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第十二話 初めての試合のお話

朝、いつもの時間に目が覚める。

周りはまだ暗く、部屋もシーンと静まっている。

さて、いつもの!?


俺はベッドを抜け出そうとして違和感に気付いた。

俺の左側の手足をクーノががっちりと掴んでいるのだ。

く、くそっ

引っ張って抜こうとしてもビクともしない。

だんだんイライラしてきた。

とりあえず引っ叩いてでも起こして…

「お母様…」

と突然そんな寝言が聞こえてきた。


その寝言はイライラしていた俺の頭を、急速に冷えさせていく。

そういえば、こいつはなんだかんだ12歳なのだ。

俺のように前世の知識があるわけでもなく、たった一人でこの学院という牢獄に居続けている。

普段の行動からは深刻さを感じないが、クーノが相当疲労している事がやっとわかった。


俺は今さらそんなことを自覚されられた事実と、さっきまで自分勝手にイライラしていた事に恥ずかしさを覚えながらそっとクーノを起こす。

「クーノ…起きろ…」

「ん…もうちょっと…」

そう言ってさらに強く腕を絡めてくる。

ちょっと悪い気もするけど強く言わないと、こりゃ無限ループになるな。

「…ほら! 起きろ!」

そう思って若干強めに言ってみる。

「んにゃっは、はい! おはようございます」

と勢いよく起き上って…


ゴチン!!


お互いに頭をぶつけあった。

ああ、朝から優しくしようと思った矢先にこれだよ。

しかも本人痛そうにしてないし。

「っ~、さっさと起きろクーノ! これから朝の鍛錬行くぞ!」

「え? で、でも昨日は別に参加しなくても良いって…」

「なし! その話は無しだ! お前は少なくとも朝のうちに俺を一回以上弄んでいる。そんな奴に情けは無用だ。さっさと着替えて練習用の剣もって外行くぞ!」

「え? 弄ぶって何の話ですか?わかりませんよう」

と突然の事に戸惑うクーノを無視して、さっさと支度を始めるのだった。


とりあえず、俺がいつも使っている寮近くの森で鍛練を始める。

「そういえば、アルさんは普段どんな鍛練してるんですか?」

とクーノが聞いてきた。

そっかこいつの家、武門で有名な所だったっけ。

「とりあえず、瞑想から入るな。その後はウォーミングアップも兼ねて体を動かす。その後は剣を使った練習だな。だいたいこれがいつも俺がやってるメニューだ。」

「へぇー、結構しっかりしたメニューなんですね」

とクーノが笑顔で返してくる。


…こいつに言われるとなんか腹立つな。

「とりあえず、お前も自分の練習法があると思うし、ウォーミングアップまでは各自でやってその後は試合と行こうじゃないか」

とクーノを挑発するように言ってみる。

「フッフッフ!任せてください。こう見えても武門で有名な家ですから、後で負けても知りませんよ」

はい、こいつ絶対泣かす。

「良いだろう。まあお互い頑張ろうぜ」

そう言って、俺はいつもの瞑想から入った。


「それじゃあ、ルール確認な。相手の持ってる武器を飛ばすか、先に「まいった」と言わせた方の勝ちな」

と勝敗の確認を行う。

「はい、大丈夫です」

「それでは始めよう。お互い、剣を構えたら試合開始だ」

「はい!」

クーノの声を聞き、お互いが剣を構える。


…ダッ!!

試合早々、クーノが全力でこちらに向かってきた。

そのまま俺に袈裟がけに切りつける。

俺はそれを横に受け流し、そのままクーノに向かって突きを放つ。

しかし、クーノは受け流されて崩れた体制を立て直し、俺の突きを弾く。

「虎爪斬撃! 」

そのまま弾かれた俺に向かってスキル<虎爪斬撃>を放つ。

俺は防御することは不可能と判断し、後ろに飛ぶ。


俺の居た場所に虎の爪で引っ掻いたような傷痕ができていた。

「アルさん、なかなかやりますね。でも私のスキルに対して向かってこない時点で私のスキルに打ち勝てるスキルを持ってないと判断しました。私の勝ちですね」

と自慢げに告げるクーノ。

気分はもう勝者だろう。

「ふふ、一度の打ち合いで決めるのはどうかな? まあいいさ。かかって来い」

俺は突身つきみと呼ばれる左手を刀身に添え中腰になる構えをとり、臨戦態勢を作った。

「望むところです」


ダッ!!


「虎爪斬撃!」

そう言って、またしてもこちらに<虎爪斬撃>を放つ。

「甘い!」

俺は大きく踏み込み、クーノの剣が振り下ろす前に左手を軸にして打ち払う。

クーノの体制が崩れた所を狙って、一気にクーノの手首に突きを放った。

「あっ!」

そのまま剣を取り落してしまうクーノ。

こうして俺の勝利で試合は終わったのだった。


「アルさん! もう一回! もう一回勝負しましょうよ?」

クーノがすぐに再戦の申し出をしてきた。

相当悔しいのだろう。

「何言ってんだ。もう勝負はついただろ?」

対して俺は、さっさと切り上げることにする。

「あんなの納得いきません。なんでスキルを一回も使わないんですか?」

「決まってる。俺はスキルを一つも覚えてないからな。使わないんじゃなく使えないんだ」

そう、俺はスキルについて一つも覚えていない。

確かに先ほどクーノが使った<虎爪斬撃>も特定の練習を行い続ければ、何回目かで覚えられるはずだ。

しかしそれをするくらいなら、俺は魔法や型の練習をする。


俺は才能が少ない分、無駄と判断したものについては極力やらないようにしようと決めているのだ。

「え!? じゃあいつもどうやって試合してるんですか?」

もっともな意見だ。

だけどそんなことはわかりきっている。

「簡単だ、誰も俺とやりたがらないからな。先生も俺は無視して授業を進めてた。それだけさ」

「あ、すいません」

今さら「しまった」という顔つきになるクーノに、俺は何でもない事のように話す。

「謝るな。別に俺は気にしてないぞ。勝敗はスキルの使用と全く関係ない所で行われるからな。むしろ無理してスキルを使ってる奴を見ると可哀想になってくるほどだ」


この世界、スキル使用の有無はルールに全く抵触しない。

だが皆、周りがスキルを使っているから、かっこいいからという理由でスキルを覚え無理に試合中に使用したりしている。

実際に一般の冒険者がダンジョンや対人戦でどうスキルを使用しているのかは疑問だが少なくとも貴族の決闘等ではスキルは華麗に相手を屠るために使われる。


勿論実際に役立つものも多いが、使えるものは習得方法も厳しい条件が多く、才能の低い俺では届かないと判断したのだ。

「はい、わかりました…」

「だから、気にすんなってほら行くぞ」

変に落ち込んでいるクーノを慰めつつ、俺たちは早朝の鍛練を終え寮に戻った。


「ほらクーノ! いつまで落ち込んでんだ?」

「…何でもないです」

寮に戻り、いまだに落ち込んでいるクーノに声をかけた。

「そんなに落ち込んでるなら、朝食も食べる元気ないよな」

「!? あります! ありますよう!」

クーノはしょぼくれていた事などすっかり忘れたかのように、元気に声をあげた。


大変正直でよろしい。

とりあえず、窯に火を入れて、昨日の残りのシチューとカラント入りのパン生地を焼いていく。

そこでふとある事を思い出した。

「クーノ、昨日浸け置きしておいた俺たちの服、さっさと洗っちまうぞ。」

「あ!そうでした」

まったく、浸け置きのおかげでえらい目に会ったのだ。

さっさと洗ってしまう方がいい。


洗濯用の薬草に付けておいた服を水で流し、汚れた部分を手で擦っていく。

「ほれ、クーノお前もやってみろ」

「へぇーこうやって洗っていたんですね。アルさん、なんだかメイドみたいです」

感心した声とともに余計なひと言を呟くクーノ。

「…本来お前がやる約束なんだけどね」

「あはは、そうでした」

こいつ、また約束忘れてたな。

ともかくクーノの慣れない手つきを注視しながら、俺も洗濯ものを洗っていく。

「アルさん、手が冷たいです」

と時々手に息を吹きかけて何とか寒さをこらえるクーノ。

「我慢しろ、ここを乗り切れば温かいシチューが待ってる」

「はい!頑張ります!」

と朝食の事を思い出したのか元気に返事をするクーノ。


確かに手洗いは辛い、だが家にいた時に比べれば何倍かマシなのだ。

家ではこの学院の様の学生寮の様に各部屋に水道設備と言うのは完備されていない。

つまり毎朝井戸まで水を汲み、洗い場まで水を運んでから洗わなければいけない。

朝練の合間に手伝おうとしてメイさんに断られてたっけ。

そう思い出しながら俺とクーノは黙々と洗濯作業を続けた。


手がすっかり悴んでしまった俺たちは窯の火で手を温めた後、料理をそれぞれの皿に盛っていく。


朝の朝食は、昨日の残りのシチューと準備しておいたカラントの実が入ったパンだ。

「さて、今日は昨日の通り、放課後にコリン婆さんの所に行く。そこで手に入れた情報を元に今後のプランを立てるからな」

「はい」

と朝食の最中、今日の予定を告げる。

とにかく、問題は山のようにあるが一つ一つ解決していくしかない。

俺は気を取り直しクーノと共に、朝飯に喰らいついた。



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