未知との出会い
冒険は、いつも遠くから始まるとは限らない。
家の裏、町のはずれ、
「ここまでは大丈夫だろう」と思った、その一歩先に――
世界は、案外あっさり口を開けている。
これは、アルスベルが
初めて“人ではない何か”と出会った日の話だ。
町の外れまでなら、怒られない。
……たぶん。
アルスベルはそんな曖昧な自信を胸に、
いつもより少しだけ遠くまで歩いていた。
家々が途切れ、畑も終わり、
土の色が変わり始めるあたり。
そこから先が「森」だと、大人たちは言う。
「今日は、ここまで」
自分に言い聞かせるように呟きながら、
それでも足は止まらなかった。
森の手前の空気は、町と少し違う。
風が、妙に落ち着かない。
葉の揺れる音が、ささやき声みたいに聞こえる。
「……なんだ?」
アルスベルは、音のする方へ顔を向けた。
ひゅう、と短く風が鳴る。
次の瞬間、足元の土が、かすかに動いた気がした。
怖くなかった、と言えば嘘になる。
でもそれ以上に――面白そうだった。
「むし……?」
そう呟いてから、首を振る。
木の根元に近づくと、そこに“それ”はいた。
小さな、光の塊。
風に揺れるように、ふわふわと震えている。
よく見ると、木の根に絡まった古い縄に、動きを止められていた。
「……精霊?」
誰に教わったわけでもない。
ただ、絵本の物語で聞いたことがあるだけ。
でも、なぜかそう思った。
アルスベルはしゃがみ込み、精霊を覗き込む。
「いたい?」
答えはない。
けれど、精霊は小さく光を強め、風を震わせた。
「そっか」
それだけで、十分だった。
縄は古く、土に食い込んでいる。
引っ張ると、木の根まで動きそうだった。
アルスベルは手で土を掘り、
指が汚れるのも気にせず、縄を少しずつ緩めていく。
途中で、父の声が頭をよぎった。
――森にはおそろしい魔物がいる
最後の縄が外れた瞬間、
精霊はふわりと宙に浮いた。
一瞬、じっとアルスベルを見た――
そんな気がした。
「名前、ある?」
返事はない。
代わりに、柔らかな風が吹いた。
精霊は森の奥へと流れるように消えていく。
何も残さず、何も約束せず。
アルスベルはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
「……やっぱ、外はすごいな」
その日の夜、案の定、父に叱られた。
母にも心配された。
それでも、布団の中で目を閉じたアルスベルの胸は、
妙にあたたかかった。
町の外には、
まだ知らないことがある。
それを知ってしまった以上、
もう――戻れない気がしていた。
この章では、
アルスベルの「冒険の始まり」を
戦いではなく“出会い”として描きました。
精霊は、味方でも敵でもなく、
ただそこに生きている存在です。
アルスベルはまだ、それを理解できていません。
けれどこの出会いが、
彼の中に「世界は知らないことだらけだ」という感覚を残しました。




