの…なるべく早く来てください、私あの空間に一人で立つのは怖いですよう…」

と返事をするクーノは声に震えが混じっっている。

まあ、あのシゴキの空間にたった一人と言うのは流石に辛いだろう。

「心配すんな!俺もこっちのようが済んだらすぐにそっちに言ってやるよ。それにそろそろ時期的に期末テストが始まるからな、店が終わったら対策すっぞ」

「うぁっは、はい」

とクーノの頭をぐりぐり撫でた後、トール先生に会いに俺は鍛冶場に向かった。


「あちー!まったくここは何時来ても暑いな…」

と轟々と燃える炎が支配する熱気の中、俺は行きつけの場所に足を進める。

とりあえず今回の目的は、先生に実際に金槌を握ってもらい、違和感がないか確かめるためだ。

これは俺の初めての仕事でもあり、コリン婆さんからもしっかりやれと言われた以上、手を抜くつもりは全くなかった。

先生の部屋までドア一枚と来たところで、中から聞いた事のある罵声が聞こえた。


「全くお前を見ると怖気が走るわ!」

「御義父さん、なにもそんなこと言わないでくださいよ」

「ええいその言い方をなんとかしろ! 私はお前に御義父さんなどと言われたくない!それに私はお前と娘の結婚を認めたわけではない!

お前のような恥知らずにムスランブル家の一人娘をやれるわけがなかろう!」

「わ、私とルオさんはお互いに真剣で誠実なお付き合いをしております!私は娘さんを不幸な目にあわせるような事は…」

「たわけ!! 既にしておるではないか? お前の醜態をこの目で見た私が言うのだ! 直の事お前なんぞにくれてやるわけにはいかん! 良いか! 金輪際娘と会わんでもらいたい!

それに聞いたぞ…お前あのダート! 貴族であると言うのに上位の貴族に逆らい、のうのうとこの学院に居座り続けているあの屑と仲が良いそうじゃないか?たしか廃品を融通してやったとか…何を考えているんだ恥知らず!」

「い…いえ、それは…」

「とにかく…その事以外でも私はお前なんぞ顔も見たくないわ! いいか…これは警告だ!今後一切私と娘には近づくな!ではな!」

「…」


ガチャ


「何だ!いたのかダート! やはり類は友を呼ぶか…精々そこの恥知らずと仲良くしていろ!」

と通りすがりの俺を一通り罵倒した声の主、カルヴァ先生はそのまま不機嫌を隠そうともせずに行ってしまった。


「…おお、なんだアル。来てたのか」

と俺の姿を見つけ、声をかけるトール先生、しかしあの罵倒がよほど聞いたのだろう。

いつものような元気はなく、どこか疲れた顔をしている。

「すいません盗み聞きするつもりはなかったのですが…タイミング悪かったですね…先生また後にしますよ」

とりあえず、今の見た目だけでも先生がかなりまいっている事が分かった。

ここはそっとしておいた方が良いだろう。


そう思っての提案だったのだが先生は

「いや、今はむしろ何かに集中していたいんだ。なんか頼みでもあんのか?」

と無理やり元気そうな顔をして俺に尋ねてきた。

「いえ…そんな大した事じゃなくて…新しい柄を付けたんですけど、出来れば握り心地とか確かめてもらいたいんです」

俺は少し考えたあと、懐から依頼の品である金槌を取り出し先生に見せた。

「おお! 上手く出来てるじゃないか。やっぱ俺の思った通り、お前手先も器用だよな。俺の見立て通りだよ」


金槌を受け取った先生は、先程の元気のなさが嘘のように元気に感触を確かめている。

「先生、どうしてその金槌を俺に直させるんですか?先生ほどの腕なら自分で直せるでしょう?」

そんな先生に良い機会だからと俺は今回の依頼について聞いてみる事にした。

「ああ…そんなことか…簡単だよ。お前が知りたかったからさ」

と、以外にもあっさり答えてくれた。


先生は傍にあった腰かけに座ると、金槌の錆を指でなぞりながら答えた。

「まあ、鍛冶って言うのは物を生み出すと同時に沢山の道具を使いこなさなければいけない。その中で劣化や摩耗してくる道具をどう補うかって言うのも人それぞれなんだ。

で…ここから俺の持論だが。物を直す、修理するっていうのは、直す人間の人の本質が表れると俺は思うんだよ。だから俺はお前がどんなふうに物を直すか興味があったんだ」

そう話すと何処か照れ臭そうに頭をかいた。

「なるほど…ならもし俺がこの金槌を修理し終えた時、その答えを聞いてもいいですか?」

と言った俺の言葉に先生は、

「んー」

としばし考えるような素振りを見せた後


ゴンっ


「っ~~!」

と軽く金槌で俺の頭を叩いた。

「んなこと恥ずかしくて言えるかよ! ほらっ これはあくまで俺の持論なんだ。不確かなものを教師が生徒に言うわけにゃあ行かねえだろ」

と俺の頭を小突いた憎らしい金槌をこちらに渡し

「そうそう…握り心地だが、持ち手の小指に当る部分をもう一回り削ってくれ。それで丁度良くなるだろう。今度は完全に修理し終えた奴を持ってきてくれ」

というと、部屋の奥に引っ込んでしまった。


俺はまだ痛む頭をさすりながら、再び戻って来た金槌を眺めた。

婆さんは俺に十全に直せと言ってきた。

そしてカルヴァ先生との口論…先生の持論に、この金槌…

俺は試されているのだろうか…


改めて自分のこれからの行動について考えていると、奥に引っ込んだはずの先生が

「ああ、そうだ! その金槌、頭と柄の接合部分になんかなかったか?」

と俺に顔だけ出して尋ねてきた。

…ふーん

「いえ…何もありませんでしたよ」

と軽く返す俺。

「そっかぁ…ならいい。引き続き頼むぞ」

と一言言うと再び奥に引っ込んでしまった。

「そっかぁ…あれじゃなかったかぁ」

と小さく漏れたその声を小耳にはさみつつ、俺はクーノが待つ婆さんの店に向かった。




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