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第二十話 種明かしのお話

俺はそろそろ話し合いが終わるころだと思い、校長室から少し離れたところで隠れるように待った。

すると、マルクとその父親らしき人物が出てくるのを確認した。

マルクは遠くからでもわかるくらい蒼白で、それとは対照的に目が赤く腫れていた。

また頬にうっすら手の跡が残っているのが滑稽だ。

父親らしきらしき人物は、よほど頭にきているのだろう。マルクの襟首をつかみ、しきりに何かを言い聞かすとうなだれるマルクを連れて行ってしまった。


まあ十中八九、停学もしくは、それに準ずるものだろう。

退学は流石に侯爵家のメンツもある。

だが今の姿を見ていれば、そこまでは行かなくとも十分な効果を得る事が出来たようだ。


その後、俺はフランソワとアロワが保護者と思しき男性を連れて校長室から出てくるところを遠くから確認する。

フランソワが変にイライラした表情をしている点から察するに、俺の思い通りに事が進んだのだろう。


保護者の男性は、対応から察するにフランソワの父親のようだ。

父親らしき人物はアロワとも数回会話を交わした後、二人と別の方向に歩いて行った。

見送るアロワの顔は若干曇っているのが少し妙である。


とりあえず心配事が一つ減ったので立ち去ろうとすると、後ろから

「見つけましたわ!」

と甲高い声をあげフランソワがこちらに歩いてきた。

「待ちなさい! よくも私に恥をかかしてくれましたわね!」

その言葉に俺は心底驚いた。

ん?

恥とは?

上手く交渉出来たんじゃないのか?

俺は振り向き、お嬢様に詰め寄る。

「フランソワ様、恥とはどういう事ですか?」

その言葉にアロワが笑いをこらえながら俺に説明してくれた。

「お嬢様はな、お前が言っていた通りに事が運んでいるのが気に入らないのさ。ですよねお嬢様?」


その言葉にしきりに頷くフランソワ。

「全くですわ! 私が不当に評価されるなどありえません! さあ話しなさい! どうしてこう事がポンポン運んだのです?

そ! れ! に! お父様が本日、学院に来ているなど聞いていませんでしたわ!教えないとある事ない事言いふらしますわよ」

その言葉に俺は小さく笑うと、

「此処じゃなんですから話しやすい所に移動しましょうか」

と二人を促した。


俺はクーノが待っている自室に戻ってくるとテーブルに二人を座らせた。

「クーノお茶頼む」

「はーい」

とクーノにお茶を頼み、俺は気になる結果を聞いてみる。

「とりあえず、結果だけお聞きしますね。どうだったんですか」

そう言うとお嬢様はしぶしぶ話してくれた。

結果として、

・マルクの再犯の防止の制約。

・今回の騒動の謝罪をマルク自身が被害にあった女性全員に手紙を送りしっかりと謝罪するという事。

・今回アロワに対して行った行為の謝罪をその場でマルク自身にさせた事。

・それとは別にデリオット家は飢饉の援助として追加の融資をアルバホーン家に無償で提供し、その代わり今回の件に関してアルバホーン家は口外しない事。

が決まったそうだ。


そしてマルク自身も、

・半年以上の停学

また映像に映っていた仲間たちにも

・3カ月の停学

が言い渡されるそうだ。


その答えに俺は満足そうに頷いた。

「なるほど、それで聞きたい事とは?」

「決まっていますわ! 

・デリオット家との今回の交渉を私が直接行うという前提条件

・公の場でのマルクの謝罪のみという要求。

・要求以上の条件をデリオット家が提示してきた場合は、その方向で話をまとめる事。

これだけでどうしてこんなにも多く相手から引き出せたのか聞きたいのです!」

そうフランソワは怒ったように問い詰めた。


まあそうなるか…

俺はゆっくりと目をつぶって深呼吸をすると、今回の騒動の仕掛けを教えた。

「まず、俺には目標がありました。

1つクーノに対する嫌がらせを今後止めさせる事。

2つは先輩に対するしっかりとした謝罪。

3つ再犯の防止。

4つ出来るなら他の被害にあった女生徒への謝罪。


この4つです。


ここで相手からどう条件を引き出すかですが、それにはまずデリオット家の生い立ち…つまりどうしてこんなにも力を増し、原因であるマルクがわがままになったのか、がカギになります。

デリオット家は先々代まで領地は広いが貧乏、つまりフランソワ様のアルバホーン家と大差がなかった。」

その言葉にフランソワがピクッと眉毛を動かすが俺は気にせずに続ける。


「そこから、先代が当主の座についた時から改革が始まります。まずは農業改革、を行い。さらに同じ頃、鉄の鉱脈が見つかった事も幸いしたのでしょう。デリオット家は少しずつですが豊かになって行きました。

それを幼くして見ていた当代の当主であるバート卿も改革を引き継ぎ、順調に利益を上げます。そして晩年、マルクが誕生します。」


そこまで言ったところでフランソワがしびれを切らした。

「もう! だからなんなんですの?そんな事でしたら私も知っておりますわ!貴族の有名な逸話として語り草になるくらいなのに! それが今回の事とどんな関係になるというのです?私には全く分かりませんわ」

確かに無駄だと思うよな…


俺はもっとも、と言う顔をしながらも丁寧に説明する。

「フランソワ様…人ってのは、育った環境が良いか悪いかでその人が決まると言ってもいい。人を知るにはまずその人が過去どんな環境に居たか理解する事が必要なんです。

話を戻します…バート卿はマルクが晩年に生まれた事もあり、かわいがりました。

だがそれが仇となった。

マルクは周囲に甘やかされて育ち、周りの使用人や貴族までも彼におべっかを使った。

その事が彼の心を我慢があまりできない、わがままな性格にした

これが今回の事件の原因です。


そこを鑑みて、今回の計画…絵図を立てました。

まずは雰囲気です。

彼の周りは常に彼中心に物事が動いていた。

その中で事を起こそうとすれば、必ず妨害にあうし、他の被害者も事を起こしにくい。

だから、まず決闘と言う俺と彼が一対一で戦える舞台を整えた。

まあそこで入った妨害工作については、俺がダートという事で舐められていたんでしょう、剣だけに細工がしてある程度でした。

ここで俺は奴をぼこぼこにして勝利し、皆にマルクの力は絶対でない事を印象付ける事が出来ました。

また、クーノに手を出さないという制約を公式で取り付ける事に成功しました。

これが第一段階」


と説明したところでクーノが紅茶を持ってきた。

「アルさん考えすぎです。私全然気が付きませんでした」

…まあそうでしょうよ。普段から感情で行動しまくってるし。

と若干失礼な事を考えつつ俺は話を進める。


「次に証拠…誰が見ても言い逃れ出来ない証拠を集めて、彼を審議の場に立たせる事が目的です。

彼は高慢な性格のため、溜まったイライラを何処かにぶつけたいはず、しかも本来なら犯される予定のクーノがダメになってしまった。

我慢が苦手なマルクは必ず誰かで憂さを晴らすはずです。

そこで、一番の弱みを握り、かつ最も犯しがいがある人物…先輩が候補に挙がるわけです。

そこで俺は最初から先輩のみを絞りずっと見張っていました。

予想通りマルクは動いてくれましたよ。

病院での制限のかかった生活も幸いしたのでしょう。

失礼ながら犯行時の映像を取る事が出来ました。

正直、この後で先輩に映像の使用を断られていたらどうしようかと思ってたところです。

これが第二段階」


そう言って俺はアロワの方を向いた。

「まあ、良いじゃないか。ここで私はしっかりと了承したんだから…」

そうアロワは寂しく笑いながら呟いた。

「納得いきませんわ! なぜ私にも許可をもらわないのです!」

フランソワが一人憤慨していたが俺は気にせず話を続けた。


「最後に交渉、両家の親を絡めた審議の場を設ける事です。

ここまでにかかった時間が、約一日とちょっとです。

こんなにも早くに行うのには訳があります。

壊した雰囲気とマルクの取り巻きたちの存在です。

ここでそれらを放置すると再びマルクの良いように話が進む可能性があった。

実際にクーノをマルク自身の手から守っても、取り巻きたちに襲わせようとすれば出来るわけですから、早い事に越したことはない訳です。


ですが、両家の親は領地に住んでいる事もあり、普段こちらに来る事はありません。

仮にすぐに呼んだとしても、移動に何日か掛かってしまいます。


そこで、俺はコリン婆さんに頼んで、別の要件で親たちを呼んでもらいました。

「両家の特産物を学院で売りたい。

ついでに子供の様子も見れる事だしこちらで交渉しないか…」

とでも言って婆さんは両家を呼びだしたのでしょう。


勿論、形としてはコリン婆さんの用事で来てもらい、その時にたまたま校長から子供の事で相談がある。

という流れを仕立て上げました。


学院長先生には前日の夜遅くに先輩に頼んで、被害の実情、映像全て提出し、審議の場を作ってもらった。

舞台も整ったわけです。

ここからはお嬢様に頼んだ一つ目「デリオット家との今回の交渉をフランソワ様が直接行うという前提条件」が効いてきます。

これはお嬢様以外の人物の不用意な発言で交渉が変な方向に行くのを防ぐためです。


そして、マルクの父…バート卿は貴族でありますが、常に商人たちと仕事をしているため交渉に長けていると考えられます。

不用意な事を言えばあっという間に相手のペースになってしまう可能性がありました。

そこで三つ目「要求以上の条件をデリオット家が提示してきた場合は、その方向で話をまとめる事」をお願いしたんです。

まあ、お嬢様とは事前に打ち合わせをしていたとはいえ十分な結果だと思いますよ」

俺の予想外の言葉に若干頬を染めるフランソワ。

「当然ですわ、これくらい出来なければ当主候補として失格です!」


俺は

「それでもです」

と笑いかける。

…まあ状況事自体も幸いしたのだろう。

今回の場合、圧倒的にこちらが有利な状況である。

相手が何か高圧的な態度をとれば、それだけ相手が不利になってしまうのだ。


「次にお嬢様に言った二つ目、「公の場でのマルクの謝罪のみ求めるという要求」これは今回の場合、デリオット家にとって、とても辛いんです。

今回、デリオット家と交渉…つまり商売をしたアルバホーン家から、「息子が勝手に俺のおかげだと言って体を要求した」なんて事が広まれば、致命的です。

周りの取引相手は皆、次に被害にあう可能性があるのは自分の娘と考えます。

しかも自分たちには利益は何も無い…マルクが勝手に言っただけですから。


そうなれば、商人、貴族たちはデリオット家との商売から手を引く方向に動くでしょう。たぶん、この事が公になってしばらくは、誰もそんなことは言いません。

今はデリオット家の力が強いですから…ですが3年後…5年後…その間に別の取引相手を見つけ、少しずつデリオット家との契約数を減少させる。そんな方向に動くはずです。


当主のバート卿はその光景が目に浮かんだはずです。

商売で重要なのは、信頼です。

それが崩れた相手からは、いくら条件が良くても人は離れて行くものですから。

だからデリオット家は「マルクが勝手に口添えし、体を要求した」という事実の流失、だけは回避しようと必要以上の好条件にする。

そう考えました。

今回の場合は、アルバホーン家への融資…いや口止め料ですね。

他にも被害者全員への謝罪の文を書くことで収束させようとしたのでしょう」


そう言いきった時、俺は疑問に残っていた事を呟いた。

「結果は、ほぼ予想通りですね。ただ「被害者全員への謝罪の文を書くこと」が意外でした。まさかマルクが他の件も認めるとは…」

と俺が呟くと二人が意外そうな顔をした。

「なにをおっしゃっているんですの?審議の時に学院長先生がおっしゃっていましたわ。

「決闘が終わった後あたりから、マルクに不当な扱いを受けているという女生徒からの手紙が大量に来た」と、あれもあなたが他の女生徒に手をまわしていたのではなくて?」


ん…そこまでの効果ってあったか?

しばらく考え、俺は想い当る節を見つけた。

…なるほど。

「まあ。…ただ密告しやすい状況にしてあっただけですから。

マルクがダートに負けてマルクの権威もマルクに対する恐れも失墜させ、今まで黙っていた人が喋りやすい雰囲気を作る。

ただこれも問題があります。

いくら喋りやすい状況と言っても期間が一日だけというのは正直無理だと考えていました。実際はそれ以上にマルクに皆憤っていたってことでしょうね」

と俺は今回の計画の全容を話し終えた。


聞いていた皆の口からため息が漏れる。

表情からしてアロワとクーノは納得してくれたようだが、唯一フランソワだけが不満気味なようだ。

「からくりはわかりましたわ。でもまだ不満です! 人に踊らされるというのはあまり気持ちが良いものではないですわね」

その言葉に俺は苦笑いを浮かべる。

まあそうだろう。今回はたまたま上手く行ったから良いモノの、本来ならこのように上手く行く事は稀なのだ。

環境、状況全てが上手くかみ合った結果なのだろう。


しばらく不満を呟いていたフランソワだが、すぐにこちらに向き直ると深々と頭を下げた。

「ですが勉強になりましたわ、ありがとう。今回、私の力だけではどうしようもありませんでした。改めてお礼を言いますわ」

その言葉にアロワとクーノも頭を下げる。

「私からも礼をいう。アルスありがとう」

「アルさんありがとうです」

そう口ぐち言ってくる女性たちに対して俺は照れ臭そうに

「おう」

と呟くのだった。



―――――――――――


「それではそろそろ私たちはお暇させていただきますわ。クーノ今度は私たちの部屋に遊びに来てね。今度治癒魔法について教えて差し上げますわ」

フランソワの提案にアロワも感心したように頷く。

「それは良い考えですね。クーノ、お嬢様は治癒魔法が得意だから教えてもらうと良い」

「はい!よろしくお願いしますフラン!」

「フフ…楽しみだですわ。あなたも何か困った事があったら何時でも良いに来なさい。今回のお礼分くらいは協力して差し上げますわ」

と、若干高圧的な態度で俺に話すフランソワ。

クーノと違いすぎだろ…

「はい、ではその時はお願いしますよ」

と女子寮の前で簡単なあいさつを交わす。

種明かしをした後二人を寮まで送る事になったのだ。


クーノなんてこの短時間でフランソワと仲良くなったようで、もうため口を聞いている。

しかもフランソワの治癒魔法に大層な興味を持ったようで今度教えてもらう約束まで取り付けている。

そんな社交性がちょっとうらやましい。

…今回は好都合だけどね。

「そうだ!クーノ、せっかくだから先輩たちの部屋が何処にあるか教えてもらえよ」

俺の突然の提案に若干驚くクーノ。

「え!?でも…」

「先輩良いですよね?俺ちょっとフランソワ様に2年の必須学科についてちょっと聞きたい事があるんだ。なに、立ち話程度だから大丈夫」

そう言ってフランソワの方を振り返る。

「ええ、構いませんわアロワ、クーノを案内してあげて」

流石貴族、突然の要望にも余裕の対応で応えてくれた。

「ああ…クーノこっちだ案内するよ」

「はーい。楽しみです」

そう言ってアロワとクーノは女子寮に入って行く。


「全く、不自然すぎてものも言えませんわ」

と後ろから若干不機嫌そうなフランソワが呟く。

「すみません。何しろこうしないと僕とフランソワ様が二人きりで話す機会がありませんから」

と、すまなそうに返事を返した。




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