第十六話 後始末のお話
(あ、アルさん、なんでこんなところに隠れてるん(しーっ!!静かに!))
俺たちは今学園内の人気のない校舎裏に来ている。
俺の目線の先には、先日コリン婆さんの店に来ていた女学生アロワがいる。
ひどくイライラしながら人を待っているようだ。
(…でもどうしてアルさんは映像水晶なんて持ってるんですか? それってすごく高くて貴族でもそんなに持ってる人いないのに…)
(まあな。コリン婆さんに融通してもらった。後でわかるさ)
ちなみに映像水晶とは簡単に行ってしまうと、録画出来る機械の水晶版である。
しかも録音もできる優れ物だ。
とても高価で職人さんに一点物で頼むしかないという最高級の魔道具である。
アロワが居るあたりが全て写るにはここだな…
俺は向こうから分かり難いが、こちらからはバッチリ見える場所に水晶をセットする。
…指が思うように動かない。
まあしょうがないか…
やはり手を犠牲にしたのは、ちょっとやりすぎだったかも知れない。
そして再びクーノのいる物陰に戻ると、真剣な顔でクーノに告げる。
(クーノいいか?これから何が起きても絶対に止めに入るなよ)
(何がですか?)
クーノは何が起きるのか見当がつかないのだろう。
アイツが俺との試合に負け、イライラした気持ちを誰かにぶつけるのを…
それもボロボロに負けたであろう今日。
必ず憂さを晴らしに誰かを生贄にするはずだ。
相手を予想するのも簡単だった。
奴の被害者リストを見た時、その中で最もいじめがいのある奴。
必死に抵抗して抵抗して、今だ抵抗し続けている奴だ。
それがあの子、コリン婆さんの店で今だにマイルーラを買い続けている少女アロワ・ウィシュタットである。
もともと騎士の家系であるウィシュタット家はある貴族に代々使えているそうで、その血を継いだアロワも侯爵家であるアルバホーン家に仕えている。
それだけなら同じ侯爵家に仕える彼女はマルクの毒牙にはかからないだろう。
しかしアルバホーン家の財政が裕福とは言えず、重ねて領地内で飢饉が発生してしまったことから不幸が始まる。
マルクは入学当初から、フランソワに付きまとっていた。
その飢饉のときも体を差し出せば融資すると勝手に豪語していたらしい。
実際はそんなことは不可能なのにだ。
子供の戯言で全て決まるほど世の中は甘くはないのだ。
しかし、タイミング悪く、両家の親同士で勝手に融資が決まってしまった。
するとマルクは、フランソワに手を出す事はせず、いつも小煩くマルクを侮辱していたお付きのアロワに目を付けたのだ。
正直着眼点は悪くない。
フランソワを襲おうものならその話はすぐに両親の元に届き、たちまち悪事は暴かれてしまうだろう。
しかしお付きのアロワなら…事情を詳しく知らない本人にちょっと囁けばいいのだ。
お前が犠牲になれば、全て丸く収まるぞ…と
フランソワもアロワもかなりの美人だ。
奴の毒牙にどちらか一人かかれば、残りの一人は助かる…
こうしてマルクは状況のみを利用して、アロワを手に入れたのだ。
(あ! アルさん!マルクが来ました。なんか他にも3人くらい人連れてますよ)
(よし、来たか…願わくば良い絵が撮れると良いんだが…)
――――――――――――
「クソ! 糞野郎! 俺の獲物を捕りやがった俺に! 侯爵家に! たてつきやがって…」
「まあ、落ち着いてくださいよマルクさん、どうせそんなもの一時的でしょ。マルクさんの力をもってすればすぐに消し去れますって」
マルクはいきり立っていた。
今まで誰一人自分に意見を言ってきた奴などいないのだ。
ましてや腹に蹴りを喰らった事など、模擬試合ですらない。
とてもではないが、許容など出来るはずもなかった。
その気持ちを察するかのように取り巻きの一人がまくしたてる。
「大丈夫ですよ。所詮はダート、屑ですから。俺たちが手を下したとしても疑う奴はいません。一週間くらい大人しくして、その後合法的に奴を消してしまえば万事問題ありませんよ」
その言葉にマルクは我慢が出来ないようで、発言した取り巻きの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
「それだよ! 俺が! この俺様が!どうしてそんなダートのために一週間も待たなきゃいけない?今日は本当ならクーノを犯してボロボロの顔を楽しむために退院してきたのに! あの泣きそうな面、想像しただけでも犯しがいあるってのに! よりにもよって屑のお古になってやがった! 何のために2週間も我慢したんだ?ああ?糞が!」
「まあまあ、その分も含めて健気なアロワちゃんに憂さをはらしてもらえばいいじゃないですか」
取り巻きたちも怒り狂うマルクをなだめるのに必死だ。
何といっても彼らの家が属する派閥はデリオット家が中心なのだ。
彼らの親も子供に絶対に機嫌を損ねるなときつく言い含めている。
彼らは子供ながら理解しているのだ。盾突いて傷つくより、跪いて甘い汁を吸った方が良いと。
「ふん負け犬風情が! 聞いたぞ!人を集めた挙句、ダートに負けたそうじゃないか?今の気持ちはどうだ?」
マルクを見つけたアロワは早速挑発にかかる。
「ほう…誰のおかげでお前の主、ひいてはお前の家が平穏を保っていられる?俺の口利きで飢饉の融資を得た癖にそのような態度とは!別にいいのだぞ?フランソワはさぞいい声で鳴いてくれそうだ。アハハハハ!」
しかし、急所を心得ているのだろう、マルクは余裕の笑みで返して見せる。
「やめろ!フランソワ様は関係ない!」
「ああそうだ。俺とお前の問題で、お前が体を差し出せば済む事だ…なあ?」
マルクはそう言うと、アロワの服を掴んだ。
「ひぃ!」
小さくアロワから声が漏れる。
彼女も本当は怖くて怖くて仕方ないのだ。
その声を聞いたマルクは満足そうに嗤う。
「おい!お前らっ!こいつをひん剥け!」
その言葉と同時に男たちが一斉に群がった。
――――――――――――
(あ、アルさん! 助けましょうよ!このままじゃあ、アロワさんが!アロワさんが!)
(ダメだ…)
今にも飛びだしそうなクーノに俺は静かに制した。
(なんでですか!? 私のときだって助けてくれたじゃないですか?)
なおも食い下がってくるクーノ。
俺は冷静にしっかりと刻みつけるようにクーノに告げる。
いや…告げなければいけない。
(ダメだ…! 俺は最初言ったはずだ。
「今までお前が才能が高い事で見逃されていた汚れた部分を見ることになるぞ」とそれがコレだ。
この凌辱は本来ならお前が受けるはずだったモノ。
それを俺が何とした。
だから今アロワはお前の代わりに受けている。
いいか?よく覚えておくんだ。
いじめは元を正さなきゃ終わりじゃない。
根元を…マルクを完璧に潰さなければずっと続くんだ。
だから俺は…あの女を生贄にした。
俺はこうも言ったはずだ。
「俺は一度敵と認識したらとことんやるタイプなんだ。特にいじめはな。どんな卑怯な手でも使うつもりだ」と、俺は此処で撮れた映像を使ってマルクを嵌める。
きっちりしっかり奴を潰すつもりだ。
俺の言葉の意味、その重みを…意味を本当に理解していたか?)
(…)
俺の言葉にクーノは何も言えない。
クーノの目から涙があふれていた、彼女は考えてもみなかったのだろう。
加害者を倒す…それだけで済むならヒーローだけで良い。
だが本来は被害者がいて、協力している周りがいて、様々な人がいる。
その環境が、原因が、全てが要因となって起こるのだ。
(うう…ごめんなさい…私…全く分かってなかった…)
その事実を知り、彼女から嗚咽が漏れた。
(いいさ。お前が悪いんじゃない。それに俺はアロワも救うって婆さんと約束しちまったからな。お前もあの子を助けるために協力してくれるか?)
(はい…します。絶対します。だから…早く終わってほしい…こんな悲鳴のような声、聞きたくない…)
(ああ…)
無言で頭を撫でてやる。
俺たちがこうして話している間にも、アロワは服を破かれ、穴と言う穴を犯されている。
そして男たちの笑い声と彼女の悲鳴が相反するように、夜の校舎にこだましていた。
「おい!もう良い。気も晴れた、帰るぞ!」
「「「うっす!」」」
「…」
男たちが去った後、そこには体液まみれの女の子だけが残った。
俺たちは映像水晶を回収すると物陰から出た。
「クーノお前は部屋に戻って風呂を沸かしてきてくれ」
「はい!でも…アルさんその手じゃ…運ぶなら私が…」
クーノの心配そうな声に、俺は何でもない事のように返す。
「なに腕は無傷だからな。女の子一人担げないようじゃ男失格だ。それにお前に頼んでもいいけど状況を説明できるか?」
「…出来ないです」
だろうな…だから聞いたんだ。
「だからアロワを俺の部屋に連れていくから、お前にはアロワを洗ってやってほしい。女のお前なら彼女を任せられるからな、しっかり準備しておいてくれよ。大事な役目だからな」
大事な役目という言葉に反応するクーノ。
「! わかりました。でも気を付けてくださいよ」
「任せろ。お前も気を付けておけ。マルクはお前に手を出せないと言っても取り巻きに効果はないんだからな」
「わかってますよう」
そう言って駆けだすクーノの後姿を見送ると俺は倒れている女の子に近づいて行った。
彼女は疲れ切ったように倒れていた。
俺が近づいても首一つ動かそうとしない。
「なんだ…まだいたのか屑どもめ…」
こんな姿になっても彼女は抵抗を続けていた。
ああ…何が「願わくば良い絵が撮れると良いんだが」だ。
俺はこの惨劇が始まる前の自分を叱ってやりたい…
「いえ、俺いや、私はアルス・フォン・ランダルといいます」
俺の言葉に一瞬ビクッと体を硬直させるが、その後は何でもないかのように続けた。
「!そうか…礼を言うぞアルス。あの糞野郎の鼻をよくぞ明かしてくれた…こんな姿で申し訳ないが、どうかそっとしておいてくれないか?…大丈夫。しばらくしたら私も此処を去る。情けは無用さ…」
「…」
今さら生贄としてしまったことの罪悪感と、自分の力の無さに泣きそうになるのをこらえ俺は彼女に上着をかけた。
「えっ!?」
突然の事に混乱するアロワ。
そんな彼女を抱き抱える。
彼女は思ったよりもずっと軽かった、華奢という言葉がしっくりとくる軽さだ。
「何言ってるんですか?ほっとけるわけないじゃないですか! ほら行きますよ。こちとら、こんなことは二度と起こさせないために来たんだ!しっかり掴まっててくださいね」
とりあえず混乱している彼女に、俺は言いたい事を全部言った。
どうやら自分の予想以上に見えない何かが溜まっていたらしい。
「え!? ち、ちょっと!?」
戸惑うアロワに構うことなく、俺は彼女を拉致した。




