第二十一話 気がかりな事のお話
「それではそろそろ私たちはお暇させていただきますわ。クーノ、今度は私たちの部屋に遊びに来てね。今度治癒魔法について教えて差し上げますわ」
フランソワの提案にアロワも感心したように頷く。
「それは良い考えですね。クーノ、お嬢様は治癒魔法が得意だから教えてもらうと良い」
「はい!よろしくお願いしますフラン!」
「フフ…楽しみだですわ。あなたも何か困った事があったら何時でも言いに来なさい。今回のお礼分くらいは協力して差し上げますわ」
と、若干高圧的な態度で俺に話すフランソワ。
クーノと違いすぎだろ…
「あ…はい、ではその時はお願いしますよ」
と女子寮の前で簡単なあいさつを交わす。
種明かしをした後二人を寮まで送る事になったのだ。
クーノなんてこの短時間でフランソワと仲良くなったようで、もうため口を聞いている。
しかもフランソワの治癒魔法に大層な興味を持ったようで今度教えてもらう約束まで取り付けている。
そんな社交性がちょっとうらやましい。
…今回は好都合だけどね。
「そうだ!クーノ、せっかくだから先輩たちの部屋が何処にあるか教えてもらえよ」
俺の突然の提案に若干驚くクーノ。
「え!?でも…」
「先輩良いですよね?俺ちょっとフランソワ様に2年の必須学科について聞きたい事があるんだ。なに、立ち話程度だから大丈夫ですよね?」
そう言ってフランソワの方を振り返る。
「ええ、構いませんわアロワ、クーノを案内してあげて」
流石貴族、突然の要望にも余裕の対応で応えてくれた。
「ああ…クーノこっちだ案内するよ」
「はい!楽しみです」
そう言ってアロワとクーノは女子寮に入って行く。
「全く、不自然すぎてものも言えませんわ」
と後ろから若干不機嫌そうなフランソワが呟く。
「すみません。何しろこうしないと僕とフランソワ様が二人きりで話す機会がありませんから」
と、すまなそうに返事を返した。
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その日の夜
俺は横で寝ているクーノを起こさぬように一人起きて、屋上に向かった。
俺たちの受け答えに寂しく笑う事が多かった、ある人物を見つけるためだ。
あの種類の顔をよく知っている自分にはありすぎるほど心当たりがあった。
杞憂なら別にそれで良いし、見て回るだけで心配事が減るなら安いものだ。
皆に説明し終わった後に一人でも屋上へ行ける建物を探し検討を付けておいた場所へ向かう。
そして彼女は犯された現場から程近い旧校舎の屋上にいた。
「お母様…お父様…クロス…先立つ不孝をお許しください…」
俺はなんでもない振りをしつつ彼女に声をかけた。
「先輩! こんな夜遅くに何やってるんですか?」
「!!っアルスか…」
そういって振り向くアロワ・ウィシュタットは月に照らされ、とても儚く映った。
「お前ならこの行動もわかってしまうと思っていたよ。でも何でここが分かった?」
そう言って一歩屋上の手すりに近づくアロワ。
「まあちょっとした事です。もし死ぬなら薬物が一番いい。
だが、マイルーラを買い続けていた先輩にそんなもの用意するお金はありません。
また部屋が同じであるフランソワ様の近くでは絶対に死ねない。
主人に仕えるべき主のそばで死ぬのは本意ではないでしょう。
また剣での自殺も普段から騎士を志す先輩ならしないんじゃないかなと残りは一番楽な飛び降りをするのではないか…適当にあたりを付けただけです。
でもここを見つけるのにかなり苦労しましたよ。よくフランソワ様が許しましたね」
そういうと、アロワはどうでもいい事のように
「まったく人の財布まで計算に入れているとは…嫌な奴だよ全く。お嬢様には知らせていない、寝ている間に書き置きを残してきただけさ」
と笑った。
まあそうだろう…あの高飛車な癖に、妙に優しい所を持つお嬢様なら絶対にこんなことはさせないはずだ。
そんなアロワに俺は質問を投げかける。
「いまさらですが聞いていいですか?今回マルクに体を差し出した事は貴方にとってあまり重要なことじゃなかったりします?」
そう聞くとアロワは何処かあきれたように呟いた。
「全くお前は何でもお見通しだな…」
そんな呟きに俺は何でもない事のように応えた。
「別に予測しただけです。俺は一番最初に聞きましたよね?「マルクの苦しむ顔ってみたいですか?」って…それって俺が個人的に聞きたかった事でもあるんです。その問いに先輩は冷静に応えてくれました。その時にちょっと引っかかったんです。冷静すぎるって…その後も笑っている姿がちょっとずつ寂しそうに見えたので気になっただけです」
そう言うとアロワは懐かしそうに笑った。
「言ったな…そんなことも、私はね…アルス…
親に望まれて生まれた子じゃなかった。
私の家が騎士の家系という事は話したな…父様はとても厳格でね。
欲しかったのは男の子だったんだ。
だから私が家に居て、目に映っても露骨に嫌そうな顔をするんだよ。
でも私は負けなかった…頑張ったんだ。
女でも立派な騎士になって見せると。
そして同じ時期に生まれたフランソワお嬢様の従者に任命された時、私はようやく報われたような気がした」
アロワの目から涙があふれていた。
その涙は頬を伝い流れていたが、やがて屋上に吹く風にキラキラと飛ばされていった。
「たけど…それはただの思いすごし…ただ単に女同士だから…普通の女より強い私が選ばれただけだった。
だからお嬢様も私の事を従者と言うだろ?
騎士は別にいるのさ…私の弟…私とは2歳差かな。
弟が大きくなったら正式にフランソワ様お付きの騎士として任命される予定だそうだ。
だから…それを知った時、私は女の部分を全て切り落とそうと思ったよ。
いつでも捨てられたんだ…
今回の事で生娘でない私を嫁にもらってくれる所もなくなるだろう。
私はね…ちょっと期待したんだ。
私がひどい目にあっていると分かった時…グラン様お付きの騎士である父様が来てくれるのを…だがいつもグラン様について回る父様は来なかった。
グラン様に確かめてみたから間違いない…
父様は私を必要としていない…いい証拠さ…
私は父様に…認めてほしかった、褒めてほしかったんだよ」
俺は此処でようやく、一人の時は少し強情で主人に対しては敬語をかかさない、彼女の子供の部分を見る事ができたような気がした。
「だからですか?簡単に映像の使用を承諾してくれたのは…」
「ああ…辛い目にあった私に父が一言慰めの言葉をくれるかもと思った。勿論、お前たちが私を助けてくれた時、本当にうれしかったのも事実だ。
だが、体を差し出すことでお嬢様を守っていた、なんて変な気持ちを持って耐え続けていた事もあってね。
今回の事が解決したら命を断とうと決意したんだ」
そんな決意を持った瞳を向けられて俺は泣きそうだった。
彼女は父親に認めてもらいたくて、此処まで来た。
だが当の本人は現れず、彼女自身の心労が限界に達している。
前世の記憶がない俺だったら、まず間違いなく父親を怨むだろう。
彼女は何処までも孤高だ。
クーノとはまた違う。
純粋でもある、とても気高い魂。
だから…と強く思う。
絶対にこの人を死なせてはいけない。
「先輩…先輩がそう思っているだけで周りのみんなは先輩をとても大事にしているとおもいますよ。俺にはわかります」
「ああ、お嬢様にも言われたことがあるよ。だけど私は疲れてしまったんだ。今回の事で私の中の緊張の糸が切れてしまったんだよ。じゃあ…さよならだ」
そういって手すりを越えるアロワ、そのままフッと屋上から落ちようとする。
彼女の意図を知った俺は力の限り全力で走る!
そしてなんとか彼女を捕まえようと手を伸ばした。
頼む…毎日鍛えてきたんだ。
女の子一人くらい捕まえてみせろ!
そして、必死に伸ばした手のさらに先、折れた中指の添え木の突起部分に彼女の服が引っかかった。
そう思った瞬間、全身全霊をかけて引っ張り上げる。
メキャ! ボキッ!
折れた中指が悲鳴をあげ、巻き添えに他の指が折れる音がするが気にしない。
「うおおおおおお!」
ここしかないのだ、ここぞというチャンスを掴むために今までコツコツと足掻いてきた。
才能が…周りが…いくら諦めろと告げても諦めなかった、自分のしたいように生きるため、自分の思いを叶えるため。
だから絶対に救いあげる!
そう思い渾身の力で彼女を引き上げた。
俺はなんとか屋上に引き上げ、放心している彼女に罵声を浴びせた。
「死なせませんよ絶対に! あいにくと貴方の命は俺の取引の範疇に入ってましてね。貴方が死んでしまってはその取引が成立しない。それに…それ以上に貴方を救うと決めたから、俺は自分のわがままを押し通させてもらいますよ! 全くそんな事が何だってんだ!誰も褒めてくれないなら俺が褒めます! 誰も認めてないなら俺が認めます! アロワ! よく頑張ったな偉いぞ! 」
そう言って彼女を抱きしめる。
「バカ…お前に言われてもうれしくないぞ…ぐすっ…」
ようやく気を取り戻したのか腕の中で泣きじゃくるアロワに俺はようやく安堵のため息をついた。
バン!
すると待っていたかのように勢いよく扉が開き中からイライラした声と共にフランソワが飛び出してきた。
「良い雰囲気の所、失礼致しますわ! アロワがいないと思って探しに来てみれば! なーにが「誰も褒めてくれないなら俺が褒めます! 誰も認めてないなら俺が認めます! 」ですか! その言葉は私が、私の騎士であるアロワに言うセリフですわ!」
とフランソワが不機嫌を隠そうともせずにこちらに向かってくる。
そして泣きじゃくるアロワを奪い取ると勢いよく抱きついた。
「ごめんなさい。私、アロワの気持ちなんか全く知らなくて…いつも貴方を傷つけていたなんて…主失格ですわね」
「うぐっ…いいえ、わ、たしこそ、こんな従者で…お嬢様に相応しくない限りです」
「何を言ってるの! 貴方は私の立派な騎士ですわ。いつも私が守られてばかりなのに…それが当然と思っていたなんて私反省しなければいけませんわ。アロワこれからも私に仕えてくれますわね?」
「はい! よろしくお願いしますお嬢様」
そう言って抱き合う二人は、月が輝く夜に一枚の絵のように美しかった。




