ここにある時間 ⓵
平和な回です。
昨日の襲われた疲れからか、今日は遅くまで寝てしまったようだ。窓からは、じりじり焼ける日光が部屋を差し温度を上げている。
時計は10時を差していた。
ジクジク痛む肩に顔が歪む。ゆっくりとベッドから這い出て、外に出る支度を始める。今日は、アイツとやりたい事がある。
家の下には畑が広がっている。おばあちゃんが、1人で植えたいものを自由に選んで育てている。夏の今は、きゅうりやトマト、ナスにピーマンと定番な野菜がすくすくと綺麗な実を実らせていた。
そんな一角。大きな葉に隠された、その大ぶりな緑の玉。
そう、スイカである。叩けば重い音を響かせたそれを、ハサミで切り離す。よく洗い、大きなクーラーボックスに氷を詰めた中にスイカを入れる。そうそう、ラムネも一緒に。
自転車の後ろにクーラーボックスをくくりつけ準備完了。
今日は気合を入れて、坂道を漕いでいく。早起きができればよかったのに。
肌が煙を出して焼けてしまいそうだと、顔を顰めているとやっとこさ祠の入り口に着いた。あとは残りの気力を振り絞りのみ。
「白綴〜〜、おーーい!こーんにちはーー」
『何だいその気の抜ける挨拶は』
白綴を呼びつけると、風のようにその身を運んで俺の隣に立った。
自転車から降り、2人でその坂を登る。白綴は自転車に括り付けたクーラーボックスを見つめていた。
『蛍、それは?』
「スイカ。さっき採ってきたんだ。お前と食べようと思って」
『へぇ、それは楽しみだな』
嬉しそうに白綴は笑った。
スイカ、持ってきてよかったなとその先を急いだ。
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やはり、スイカといばスイカ割りだろ。
ブルーシートを敷いた上にスイカを置く。
俺の行動に合点がいったのか、白綴は目を輝かせている。
その手には何処から調達した、棍棒が握られていた。
『これは毎年ここらの子がやっておる奴だな!』
細身の体に似合わない風切り音を響かせながら、フルスイングしている。一応神なんだな、そんな感想は飲み込んだ。
「そ、ならやり方はわかるよな。ほら、タオル巻くぞ」
そこの言葉に素直に腰をかがめる。後ろに回って目にタオルを巻いて、俺は距離をとった。白綴は棍棒を構えて指示を待っている。
「行くぞー!真っ直ぐに、あ、右に行って」
ふらふら、と節足ない足取りでスイカを狙う。
神様も、人間味があるもんだな。1人でくすりと笑うと、白綴がむくれたように抗議する。
『ちょっと、何笑ってるんだよ!おとと…、ねぇ!右?左?まだ??』
スイカまであとちょっと。だが、右に寄りすぎている。そこにスイカがあるのかと、すり足になる神に笑いが漏れた。
「はははっ!左に、そう!そのまま、真っ直ぐ!!」
今だ!!
その掛け声に、思いっきり棍棒を叩きつける。
バゴーーーーン!!!!!!!!
地面を叩き割るかの如く轟音。突風が、俺の体を持っていきそうになる。その威力に冷めた目で白綴を見れば、期待した表情で俺を見ていた。
『蛍!!見たか⁈命中だー!』
当の本人は、初めてのスイカ割りが成功したことに飛び跳ねて喜んでいる。だが、俺はその惨状に頭が痛んだ。
「………、スイカ、吹っ飛んだぞ」
『え、………』
果肉がそこらじゅうに飛び散り、無惨な姿になっていた。
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「加減、考えろよな…」
『すまない。年甲斐もなくはしゃいでしまって…』
体を縮めて落ち込んでいる神に代わって、なんとか食べられる箇所を集める。まぁ1/2は残っていて、2人で食べる分はある様だ。
「さ、食べよう。塩も持ってきたからさ」
鞄から塩を取り出して、スイカに振る。甘じょっぱい味がクセになるんだよな。
白綴は落ち込んだ体を引きずって、隣に座りスイカを受け取った。その上に塩を満遍なくかけてやる。上にかかる塩を不思議そうに見ていた。
「じゃあ、いただきまーす」
『いただきます』
しゃりしゃりと歯触りのいい感触を楽しむ。うむ、今年のスイカは出来がいい。汗を流した体に程よい塩分も染み渡り、思わずため息が溢れる。
「やっぱ美味いな、な?白綴。……白綴?」
返答がないとなりの男を見ると、無言でひたすらに頬張っていた。
時々、何を思うのか手を止めて、何事もなかったかのように食べ始める。
その姿を俺は気持ちよく見守る。こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
そんな神にもう一つプレゼントだ。クーラーボックスから、ラムネを取り出し、夢中で貪る白綴の首に当ててやる。
『うわっ!!!!冷たっ!!!!』
「これ、やるよ」
ガラスが光を集めて反射し、宴会場の屋根を照らす。
驚きつつも、その光景に目を奪われている白綴の目は丸くなっていた。いつの間にかスイカを食べ終えていて、皮の代わりにラムネを受け取る。
『これは、よくお祭りに来る子どもが飲んでいた奴だな』
「そうそう、こうやって、っ、ビー玉を押し込むと飲めるんだ」
力を込めて口に詰まるビー玉を押し込む。じゅわっ、と泡が溢れ、手を汚す。泡が引けたラムネに口をつければ、刺す様な炭酸と甘い砂糖の味が広がった。
白綴は見様見真似でビー玉を押し込む。力加減を待ち構えないように慎重にしていることが、力んだ表情から滲み出ている。
かこん、と軽い音がし、泡が吹き出る。彼の表情はぱっと花が咲くように明るくなり、それを口にした。初めてなのか、口に入れた瞬間、むせこんでいた。
『うわっ、すごい刺激だ。でも、甘くて美味しいな』
「夏と言ったらこれだよな」
ちびちびと、風に揺られながら空を見上げる。
どこまでも青く、遠くに入道雲が見えた。何も言わないまま、木々の騒めきを感じる。
そういえば、と横の男を見る。
この前、倒れていたが体は良いのだろうか。見た所、不調はなさそうだが。
「なぁ、身体の方はもう大丈夫なのか?」
その言葉に、ラムネを持ってが揺れる。
彼は薄い唇を緩く引き上げて穏やかに声を落とした。
『あぁ、大丈夫』
『……しぶとさだけはね、唯一の取り柄さ』
琥珀色の目が儚く光る。
心がざわつく俺を尻目に、彼は再びラムネに口をつけた。
そして、何かを思いついたように話題は変わる。
『そういえば、蛍はここに毎日来るけど。学校は?』
「夏休み中だ。そうじゃなきゃ来れない」
白綴は、もうそんな時期かと感慨深そうに呟く。
神の過ぎる時間は、人間に比べればとてもゆっくりだそうだ。
『夏休み、どこか行くの?』
「行かない」
『何故?友達と遊ばないの?』
「…」
なんと答えるべきか。素直に友達がいない、と話せればどんなに楽か。プライドが邪魔をして、その一言を言わせなかった。
何も答えない俺に、そっか、と一つ相槌をする。
『いくらでもここに来なさい。私は歓迎するよ』
「…嫌じゃないのか?」
その言葉に、大きく笑い出す。
むっとして隣を見れば、白綴は首を振った。
『嫌だったらとっくに追い出しているよ。私の神域に軽々と入ってこれる人の子なんて、君だけだよ』
『だから、好きなだけ来なさい』
心に日差しが入り込んだような気がした。氷を溶かしていくようなその一言に、動きが止まる。
(初めて歓迎された)
煙たがれているのが常だった。心から迎え入れてくれる時、なんて返したらいいのだろうか。
「……うん」
捻り出した答えは、ひどく簡素な物だった。
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「じゃあ、また明日」
自転車に飛び乗ろうとした時、白綴が止めた。なんだ、と思い振り返る。
『これ、今日のお礼』
「?これは、貝殻?」
袂から取り出されたのは、蛤の貝殻。表面は磨いたように白かった。不思議そうに見ていると、中身をぱかりと開けてみせた。
『中に塗り薬が入っているんだ。肩の傷、残らないと良いけど』
「…ありがとう」
『スイカとラムネのお礼だよ』
手のひらにころんと転がされた蛤は、見た目にそぐわず重量があった。壊さないように、そっと鞄に入れ込む。
「明日も、なんか持ってくる」
『楽しみにしているよ』
遊ぶ約束は、こんなにも胸を躍らせる物だったか。
高鳴る鼓動を隠すように、全力で坂を漕いだ。




