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第二十二話 俺の気持ちのお話

「いいのか?…アルス」

と泣きはらした顔でアロワが聞いて来る。

「ええ、とりあえず思いっきりお願いします。フランソワ様も出来れば全力でお願いします」

俺もこれから行われる事を想像すると冷や汗が垂れ、膝が震えてくるのが分かる。だがこれをやるしかないのだ。

そう決意して俺は指の添え木に使っていた枝を口でくわえた。

「わかりましたわ。そこまでおっしゃるのなら私も止める気はありません。アロワ!」

「はっ」

フランソワの掛け声に短く応えたアロワはそのまま俺の指を掴むと思い切り引っ張った。


ゴキッ!!


「ぐぁぅっ!」

思わず口から悲鳴とも叫びともとれる声が漏れる。

枝と歯の隙間から息がもれ、俺は痛みに枝を噛み切るかと思うくらい喰いしばった。

すかさずフランソワの手が俺の指にあてがわれ、そこから光が溢れる。

“我が力、汝を癒す光となれ”(ヒール)

フランソワの治癒魔法が発動し表現できないほどの痛みが、ズキズキと刺すような痛みに変わり徐々に痛みが引いてゆく。

代わりに何ともむずがゆい感覚に襲われた後、光が消えそこには以前と変わらない俺の指があった。

「…うぐ…ありがとうございますフランソワ様。あのベキベキに折れた指をあっという間に治すとは流石です。」

そう、呟きながら治った片方の手をしげしげと眺めた。

…この調子なら案外今日でも大丈夫そうだな。


「当然ですわ。貴方にはとても大きな借りを作ってしまいましたし、これくらいの事は…」

と呟いた途端、フランソワはヘナヘナとその場に崩れ落ちてしまった。

「お、お嬢様!」

あわてて駆け寄ろうとするアロワを手で制して、フランソワはゆっくりと顔を上げた。

「思ったよりも多くの魔力を貴方の治癒に消費してしまいましたわ…ですが大丈夫です。さ!治療を再開しましょう」

アロワの心配そうな顔を尻目に何事もないかのようにフランソワは言い放つ。

しかし、顔から血の気は引き、額からは冷や汗がにじみ出ている。

どう考えても大丈夫じゃないだろ…

「いえ、結構です。そんな状態で無理をさせるのは流石に気がひけますから」

その答えに若干残念そうな顔を見せるフランソワ。

「あらそう…残念ですわね。私の治癒魔法を二回も味わえる栄誉を逃すなんて、もったいない事をしましたわね。」

お嬢様もいつもなら気丈に言い返すのだろが今回は若干迫力がない。


「こっちの手はクーノにでもやらせますよ。アイツに治癒魔法を教えるつもりなら丁度良い練習台でしょ。まあ何で急に治癒魔法なんか覚えたいなんて言ったかはわかりませんけど」

そう呟いて俺は立ち上がった。

そろそろこの場所から移動しなければ風邪を引いてしまうだろう。

「はぁ…クーノも大変ですわね。もう良いですわ。確かに貴方のその手の治療はクーノにやってもらうのが一番ですわ。彼女も本望でしょう」

と返事をするフランソワは微妙な表情をしていた。

まあなにか言いたそうだが別にいいだろう。

これで一件落着だ。

まだ足取りがおぼつかないフランソワをアロワが補助する形で俺たちはそれぞれの寮に戻って行った。


ギィ…

そっと静かに自分の部屋に入る。仲はシーンと静まりかえっていて出てきた時のままだ。

…よしこれなら大丈夫だな

と安心してベットに向かおうとすると後ろから突然声が聞こえた。

「アルさん!!」

「どぅあっ! くっクーノどうしたそんなところで…」

「どうしたじゃないです! 何で勝手に抜け出すんですか! まだ手の怪我だって治ってないのに」

「ま、まあ…ちょっとな。とにかく今日はもう遅いからさっさとね「ダメです!何処で何してたんですか!?」」


このあと、アロワを助けた事を一から説明し、ようやくクーノの怒りを鎮めることに成功したのだった。


――――――――――――――――


朝、昨日の痴話喧嘩のためか俺が起きてもクーノはまだ寝ていた。

日差しはまだ上がらず、鍛練に起きるにしても少し早い時間だ。

とりあえずガチガチにしがみついているクーノを起こさぬよう振りほどいて俺は準備にかかる。

…さてとそろそろ出かけますかね。

と適当に剣を腰に着替えとすぐ使うものを袋に入れると俺は寮を後にした。


突然だが学院から生徒が出る時、それは長期の休みか怪我で静養する時か…まあ色々場合があるが大抵は玄関口である大門から出る決まりだ。

だが当然門番も生徒が勝手に出て行かぬよう常に警戒している。

ここから出て行くのはまず無理だ。

だが例外が一つだけある。

敗者の門…これは学院を様々な理由で去る者が通る場所であり、ここだけは唯一誰が出て行こうと止める者はいない。

門番ですら誰が通ったかを確認する程度だ。


まあ、プライドが高い貴族が多く通う学院ならではのシステムと言ったところだが、今の俺にはちょうどいいだろう。


門は表の大門に対してかなり簡素な造りだった。

従業員用の勝手門を若干大きくした程度でその横に小さい小屋ともいえないものが取り付けられており、そこには仏頂面をした門番が朝方にも関わらずしっかりと警備をしていた。

「さてと…さらば俺の学院生活」

とちょっと感傷に浸るように呟きつつ門をくぐりぬけようとした。


「待ちなよ…小僧」

…ああ、やっぱり気付かれたか。

「…何だよ婆さん、開店の準備もせずにこんなとこで油売ってていいのかよ」

俺の視線の先、門を一歩出た所に何故かコリン婆さんがいた。

俺の文句にもコリン婆さんは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。

「全くだよ。店を手伝う予定の小僧がそろそろ来る頃かと思ったら、店の前に端金が置いてあってね。危うく大事な労働力を逃すところだったよ」

俺は、大げさに「あーあ掴まったか」と呟くとその場に胡坐をかいた。

「なあ、婆さんあんたやっぱり裏で手を回してたろ?被害にあった他の女生徒たちの対応が早すぎる。たぶんだけど、元締めとしてのコネを使って女生徒達に接触して、試合当日よりもずっと前から訴えるタイミングを教えてたんじゃないか?」

とずっと気になっていた事を質問してみる。

フランソワ達の前では適当に流しておいたが、正直期間が短すぎる。

人為的な何かが働いたとしか思えないのだ。

そして今回その人為的な力を働かせる事が出来るのは目の前の婆さんだけだ。

俺の問いにコリン婆さんは、にやりと口を歪ませ応えてくれた。

「ひゃっひゃっひゃ!まあ分かっちまうかね。いやなに、仕込みがされた剣の事を事前に伝えられなかったからね。ちょっと色を付けたまでさ。

それよりあんたの事を調べさせてもらったよ。アルス・フォン・ランダル…ランダル家の長男として生まれ、その才能の低さから両親は共に育児を放棄。メイドに育てられ、行事以外、屋敷の周りから一歩も外へ出ない生活を続け、12歳で学院に入学を果たす。

その才能の低さとは裏腹に成績優秀。おやおや…入学一発目の筆記テストは全て満点とは…なかなかじゃないか?」


と俺の経歴をズバズバ語るコリン婆さんに対して俺は何でもない事のように呟く。

「まあね。これでも知識は自信があるんだ」

そう適当に返す俺に、婆さんは憐れむような何とも言えない瞳で見つめてきた。

「小僧…あんたは異常と言ってもいい。その年で人の機微を理解し、行動を予測し、そして自分が生きていけるだけの知恵と知識と行動力を持っている。これで才能があればあんたは完璧だったさね」

まあ俺の過去を調べたんならそう思うのも仕方ないだろう。

誰も前世の記憶が存在するなんて思わない。

人生経験豊富な婆さんだからこんな感じだが、俺を知れば人は気味悪がり遠ざけるだろう。


「はぁ…婆さん、もう腹の探り合いはやめにしないか?俺さ、親父に見せしめで此処に入れられたんだ。決闘で侯爵家の嫡男をぼこぼこにした話が今頃親父の耳に入っているはずさ。今回のマルクの事でたぶん親父は俺を切るだろう。それで力ある侯爵家に貸しも作れるし、正式に俺の弟を後取りにできる。一石二鳥さ。だから婆さんには悪いけど今日でこの学院ともおさらばさ」

そう言って立ち上がるとパンパンと尻をはたき、歩きだす。


「なあ、アルス…本当はあの子たちの事が心配でしょうがないんじゃないかい?あんたは人から避けられてきたのに、困ってる人は放っておけない性格だろ?それじゃあ、あの子たちが育たない。だから姿を消そうとしてる違うかい?」


と聞こえてきた言葉…意味を俺は理解し考え、笑った。

「あははははは! いや、全然…そんなことは全くない!

俺はね婆さん…人の苦しむ顔が見たいんだ。俺が必死に足掻くのはね。その姿を見て笑う奴の顔…その顔を苦しみ染めるのが快感だからさ。今まで全く相手にしてこなかった虫けら。そんな虫けらに殴られ腹を蹴られた奴はどんな気分だと思う?

その瞬間の顔を見るだけで、今までの苦労なんて全て吹き飛ぶぐらい愉快だね。

それに…この才能の低さも気に入ってるんだ。誰も俺の事なんて眼中ない…だから俺を笑う奴を見つけやすい。そいつを見つけて、これからは誰に構うことなく好きな事が出来る…最高さ!

でもな…アイツらがいると生き辛いんだよ。善良な奴はな惜しげもなく俺を助けようとする。俺は辛いんだ。自分が屑だって再認識させられる。善良な奴を陥れようとする奴と俺は全く同じ屑なのにそいつらに慕われるその状況が俺は辛い。だからさっさと消えるのさ。」

そう俺は一気にまくしたてるとスタスタと歩き出した。

そんな俺の姿を見てコリン婆さんはため息を一つ吐くと周りに言い聞かせるように話し始めた。

「はぁ…こりゃあ相当重症だね。本人はこう言ってるが、それでもあんたたちは止めるのかい?」

「「勿論です(だ)!」」

そう何処からか声が聞こえてきたかと思うと門の影から人が飛び出し俺を組み倒し、あっという間に地面に押さえつけた。


「お、お前らっ!」

俺は必死にもがくがビクともしない。

「全く、お前は嘘つき過ぎだなアルス! ならなぜ昨日私を助けた?励ました?そんな奴は屑とは言わないぞバカ者が!!」

「そうです! 私にも、お世話をさせる約束だけしてさっさと逃げる気ですか? それにコリン婆さんの所で私だけ働くなんて不公平です。アルさんも絶対に一緒ですからね!!」

背中越しに言いたい事を言ってくるクーノとアロワ。

俺も負けじと口を開こうとするが口に土が入り、それどころじゃない。

喋りたくても喋れない何とも言えない状況なのだ。

「フフフ…素直に観念してはいかがかしら?彼女たちは貴方より強引でしてよ」

と何処からか声が聞こえ、物陰から姿を現したフランソワは何処か楽しそうに口元をほころばせている。


…全くお嬢様はお嬢様で俺の這い蹲る姿が見れて満足ってわけですか…そうですか。

心の中であきれる俺に対し、お嬢様はさらなる追い打ちをかけた。

「それに、先ほどの貴方がおっしゃっていた事は心配いりませんわ。貴方の父親には私のお父様から、貴方の功績をしっかりと伝えるそうですから。これで嫌でも学院に残らなくてはいけませんわね」

うんうんとコリン婆さんも満足そうに頷いている。

「全くだよ。あんたにはこれから店の掃除と道具の整備を腐るほどやってもらわにゃいけないからね。良いじゃないか。当分はこき使ってやるから覚悟しときな!」

完全に包囲され逃げも隠れも出来なくなった俺は、ただ地面の冷たさだけを感じながら、心の中でため息をつくのだった。


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