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第十話 メイドデビューのお話

すみません。

加筆し忘れた部分がありましたので修正しました。


道具屋を後にした俺たちは、商店区画内を無言で散策していた。

「アルさん…」

とクーノが心配そうな声で話しかけてきた。

「なんだよ?お前また変な心配してんな?気にすんなってんだろ?ほれ行くぞ!今日はお前の馬鹿力について徹底的にやるからな! 覚悟しとけよ」

ぐりぐり

とクーノの頭を強引に撫でる。

「うぁっ…ハイ! 望むところです!」

子供のようにビクつくが最後はうれしそうな顔をするクーノ。

…全く、人の事より自分の心配をしろってんだ。

だが、人の気持ちを労わる事が出来るのがこいつの利点だ。

そんな奴が一方的にひどい目にあうのだけは絶対に間違っているし、やめさせなければいけない。

そう思い、俺は改めて気持ちを切り替えた。


店を出てしばらく歩いたところで俺は晩飯の食材を何も買っていない事を思い出した。

今日の飯はクーノの訓練も兼ねて、シチューでも作るかね。

「クーノちょっと寄り道だ。買いたいものがある」

「わかりました。けど、何買うんですか?」

不思議そうに首をかしげるクーノに俺は説明した。

「今晩の晩飯の材料買うんだよ。昨日で残りは全部使い切ったからな」

「そうなんですか?全然わからなかったです」

その当然ともいえる応えに若干の苛立ちを覚えた。

そうだよね。

風呂入ってたもんね。

「わかってる。教えてやるから、まずは買い物だ」

とりあえず、材料をそろえるため俺たちは八百屋に向かった。


そこは一見すると倉庫のような外観の建物で、個人経営の店が立ち並ぶ中に一店舗異様な佇まいをしている。

だが、中に足を踏み入れてみると、一般的な個人経営の店とは比べ物にならないくらいの種類の野菜たちが並び店員も多く、忙しそうに接客をこなしていた。

しかし、学院内にあるというのにそのとても広い店内には学生の姿はあまり見えない。

居るのは教員や用務員などの学院に勤めている大人ばかりだ。

まあ、学生で自炊する奴はいるには居るが大抵は長く続かないので、ある意味当然と言える風景だ。


「うわー、たくさんありますね」

商品が陳列してある棚を見渡したクーノからそんな感想が聞こえる。

「当たり前だろ?此処は商店区画内でも最大級の八百屋だ。学院で働いている人間がどれだけいると思う?常時滞在している人間で5000人以上は居るらしいからな。その人口に対応すると、これくらい一度に仕入れないとダメなんだろ」


「すごいですアルさん。私何も知りませんでした。」

と感心したようにつぶやくクーノ。

その声に適当に返事をしておく。

それよりも今日のお目当ての品を探さないといけないのだ。

「まあそんなもんだろ。普通知らねえよ、こんな情報…でだ、やっと見つけた」

店内を探し回って、ようやくお目当ての野菜であるスクワッシュを探し当てる。

スクワッシュは元の世界のかぼちゃみたいな野菜だ。

違いはその種が身の中に一つだけしか入ってない事。

それ以外はかぼちゃと何ら違いはない、とても栄養価が高く長期保存でき、まさに一人暮らしにはもってこいの野菜だ。


「今日はスクワッシュのシチューにしよう思ってね、ほれ見てろ」

とスクワッシュの実を持ち上げる。

「この実、他の実と違って表面がつるつるしてるだろ?あと花尻と軸が大きくてプックリしてる。おいしい実の証拠だ。触って確かめてみな」

そういってスクワッシュの実をクーノに渡わたす。

「馬鹿力で割るなよ。」

一応忠告しておく。

「わかってますよ…確かにつるつるしてます。軸も大きいですね。へえ…こんな方法で見分けてるんですね」

と感心したように声を上げる。


まあ貴族ってこういう家事を使用人に任せるからな。

それにしても、こいつ自覚あるのかなぁ…

使用人みたいな事やってもらうつもりだから教えてるんだけど。

ひょっとして忘れてたりすんのか?


「クーノ…一つ聞いていいか?とりあえず、俺との約束覚えてるよな?」

感心してばかりのクーノに念のため聞いてみる。

こいつの場合たぶん感心するだけで終わるかもしれない。

きっちり覚えてもらわなくてはいけないのだ。

「なにがですか?」

俺の心配通りに無邪気な返事を返すクーノ。

案の定だよ。

あー頭痛くなってきた。


「だから、お前が料理の支度や掃除やるって約束。覚えてるよな?」

「えっと…はい勿論ですよ」

此処にきてようやく思い出したか…まったく。

「なら既に、この会話がお前に買い物をやってほしくて聞かせているのは理解できるよな」

「ハッ!? と、ッ当然ですよ。あ、あははは」

まったく指摘されてから気づくとはこの鈍感娘め!!


「…すいません。全く気付きませんでした」

ショボーンとうなだれるクーノ。

その姿は子犬が元気をなくした絵の様ですごい保護欲をかきたてられる。

大抵の人ならたぶん笑って許してしまうだろう。

だが俺はそんなことは気にせずに、言わなければいけない事をクーノに伝える。

「まあ、しょうがない。初めてだしな。だけど気づいたなら、俺がお前に何をさせたいのかを自分で考えろ。いいか。何に対してもただ聞き流すだけじゃなく自分の中に吸収していくんだ。それがやがてお前の血肉になりお前を救う」

「はい、ぜ、善処します」

俺の真剣な言葉に今さら気付いたのか、慌てて返事をする。

その後は考えを改めたのか、買う野菜の説明を真剣な面持ちで聞いていた。

まあ、買い物の方は今後に期待だな。

徐々に教えていけば、どうにかなるレベルだろ。


そう思い他の食材を見て回っていると

「あー!こりゃ珍しい!いつもお子様ランチ頼んでくれるお嬢ちゃんじゃないかい!」

「おばさーん。こんにちはー」

「…こんにちは」

食堂でお世話になったおばちゃんが店員をしていた。


おばちゃんに見つかって数十分おばちゃんとクーノは延々と立ち話をしている。

俺は早くもグロッキー状態だった。

「えーそうなんですかー」

とおばさんの愚痴に対し元気に返事を返すクーノ。

「そうなんだよ全く!うちのダンナったら全く寝相が悪くってやんなっちまうよ。 お嬢ちゃんも彼氏の寝相には気を付けるんだよって、何言ってんだかあたしはアハハハハハハ!!」

「か!かかか、彼氏だなんて…あ、アハハ!」

突然の彼氏というセリフに赤くなるクーノ、しかし笑ってごまかすことにしたようだ。

…というかそこは否定してほしい。

「…あははソーデスネ。僕も気をつけます」

楽しそうに話す二人に対し、俺の愛想笑いは限界だった。

しかし、ここで救いの手、いや声が聞こえる。

「おーい誰か品出し手伝ってくれー」

と遠くから男性の声が聞こえた。

その声にいち早く反応するおばさん。

「あら?ごめんなさい旦那が呼んでるみたいだからもう行くわね。クーノちゃん今度来たら何かサービスしてあげるからね。お料理上手くなっときなさい! 男なんて胃袋さえしっかり押さえておけば絶対に逃げないから。じゃあ頑張るんだよー」

「はーい」

おばさんの元気な声に笑顔満点で応えるクーノ。

…変な誤解を与えたままでいいのかよ

「…夫婦共働きか、でもなんで俺たちをカップルと勘違いしたんだろう?」

と俺の疑問に

「まあ良いじゃないですか早く行きましょう!」

と何故か機嫌が好さそうに会計場所に向かうクーノ。

まあ、俺の予想では俺とクーノでは好きな性格も違うだろうしそうなる事はないと思うが…

とそんなことを思いつつ俺たちは会計を終え、店を出た。


外に出ると、あたりはすっかり夕焼けで赤く染まっていた。

次は、あそこだな。

「買い物を終わらせて悪いが、クーノもう一軒だ。」

「えっ?まだどこか行くところがあるんですか?」

「ああ、あれがないとまともに料理すらできないんだ。行くぞ」

特に今のクーノには必要なものになるだろう。

「は、はい。あ! アルさんちょっと待ってください、その荷物私が持ちます」

と俺の荷物をかっさらっていく。

「おいおい…わかった無理はするなよ」

「はい! こう見えて力はあるんです。こんなの朝飯前ですよ」

…そう言えば力持ちだったね。

気を取り直して俺は一路、ある場所を目指し歩き始めた。


シュー…

濛々とした蒸気と、熱した鉄のにおいがあたり一面に漂っている。

その中でも特に蒸気が漂う中にその男がいた。

「失礼します」

「おっ! やっと来たな。アル」

振り向いて名前を呼んだ男に俺は深々と頭を下げた。

「トール先生、今回はこちらの無理な頼みを聞いてくださって、ありがとうございます」

「なーに、俺とお前の仲だろ?気にすんな! 俺の悪い癖さ。毎日放課後にお前の練習風景を見たらなんか肩入れしたくなっちまった、それだけさ!」


トール・ヘパイストス…

俺がいつも放課後に魔法を練習している練習場の管理人で鍛冶科の教員でもある。

大柄な体格とは違い性格は穏やかで、生徒にも慕われている先生だ。

俺が在籍している魔法戦士育成学科にも武器の手入れの指導に来てくれている。

今日の午後の授業がたまたま先生の授業だったため、昼のうちに軽いお願いをしていたのだ。


「いえ、ダートに肩入れしてくれる時点で相当優しいですよ」

と俺は感謝の言葉を伝える。

正直今回のお願いは断られる事が前提での話だったので非常にうれしいのだ。

「おいおい褒めても何も出ねーぞ。ほれ、例の品だとっとけ、元々廃材を利用してっから金はいらねーよ」

と先生から金属の板を受け取る。

「おお! こんなにしっかり仕上げてるれるなんて!、本当にありがとうございます」

と俺は改めてお礼をする。

受け取った板は角の部分が綺麗に研磨され見事に安全に配慮がなされていた。

しかも、鉄板の表面などは俺の顔がうっすらと反射するくらい磨かれていた。

だれが見てもしっかりとした仕事だ。

これが何より重要なのだ。


安心して帰ろうとすると、トール先生から聞き捨てならない一言を頂いた。

「ところでアル。後ろのお譲ちゃんは今日の授業でラブラブだったクーノでいいのか」

「な、なに言ってんすか!? 彼女とは何もないですよ、な!クーノ」

と俺は、否定してもらおうとクーノに振ってしまった。

そう、振ってしまったのだ。

彼女が口下手だということを忘れて。


「そっそそそそうですよよ、私とアルさんは一緒に住んでるだけの関係です」

うぉい!クーノさん!

それじゃあ同棲宣言ですよ。

それに、そんなに顔を赤くして、そんな不味い単語を言ったら…

「せ、先生「なあ…アル」」

俺が言い訳を言おうとするとトール先生に遮られた。

先生…なんか変なオーラ出てるんですけど…

怖いんですけど…


「お前その年でもう女に手を出すとはちょっと早すぎんじゃねえか?ああん?しかもよぉ、おめえ女性に荷物持たせるたぁどういう了見だぁ?ん~?」

ガシッ!!

いきなり肩を組まれた。

「先生…肩に回した方の手で俺の肩を掴まないでください、すごく…痛いです」

俺が悪いんじゃないぞ、あいつが自分から持つって言ったんだ。

これは断じて俺の責任ではない…はずなのに。

なぜ痛い目を見なければならないんだ?

り、理不尽すぎる。


そして俺の目をしっかりと見た。

その瞳はいつもの陽気な先生ではなく何時になく真剣な表情をしたトール・ヘパイストスがそこにいた。

「いいかアル、お前…自分を慕ってくれる女を絶対泣かせんじゃねえぞ! いいな?」

先生はそう囁くと、俺を解放し穏やかな顔で、

「じゃあな。一つ貸しだからなアル。何れ返してもらうからな。覚えておけよ」

そう言って先ほどの真剣な顔が嘘のように陽気な声で、俺たちを送り出してくれた。


――――――――――――――――――――


寮に帰って来た俺は早速クーノに料理を教え込むことにした。

「さてクーノ、さっそく料理をしてもらう」

「はい、まず何から始めればいいでしょうか?」

「まあ待て、料理は慣れてない人間がやると結構汚れるもんだ。そこでこれだ」

クーノにエプロンを渡す。

「あ、これメイドさんが付けてる奴ですよね」

「そう、エプロンって言うんだ。まずはこれを付けてもらう」

「でもどうやってつけるんですか?」

そっか、着方知らないんだっけ。


「ちょっと待ってろ。クーノ! 此処に立っててくれ」

「はい」

そういうとエプロンを広げて、クーノに被せる。

「いいか、これをこう肩にかけて」

「んっ」

「そしたら後ろの紐をキュッと締める」

ギュッ

「あっ」

「ほら、出来たぞ。おーい聞いてるかぁー」

…何でこいつ赤くなってんの?

「は、はい。次は何を…」

まあいいや。

次行こう! 次! 


「うん、とりあえず野菜を切ってくれ。だが、ただ切るだけじゃない。この鉄の板の上にまな板を置いておくから、まな板を切らずに野菜だけ切る。それが今夜の課題だ。」

と先ほど、トール先生から頂いた鉄の板の上にまな板を置いた。

こいつはただでさえ馬鹿力なのだ、鉄の板ぐらい用意しないと台所すら叩き切ってしまうだろう。


「はい、やってみます」

そういってクーノは片手で包丁を握ると躊躇なく野菜に振り下ろした。

ガキン!!

…そっか。

握り方や野菜を持つ手とか教えてなかった。

「えへへ、すいませんやっちゃいました」 

クーノがすまなそうに、こちらを振り向く。


「いや、いきなり切れと言った俺が悪かった、ちょっとそのままの姿勢で待ってろ」

そういうと俺はクーノの後ろに回り込む。

「ヒャ!!」

ビクッと硬直するクーノ。

そんなクーノに構わず俺は野菜を持つ方の手に手を被せて説明する。

「落ち付け、なにもしやしない。とりあえず野菜の持ち方はこういいか?」

「…ぁい」

さっきから何赤くなってんだよ。

まったく変なとこで初心なんだよな…こいつ。

「それで、包丁の持ち方がこう!いいか?」

そういうとクーノの包丁を持つ手に覆いかぶせるように手を置く。

「っ!」

「ほら、硬直するなよ。いいか?手を野菜に添えるだけにして、包丁を前に押しながら下に降ろすんだ。そうすれば別に力なんか入れなくても切れるからな」

スーっとスクワッシュの実の端が綺麗に切れていく。


「ほら、簡単だろ?っておーい聞いてるか?」

「…」

クーノは顔を真っ赤にしながら止まっている。

どうしよう、すっごくめんどい。

とりあえず、離れてみる。

そしてそこから一気に抱き締める。


ギュッ!


「!!!!」

全身硬直状態のクーノ。

その体はほっそりとしているが武門の家の娘だけあってしっかりと筋肉は付いていた。

とどめを刺すようにそっと、ほんのり赤くなっている首筋に顔を近づけた。

「いいか?一緒に暮らすって言うのはこういうこともあるからな、しっかり慣れておけよ」

そう耳元で呟いてから一気に離れると、クーノがへなへなと崩れ落ちた。

「うー、あ、アルさん。面白がってましたね」

抗議するクーノに俺は平然と答える。


「それ以外に何がある。教える側からしたら勝手に硬直してもらっちゃ困るんだよ。そんな暇があったら今日買ってきた食材を切る。ほれほれ、一つ一つやり方を説明してやるから、才能が高いお前がやれば、力の入れ方もすぐマスター出来るようになるさ」

そういってクーノを立たせると俺は別の食材の切り方を教え始めた。


一時間後

よし、大体は教えたな。

「よし、何か分からないことはあるか?」

「だ、大丈夫だと思います」

「じゃあ俺風呂入ってくるから、今の続きをしっかりやるように」

「わ、わかりましたぁ」

あのあと、俺が手を握ると硬直するクーノにいちいち注意しながら教えていたらすっかり遅くなってしまった。

今日は何が何でも、風呂に入るんだ。

絶対に誰が何と言おうと入ってやるぞ。


裸になり風呂に入ろうとしてふとある事を思い出す。

今日は土下座や火事場に行ったりして随分と行動したのだった。

服を見てみると案の定、埃と煤で服が汚れている。

「今回かなり汚したからな…せっかくだし浸け置きしておきますか」

そう思い、脱衣所にある大きな洗濯桶に洗濯用の薬と水を入れそこに制服を入れる。

一応親からの資金で服はある程度揃っている。

親も貴族なのでそこら辺の見栄と言うのがあるのだろう。

そう思いながら服を浸け、特に汚れがひどい部分には薬を直接塗り込んでいく。

浸け置き自体は簡単なもので俺は手早く済ませると浴室に向かった。


ふぁー…

生き返る。

体を洗い湯船に身を沈める。

意外にも風呂に浸かるという習慣がこの世界にもあったおかげで、俺は風呂に対しての不満をほとんど感じたことはない。

ただ一般的にはシャワーで体を洗い、体調がすぐれないときにだけ風呂に入るらしいけどね。

日本人なら湯船に入るのは基本でしょ。


トントン…

台所から響いてくる心地良いリズムに俺は耳を傾けつつ、大きく伸びをするのだった。


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