第十三話 決戦前夜のお話
ヒソヒソ…
学校に着いた俺たちは早速、好奇の目にさらされていた。
当然と言えば当然だろう…薄汚いダートと学院の人気者がご執心の女生徒が仲良く登校してくるのだ。
誰だって面白がるに違いない。
「あ、アルさん…なんかみんな見てますよう」
ぎゅっ
みんなの視線が怖いのかクーノが俺の腕にしがみついて来る。
…全くそれがみんなの視線を余計に集めているのにおめでたい奴だな。
怯えるクーノに何でもない事のように告げる。
「良いかクーノ前にも言ったが雑音だ。気にするな。そんなことよりさっさと教室行くぞ」
「は、はい」
としがみつくクーノをそのままに教室に向かった。
とりあえず自分の机に座る。
周りはヒソヒソとくだらないおしゃべりを続けていたが別に気にしない。
そんな環境は前世で既に体験済みだ。
さてと一時間目は…
ズズズ…
と考えていると横にいたクーノが机をぴったりとくっつけてきた。
「クーノどうした?」
クーノに小声で聞いてみると泣きそうな顔でこちらにしがみついてきた。
「どうしたって…アルさん! みんなの視線が怖いんですよう!なんでみんな私たちのことこんなに見るんですか?昨日はそんなことなかったのに…」
人見知りするクーノにとってはまさに針の筵なのだろう。
まあそりゃ昨日はみんな驚いてるだけだったからな。
昨日の今日で噂が噂を呼んでこんな状態なのだろう。
「これじゃあ私一人で学院内を歩けないですよう」
と変に勘違いしているクーノに一言言っておこうと、
「いやお前が一人で…」
と言いかけた時、教室のドアから威勢のいい声が聞こえた。
「ちょっとそこのあなた!」
とこちらにやって来るのは、確かいつも姦しく教室で騒いでいる女生徒3人組だ。
確かマルクのおっかけ…だったはず。
とりあえず、試し声をかけてみる。
「何か用?」
しかし彼女たちは俺を汚いものを見るかのように一瞥するとクーノを目の敵のごとく睨みつけた。
「クーノさん!あなたマルク様のお誘いをいつも断っている癖にそんな薄汚いダートなんかと一緒にいるなんて!!そこのダートは貴方にお似合いですが、お声をかけているマルク様に申し訳ないと思わないの?あのお方は今療養中と言うのにいい気なものね!」
とクーノを罵倒し始めた。
この女生徒、確か名前は…忘れた。
だがそこそこの家柄のはずだ。
まあ、貧乏貴族であるクーノに憧れの先輩を取られご立腹ってとこか。
まあ顔はそこそこだがクーノと比べるとあまりタイプではないのだろう。
「えっと…あの…」
とモジモジするだけのクーノ。
俺の時と比べて、喋れなさすぎだろおい。
とりあえず助け舟でも出してやるか…
チョンチョン…
「あ、アルさん?え?」
ゴニョ…ゴニョ…
クーノにちょっとした事を耳打ちしてみる。
俺が何言おうがどうせスルーされるなら代わりにクーノに言ってもらおう。
「あ、あの私なんかより貴方の方がお似合いですから…お見舞いにでも行ってあげたらいかがですか…」
「え!? わ、私が!? お、お見舞いなんていけたら苦労しないわよ! フン!もう良いわ。みなさん行きましょう」
いつもしゃべらないクーノの提案に調子が狂ったのか…顔を赤くしてさっさと行ってしまった。
なるほど…煽てて行動させようと思ったけど、そういうタイプなのか…
「あ、アルさん。これで良かったんですか?」
とクーノ心配そうに聞いて来る。
「ああ、あれで良い。あの手のタイプはな。他人の抜け駆けは許さないが自分から動くのは怖いそんな奴だ。だから常に外野にいて文句しか飛ばしてこない。あれこそ真の雑音だよ」
本当に好きなら、本当に心配ならお見舞いに行くなり行動すればいいのだ。
だが行動せず一丁前に声だけは大きい、ただそれだけ。
そんな人間は一歩が踏み出せない。
皆が踏み出して、踏み荒らされた後を歩くしかないのだ。
そんな彼女…いや彼女たちの後姿を見つめつつ俺は教科書を取り出すのだった。
―――――――――
授業も何事もなく終わり、俺たちは早速コリン婆さんの元を訪ねていた。
「邪魔するよ」
「こんにちは」
コリン婆さんは昨日と全く同じ場所に座っていた。
コリン婆さんはこちらに気づくと
「ふん、やっと来たかい。小僧それに譲ちゃんも、ほれ例のものだよ」
とカウンターの上に数枚の羊皮紙を並べた。
俺は内心驚きながらコリン婆さんに呟いた。
「羊皮紙とはずいぶん豪勢だね」
この時代羊皮紙は貴重だ。
普通に考えて、ガキ相手に高級紙を使って報告書を出す奴は気違いだと思われるだろう。
俺の一言にコリン婆さんは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ふん、わかってないね。情報は正確に、きちんと残すもんだよ小僧。特に仕事として相手に渡すものはしっかりした形にする事さね。それだけで信用される。信用は金じゃ買えない。こういった小さい事の積み重ねなんだよ」
流石、長年情報屋と道具屋を経営しながら各方面で活躍しているだけのことはある。
「たしかに、失礼しました」
と一礼し、早速クーノと一緒に中身を読ませてもらう。
…
へぇ…
「こんなに…ひどい…」
俺の内心と同様にクーノも驚いているのだろう。
報告書の中身は被害にあった女生徒の情報だった。
ざっと見ても20人は下らない数の生徒がそこには記されていた。
「あの糞餓鬼…これほどの数の女生徒をはめていたとは…つくづく救いようがないな」
俺の言葉にコリン婆さんも頷いている。
「全くだよ。まあ、小僧に糞餓鬼なんて言われる奴が居るとは思わなかったけどね。確かにこいつは相当怨みを買ってるね。今まで呪い殺されなかったのが不思議なくらいだね」
被害にあった人数を確認しながら俺は冷静に奴を嵌める計画を考える。
…思ったよりも計画が進めやすそうだ。
「…ばあさん、用意してほしい物がある」
報告書を一通り見終わると俺は決心したかのようにコリン婆さんに告げた。
「ふん、なにか性懲りもない考えでも思いついたかね、まあいいさ。今回は小僧に協力してやるとそこの譲ちゃんとも約束したしね」
「ありがとうございます。コリンお婆さん」
クーノの言葉に婆さんも若干うれしそうだ。
「ふん、あんたたちにはこの件が終わったらしっかり働いてもらうからね。そのためには後腐れなくやってもらわにゃ、なんだかんだ心残りができると満足に働けないだろ?」
失礼、ただの口の減らない婆さんだった。
そんな婆さんに俺は新たなお願いをしてみた。
「そう思うんならついでに、こいつらも集めてくれ。後はこちらでなんとか動いてみる。ありがとうコリン婆さん」
と、必要な登場人物を紙に書くとコリン婆さんに渡した。
すると、中身を見た婆さんが鋭い目つきで呟いた。
「おやまあ…小僧、追加注文それもこれだけの大物を集めろとは…馬鹿も休み休み言いな!!…と言いたい所だが良いだろう。どうせ、糞餓鬼の怪我が完治した1日後だろう? あんたの絵図だとそれくらいに集めないと効果がないからね」
俺の考えを察したのか日程まで当てて見せるコリン婆さん。
「流石、コリン婆さん。これだけの情報でもう俺が何しようとしてるかわかったのか」
「別になんとなくさね。ただ約束はわかってるね。必ず二人を救ってやるんだよ」
その婆さんの問いに俺は真剣な顔で頷いた。
そう、彼女たちを救わなければ俺の一人遊びで終わってしまう。
そんなことは許されない。
絶対に。
そしてそんなことを俺も、協力してくれたコリン婆さんも望んでいないのだ。
「必要なものは明後日には届けてやる。そこからは自分でなんとかしな」
「勿論だ」
俺はそうつぶやくとクーノを連れて店を出たのだった。
―――――――――
その後、決行の日の前日まで俺とクーノは何事もないかのように普通の生活を続けた。
家事等を教えて驚く事それは、クーノの才能の高さだ。
2日目にはすでにほとんどの家事や掃除をマスターしてしまった。
まあ、まだこれは納得が出来る範囲だ。
むしろ好都合と言ってもいい。
しかし、朝の鍛練…
これが辛かった。
一週間はどうにか粘ったがそれを過ぎると、もう俺の癖を覚えたのか、俺はクーノに惨敗し続けた。
この事実は、前世の知識だけでは限界があることを俺に教えてくれていた。
何か必要なのだ。
クーノや他の貴族たちを圧倒する何か。
それを見つけなければ、俺は滅ぶと。
そのためにも学園に居続ける必要がある。
笑顔でガッツポーズを決めるクーノに苦笑しながら俺はそう思うのだ。
そして、あの糞餓鬼が復帰する前日。
俺たちはいつものように食事をしていた。
今日は俺が教えた、シチューの食材に東洋で使われている調味料を使用した肉じゃがだ。
「あふさん、こへほいひいへふ(アルさん、これおいしいです)」
と初めて作った肉じゃがを口いっぱいに頬張るクーノ。
「わかった、まずは口の中の物をなくしてから喋ろ。行儀が悪いぞ」
「ほい(はい)」
「…なあクーノ」
と俺は改まってクーノにずっと聞きたかった事を聞いてみることにした。
「んく。なんですか?」
「お前はさ。あいつのマルク・フォン・デリオットの苦しむ顔ってみたいか?」
俺の質問にクーノは何でもない事のように言った。
「なんですか?そんなの別にいいですよ。見たくありません。私にちょっかいさえ掛けてこなければそんなことはどうでもいいですよ。そんなことより私は…その、今の生活が楽しいです。アルさんと一緒に入れて、ええと…幸せです」
と顔を赤らめながら俺に告げてくれるクーノに対し
「な、なんだよ。褒めても何も出ないぞ! 」
と言って頭を撫でてやる。
「えへへ」
照れ笑いするクーノを見ながら俺は思うのだ。
こいつは本当に純粋だと。
俺とは出来も違えば魂も違う、真に気高い者であると。
「じゃあもう寝るか」
「はい」
ギュ…
布団の中で、いつも俺に触れる程度に寄って来るクーノが今日に限ってしっかりと手まで握り締めるのはなぜだろう。
「アルさん…」
「なんだ?」
「この、今度のことが終わってもずっと此処に居てもいいですよね? これで終わりなんて言わないですよね? そんなの嫌ですよ?」
何を心配してるのやら…
こいつなりに俺の心情を心配しているのだろうが余計な御世話だ。
そう心配そうな声を上げるクーノに大して俺は何でもない事のように答えた。
「当たり前だろ。まだお前には家事や掃除を教え込んだだけなんだ。教えただけでトンズラされちゃこっちが困るぞ」
「えへへ、そうですよね」
「そうだ。これが終わったらバリバリ働いてもらうからな。だから明日に備えてもう寝るぞ」
「はい」
こうして、決戦前夜の夜は静かい過ぎていくのだった。




