婚約者が王太子妃候補に手を出したので、全力で損切りしました【2000文字】
「何をしているのっ、イアン!」
婚約者のイアンが、他の女性とキスしているのを目撃した瞬間だった。
「あなた、自分が何をしているのかわかっているの!?」
私はツカツカと駆け寄って、イアンの腕を掴んだ。
「ちが、誤解なんだっアーシャ」
「何が誤解よ!申し訳ありません、公爵令嬢。我が婚約者が粗相を致しまして!」
「へ?」
「え?」
イアンと一緒にいた公爵令嬢は、目をパチパチさせた。
「こんなに位の高い方に何をしているの!?血迷ったの!?」
「いや、あの」
「しかも王太子婚約者候補の方じゃないっ、あなた首でも捥ぎ取られたいの!?」
「えっと」
「可愛らしい方だからって、レディを襲うなんて最低よっ!」
「ちがうっ、違うんだ!」
「本当に申し訳ありません、御令嬢。しっかり示談金は包ませますのでっ!」
「合意の上だったんだよっっ!!」
イアンが馬鹿デカい声で、私の謝罪を遮った。
ああ、本当に愚かな婚約者だわ…。
私はギロリと睨むと、イアンの耳元で叫んだ。
「あなた正気!?自分の立場がわかっているのっ?」
「…アーシャには本当にわる」
「男爵家次男が、公爵令嬢とどうにかできると思っているの!?」
「…いや」
「あなたはうちの婿に来るからギリギリ貴族を保てるような人なのよ!?」
「…はい」
「能力もイマイチ、軍人にも役人にもなれるのか怪しいあなたが、公爵令嬢と恋仲になるなんて馬鹿なの!?どうやって責任取ってこの方を幸せにする気なのよ!?」
「………え?」
イアンはポカーンと間抜けに口を開けている。
お隣の公爵令嬢も、ついていけていない様子で、目を見開くばかり。
「はあ!?なに、私とは結婚してこんな高貴な方を愛人にでもする気だっていうの!?」
「そんなことはっ」
「この方はあなたなんかが手の届く存在じゃないの!それでも手を出したのよ、あなた本当にわかっているの!?」
とにかく言葉で捲し立てて、イアンに詰め寄った。
頼りない顔のイアンと、パクパクと口だけ動かしている令嬢を見て、こっちが泣きそうになる。
もう、本当に、最後くらいしっかりしてよ…。
「うるさくてかなわん。声のボリュームを下げてくれ」
もう一回怒鳴ろうとした時、茂みの向こうから迷惑そうに人が出てきた。
見るからに魔術師さまで、私たちは一斉に頭を下げた。
ローブは国家機関魔術塔の制服であり、黒色は最高位魔術師のものだった。
「なんだ、妃教育がうまくいかなくて泣いていた候補者じゃないか。慰めてくれる男に乗り換えたのか?」
魔術師さまは不躾にそう言うと、ハンッと鼻で笑った。
すごい、魔術塔は偏屈の集まりって噂は本当みたいね…。
魔術塔は王族を支える要の一つであり、能力によっては貴族より上の立場の者もいる。
正直、下級貴族の私なんかがお目見えできる相手ではない。
「乗り換えたのではありません!私は、イアンが好きなんですっ…!」
「…ですってよ、イアン。あなたはどうするの?」
「…彼女と幸せになりたい」
「なりたいじゃなくて、幸せにするのよ!このお馬鹿!」
「アーシャ…」
「公爵令嬢。お古で申し訳ございませんがこの人差し上げますので、どうぞよろしくお願い致します」
「あの、私…」
「あらやだ、そんな顔なさらないで。そうですね、『ありがとう』の方が嬉しいですわ」
私が微笑むと、令嬢は泣きそうな顔で頭を下げた。
「ありがとうございます、アーシャ様」
「はあ、疲れたわ…」
「お前が望むなら、ヒキガエルぐらいにはしてやったぞ」
2人がいなくなった後、いつの間にか魔術師さまが隣に立っていた。
「そんなことで魔法を使わないでくださいまし。…せめて役に立つ馬とか」
「あの男が馬になったところで役に立つわけがない」
不遜な言い方だが、その通りだな…と思ってしまった。
「援護射撃ありがとうございました」
「騒音対処をしただけだ」
「ふふ、そうでしたか」
「あれでよかったのか?お前は最初からあの2人をくっつけようとしていたようだが?」
最初からって、ずっと見ていたんですか…?
「相手は王太子妃候補ですよ?ああでもしないと、我が家にまで被害が出ていましたよ。できる限りの損切りですわ」
そう言って肩を竦めて見せると、魔術師さまは愉快そうに笑い転げた。
「ぶはははっ、間違いない!頭の切れるいい女だな!」
「お褒めに預かり光栄です」
「悲しんでいるならハンカチの1枚くらい貸してやったのに」
「元婚約者があまりに愚かで涙が出そうでしたわ」
魔術師さまは、さらに息ができないほど笑っていた。
「アーシャと言ったか、気に入った。独り身になったのなら、俺と結婚するか?」
「へ?」
「あの男より有能で、あの男より身分も上だぞ」
「そりゃあそうでしょうねぇ…」
「お前くらい豪胆な女がいい。嫁いでくるなら、断っていた爵位をもらってもいいぞ」
魔術師さまはニカっと笑って、それがあまりにも少年のようで私も笑ってしまった。
「どうしましょう、イアンより玉の輿になってしまうわ」
「ぎゃはは、最高だな!」
了
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