第十九話 お嬢様襲来のお話
コンコン…
何時までそうしていたのだろうか…
ふと寮のドアがノックされている事に気づいた。
「はーい今出ます!」
俺は慌てて返事をし、アロワの肩を軽くたたいた。
「すまないアルス。私も何時までも泣いてしまって…全く情けないな」
「いえ、とりあえず誰か来たみたいなのでちょっと出てきますよ」
と言って立ち上がろうとすると、俺のさらに外側から、俺とアロワを抱きしめているクーノが邪魔で立ち上がれないことに気付いた。
「こらクーノ何時までひっついてる気だ?」
「…」
「おい」
「ぐー…」
…寝てやがる。
とりあえず、軽く小突く程度にしておいてやる。
ゴツッ
「痛っ、痛いですよアルさん」
「寝てる奴に言われたくないな。とりあえず離れろ」
「…はーい」
そう言って名残惜しそうに離れていくクーノ。
ようやく解放された俺は急いでドアに向かった。
そしてドア前に立つと平常心を保ちつつ声をかけた。
「どちら様ですか?」
マルクの事もある。
念のため聞いておいて損はない。
「私、フランソワ・フォン・アルバホーンですわ。こちらに私の従者であるアロワ・ウィシュタットがいると聞いてきたのですけれど」
ん、いくらなんでも来るの早くないか?
そこで俺は、男子寮までのやり取りを思い出した。
ああ、裸で連れ帰ったのがもう広まっているのか…
だとすると…やはりコリン婆さんの見立ては正しかったな。
「…今開けます」
そうって俺はドアを開け、フランソワを招き入れる。
彼女は見た目、輝くような金髪をカールさせた本当にお嬢様という言葉が似合う少女だった。
彼女は最初、不機嫌な様子で恐る恐る入ってきたがアロワを見つけると、一目散にアロワに駆け寄り抱きついた。
「ああ、アロワどこに行っていたの?クラスメイトから貴方が裸で男子生徒に抱えられて男性寮に入って行ったと聞いたときはもう心臓が飛び出るかと思いましたわ」
フランソワの言葉に、俺は心当たりがありすぎて内心笑ってしまった。
…ゴタゴタがありすぎて遠い昔の事のようだ。
アロワを確保したことで安心したのだろう、フランソハはキッと、俺を睨みつけた。
「全く何のつもりか知りませんが、私のアロワをこんな屑と一緒にしておけませんわ!
そこのあなた! 貴方もです!このようなダートと一緒の部屋で何をしているかわかりませんが早く出ていくことに越したことはありませんわ! ささ私たちと一緒に、此処から脱出するのです!」
とフランソワはクーノを指差し、熱く語り出した。
おおう、まあダートだけど…
「あ、アルさんはダートじゃないです! それに此処には私も一緒に住んでます!」
しかし、クーノも負けじと変なことを言い始めた。
…ああ、ややこしくなりそう。
「まあ! 貴方、そこのダートにどんな弱みを握られているのですか?ほらアロワ!貴方も何か言っておやりなさい!」
思わぬ反撃を受けたフランソワは助けを求めアロワに泣きつく。
「…お嬢様、失礼ながら状況が見えてないのはお嬢様の方ではないかと」
と真剣な顔で呟くアロワ。
ああ、お嬢様の前だと、そんなしゃべり方がデフォなのね。
アロワの思わぬ発言に心底驚いた顔をするフランソワ。
「アロワ、あなた…以前から何処かに出かけているようだから心配していましたが…やはりその心配は的中しましたわ! 貴方達一体何を企んでいるんですの? ほらそこのダート!貴方もこのわからず屋たちに言ってあげなさい!」
フランソワが家臣にも否定され唯一残った俺に助けを求めてきた。
…お嬢様もわけわかんねえよ。
ともかく俺は落ち着くよう皆に言い聞かせ、その場を収めたのだった。
――――――――――――――
「ごめんなさいアロワ…私こんなことになっていたなんて…それなのに私と来たらあなたを変に疑ったりして貴方の主失格ですわ…」
「いえ、今回私が勝手に動き、失態をさらした事…お嬢様には何の不備もございません。むしろ私がここまで事態を悪化させた原因。責任は如何様にでも取るつもりです」
そうお互いを慰め合う主と僕。
あのゴタゴタの後、混乱しているお嬢様に俺の方から説明しようとすると、意外なことにアロワの方から進んで事態の説明役を買って出た。
そのおかげもあって主であるフランソワは割と落ち着いて聞いていたが、アロワがどんな目にあっていたか、また実際の映像を見せると涙を流しアロワに許しを請うた。
「とりあえず、お涙頂戴は済んだか?」
とりあえず、抱き合って涙を流している二人に言ってみる。
じゃないと話が進まないのだ。
「ああ、私から話す事は全て話した。後はお前の策を聞くまでだ」
しかし、そこでお嬢様が遮るように俺を指差し発言した。
「その前に! 私から一言貴方に謝りたいですわ。貴方の事、変に疑ったりしてごめんなさい。そしてアロワをありがとう」
そう言って深々と頭を下げるフランソワ。
その謝罪に俺は何でもない事のように答えた。
「よしてくださいよ…まだ、マルクの奴を嵌めてない。奴を倒せる手段は整ったとはいえ状況は何一つ変わっていないんです。謝罪は受け取っておきますが、気を抜くのはまだ早いと思いますよ」
「もちろんですわ。あの外道! 同じ侯爵家として、風上にも置けない外道ですわ。貴方に何か策が御有りの様ですけど、そんなの不要ですわ。これはきっちり私から抗議しなくてはいけませんわね」
その答えに気合十分のフランソワ。
よほど頭にきているのだろう。
しかし、その答えに俺は冷やかな笑いしか出なかった。
「おいおい、どうする気ですか?まさかマルクに直接、抗議しに行くとでも?」
「その通りですわ! その上で正式に謝罪を…」
その言葉に俺は遮るように答えた。
「フランソワ様…そんなことをしても向こうは謝罪一つで本当に済ませますよ。しかも今度の事はアロワだけじゃない、過去に既に被害にあった女生徒が数多くいる。だが証拠はアロワの分しかない。アロワの件は立証できても他は無視されますよ。それでもいいんですか?」
と俺は想像できる事を告げる。
まあ、全て償わせるというのは俺でも難しいだろう。
だが、謝罪一つと言うのはあまりにもあっけなさすぎる。
あっけなさすぎるおまけに、マルクは今回の教訓として周りの口止めに念入りになるだろう。
そうなれば今回の様に上手く奴を嵌める状況と証拠を用意できるとは到底思えない。
何が何でも一度で奴をたたきつぶす必要があるのだ。
そんな俺の冷静な突っ込みに一瞬詰まるフランソワ。
「うっ! で、ですが、どうするというのです?本人に謝らせる以外に何か策でもあるんですの?」
俺は、その返答に待ってましたと答える。
「まあ、ただ謝らせるというのもなんですから…ちょっと話を広げるだけです。ですがこの案は先輩…アロワ様にも苦痛を強いるものです」
その答えに、アロワが頷く。
「大丈夫だ。先ほども言ったが既に覚悟は出来ている」
その答えに俺は頷き、策を話すのだった。




