魔法と剣
アルスベルが三歳になった頃。
夜になると、リシェルは暖炉のそばに息子を抱きかかえ、
膝の上で絵本を開いた。
「今日はね、 《星歩きの騎士レイヴァン》 のお話よ」
アルスベルは胸を弾ませながら、
まだうまく発音できない言葉で言う。
「レイヴァン、つよい!」
ページをめくるたび、鮮やかな絵が目に飛び込んでくる。
星の上を走る騎士、炎の魔物、空を裂く雷。
リシェルが読み進める声は柔らかく、
物語は部屋じゅうを満たしていく。
「騎士レイヴァンはね、どんなに暗い夜でも、
一歩を踏み出すことをやめなかったの」
幼いアルスベルは、息をのみながら
ページの向こうの世界に手を伸ばす。
母はその表情を見るのが好きだった。
物語を聞くたびに世界が広がる。
その光が、この子をどこへ導くのだろうと。
そして――物語が佳境に差し掛かった頃。
トン、トン、トン。
遠くから鉄を打つ音が聞こえてくる。
アルスベルの目がきらりと光る。
「とーちゃん、いく!」
物語を途中で切り上げることはリシェルも慣れっこだった。
この子の興味は、世界を縦横に走る。
それを無理に留めようとは思っていない。
***
鍛冶場の扉を開けると、熱気がふわっと外へこぼれ出た。
グランは汗を拭いながら鉄を打ち、
火花が舞うたび、アルスベルは嬉しそうに手を叩いた。
「やけどすんなよ」
と、短く言いながらも、
グランの口元がわずかに緩んでいる。
鉄塊が赤く染まり、
ハンマーが振り下ろされる瞬間――
アルスベルの目は絵本の時とは違う輝きを帯びた。
「とーちゃん、これ、なに?」
「鉄だ。戦の道具にも、守る道具にもなる」
グランは淡々と言う。
アルスベルにはまだその違いがわからない。
ただ、赤く光る鉄の塊が、
あの絵本の中の剣と同じ“なにか”に見えていた。
「いつか、お前にも教える。
だが覚えとけ――
剣は人を助けもするが、傷つけもする。
使うのは“覚悟”のある奴だけだ」
難しい言葉だったが、
炎の揺らめきと父の声だけは、しっかり胸に刻まれた。
アルスベルは鍛冶場の隅に座り、
グランの仕事を飽きずに見つめていた。
母の絵本と同じように、
この景色もまた“物語”のように広がっていた。
その日、アルスベルは眠る前にぽつりと呟いた。
「ぼく、つよくなる。レイヴァンみたいに」
その声はまだ小さかったが、
どこか確かな響きを帯びていた。




