アルスベル誕生
どんな英雄も、最初はただの子どもだった。
この章では、後に「白銀の英雄」と呼ばれるアルスベルが、どのような町で、どんな家族のもとに生まれたのかを描く。
華やかでも壮大でもない、けれど確かに息づく“はじまり”の物語だ。
――白歴五十七年。
十年以上続いた戦争が終わり、帝国の旗が焼けた城壁に掲げられた年。
世界は、ようやく静けさを取り戻した。
けれど、それは平和というには、あまりにも儚い静寂だった。
荒野にはまだ焦げた匂いが残り、
人々の心にも、恐れと空虚だけが根を張っていた。
その年の春、辺境の村ルヴェルで一人の子が産声を上げた。
小さな木の家。吹き抜ける風の音。
外では、遠くの山々にまだ雪が残っていた。
母の名はセリア。戦で兄を亡くし、それでも笑う強い女性だった。
父の名はグラン。かつては帝国軍の鍛冶師で、
今は戦を嫌い、村でひっそりと暮らしている。
その二人の間に生まれた子の名――アルスベル。
幼い彼の瞳は、まるで曇り空を映すように灰色だった。
けれど、その奥には小さな光が宿っていた。
それはまだ誰にも気づかれない、
“世界を変える”ほどの好奇心の光だった。
産声が収まると、
グランはそっと窓を開けた。春の風が、温もりと共に部屋を包む。
「……お前の時代は、穏やかであってほしい」
父は小さく呟いた。
しかし、風はその願いをどこか遠くへと運んでいった。
その風の向こうで、まだ終わらぬ戦の火種が、静かに燻っていることを、
誰も知らなかった。
この章では、「英雄アルスベル」という存在の最初の息吹を描いた。
何気ない家庭、普通の両親、穏やかな町。
物語の壮大さは、決して特別な出自から始まるとは限らない。
次の章では、幼いアルスベルが初めて“世界の広さ”を知る瞬間へ――。




