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第1話♣『瑞穂の茶屋と異界の客』

この日、俺はたった一時間だけ、異世界から来た冒険者をもてなした。


彼らが去った後、俺が手に入れたのは、謎めいた魔法がかけられたお面と、占い力のアップ、そして誰かに力を与える奇妙なバフ能力。


それは、かつて海嘯病に倒れ、全てを失いかけた茶屋の店主だった俺の人生が、少しずつだが確実に大きく動き出すきっかけとなった。


人間も天狗も鬼族も天女も獣人族も精霊も行き交う瑞穂の国、暦応27年。この街の大ノ須エリアは今日も賑やかだった。一年中、どこかしらで祭りが開かれ、通りにはホログラムの提灯が揺れる。活気と混沌が混じり合う場所だ。


コスプレはもはや日常の一部で、天狗の翼や鬼の角、狐の耳をつけた者たちが、ごく自然に最新のホログラム広告の下を歩いている。聖地巡礼の観光客も多く、彼らの求める聖地の奥には、太古の神々が鎮座する社がある。


鉄板焼バーカフェ「葦火」、その古びたカウンターに、磨き上げられた漆黒の盆が置かれていた。店主である俺、ミズホは、その上に乗せた焼きたての牛肉から立ち上る湯気を眺めていた。


5年前、海から現れた得体のしれない疫病、海嘯病に俺自身が床に伏せ、この店は休業に追い込まれたんだ。鱗状の発疹と幻覚。高熱に魘されながら、意識の淵で家族の顔が霞んでいくのを感じた。


あの時は本当に、全てが終わったと思った。だが、奇跡的に回復し、5年の時を経て、俺はこの場所を今回はテイクアウト用の茶屋も兼ねた「葦火」として再開すると決意したんだ。


「よし、フローは問題なし……」


空中に浮かぶホログラムの時計は、21時を告げていた。


今週末のオープンを前に、俺は最後の仕込みと清掃を終え、ほっと一息つき今日の昼を振り返る。


俺は「海嘯鎮魂祭」に足を運んでいた。毎年この時期に、疫病の終息を願い、地元の社で開かれる祭りだ。参道には露店がひしめき合い、祭りの活気が身体の底から湧き上がる。


「精霊金魚はいかがっすかー!」


屋台の親父の声が、電脳音響と混ざり合って響く。空中にゆらゆらと光の粒子となって浮遊する精霊金魚たち。それらは結界で囲まれた箱型のエリアに集められ、そこで金魚すくいができるらしい。透明な網をそっと水面に差し入れ、慎重に、まるで呼吸をするかのように泳ぐ金魚をすくい上げる。ひんやりと、そして確かに生きた感触。


「おっ、やるねぇ! 大物だ!」


屋台の親父が感心したように言った。


俺はすくった精霊金魚を小さな結界袋に入れ、次に目当てのお面屋へ向かった。「天狗のお面、一つください」鼻までを覆う漆黒の天狗のお面。俺の半人半天狗の血を意識してか、自然とこのタイプを選んでしまう。これをかぶると、どこか落ち着くのだ。


茶屋に戻り、精霊金魚を店内に放した。光の粒となって空中に溶け込んでいく金魚を眺めていると、心が洗われるようだ。そして、買ったばかりのお面は、カウンターの壁、一番目立つ場所に飾った。


さて一息ついたところで、「さて、賄いにするか」俺はカウンターの鉄板に火を入れた。ジュウッと心地よい音が響く。冷蔵庫から取り出したのは、ドライエイジング業者経由で手に入れた、知る人ぞ知るブランド牛3種の1つの**神大ノ牛**のA4ランク、そのサーロインだ。軽く塩胡椒を振り、熱い鉄板の上へ。ジュワワワッ……と、香ばしい匂いが店中に広がる。煙が鼻腔をくすぐり、それだけで食欲が掻き立てられる。


「うん、いい焼き色だ」


肉をひっくり返し、表面にきれいな焦げ目がついたところで、一口大にカットする。ミディアムレアに焼き上げた牛肉を皿に盛り付け、ガロニは長時間ゆっくりローストした輪切りの人参と賄い用に作った焼きおにぎりと、特製の焼き鳥のせサラダとポテトチップス。


まずは、熱々のサーロインから一口。


「……これだよ。この味だ」


口の中に広がる肉汁の旨味と、香ばしい香り。脂の乗った部位がたまらない。疫病で味覚が麻痺していた時期もあったが、今はもう、こんなにもはっきりと味がわかる。師匠である双子の鬼、ガロウとシロウから教わった、この鉄板焼きの技術だけは、俺の誇りだった。特に火加減と塩加減について。


もう一口牛肉にかぶりつこうとした、その時だった。店内が、淡い光に包まれた。まるで夢を見ているかのような光景に、俺はフォークを持ったまま固まる。ホログラムの看板が明滅し、奥の壁に飾られた天狗の面が光を反射した。


光が収まると、カウンターの向こうに3人の人物が立っていた。めっちゃくちゃビックリした。「怖い、どこからどうやって来た?」俺は一瞬、そう思った。祭りに来ていた、とびきり凝った**コスプレ**の人達か?


全身を覆う重厚な鎧をまとい漫画にでて来そうなワシャワシャした口髭の漢。星空を閉じ込めたようなローブを羽織った女女性かな?。そして、神聖な光を放つ法衣を着た女性?。そのどれもが、ただのコスプレとは一線を画す、本物のような存在感を放っていた。まるで、俺が昔、天狗の長老から聞かされた「異界の冒険譚」から抜け出してきたかのようだった。


三人は聞き慣れない言語で何かを話し合っている。俺の知る言語とも違う、無骨で力強い言葉だった。彼らが何者なのか、どこから来たのか、全く理解できなかった。再び、店内が淡く光る。「なんだ?」俺の頭に疑問符が浮かんだ。


彼らの声が、さっきまで聞き取れなかったのに、俺の脳内に直接響くかのように、はっきりと届いたのだ。


「ここはどこだ?」鎧をまとった戦士風が、鋭い視線で俺を射抜くように言った。その言葉は、確かに俺の知る瑞穂国の言葉だった。だが、彼の声には、この世界の常識を根底から揺るがすような、途方もない力が宿っていた。俺は肉から目を離し、3人の訪問者を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……ここは、大ノ須エリアです。そして、この店は葦火、と。そしてまだ開店してなく週末からオープンですし、そもそもどうやって店内に?」


俺の言葉を聞いて、3人組は顔を見合わせた。彼らの顔には「?」のマークが浮かんでいるのが手に取るようにわかった。ローブのウォーザード風、虚空に浮かぶホログラムのようなものを覗き込みながら呟いた。


「失敗かぁ……転移は一時間の設定だから。自動で戻れるだろうけど、イワト、アキツ」


戦士が俺に改めて向き直る。


「すまぬが、小一時間居させてもらえぬか?」


クレリック風が、困ったように付け加えた。


「あっ、私はアキツと申します。新魔法の魔導具転移のテストで、ダンジョン街に行こうとしたら、なぜかこの世界に……。どのようなロジックや原因かは、まだ分からなくて」


ウィザード風も続くように告げる。


「私は**カグラ**と申します。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


戦士風が改めて挨拶する。


「挨拶が遅れた。俺は**イワト**だ」


「痛い人達かな? 最近変な人多いし」


俺は内心そう思いつつ、彼らの放つ強大な気配に警戒を緩めない。しかも強そうで怖い。だが、1時間の設定での転移らしく、本当に帰るなら害はないだろう。荒立てたくし怖いしスマホを持ちいつでも緊急連絡できるように


「最悪、警察呼ぼうかな」とちらりと考えつつも、「そうですか。よくわからないけどオープンまだなのですが。では、よければ一時間だけでしたら、どうぞごゆっくり。……お茶でも、いかがですか? それとも、お酒の方がよろしいでしょうか」俺はそう言って、カウンター越しに冷えたグラスを差し出した。イワトが申し訳なさそうに手を振る。


「あっいやすまぬ、**エール**、というものがあれば、と」


「エール?」


俺が聞き返すと、彼は少し照れたように続けた。


「…何でもいいです、できればお酒のようなもの」


とりあえず俺は冷凍庫からキンキンに冷えたグラスを取り出し、サーバーから黄金色の生ビールを丁寧に注いだ。きめ細かな泡がグラスの縁まで盛り上がり、キラキラと輝いている。見ただけで喉が鳴る。


「……どうぞ。サービスです」イワトの前に差し出すと、彼は目を丸くしてグラスを受け取った。その巨体が、一瞬、ぴくりと震えたように見えた。


「これは……!」


イワトが一口飲むと、その顔が驚きで歪んだ。カグラとアキツも、グラスを受け取って一口飲むと、同じように目を見開いた。


「なんだ、この飲み物は! 美味いな! そして、この喉越しは……我が世界のエールとは全く違う……!美味いなカグラ、アキツ」イワトは興奮気味にグラスを掲げた。


「ええ、泡がこんなにも……口当たりが滑らかで、まるで天上の nectarネクターのようですわ、イワト」カグラが優雅な仕草で感嘆の声を漏らした。そのエルフらしい透き通るような肌が、ビールの冷たさにほんのり赤く染まっている。


「……こんなに、身体に染み渡る感覚は初めてです。私の知る店にも冷えたエールはありますが、これほどではありません。涙が、出てしまいます……」


アキツはグラスを両手で包み込み、まるで聖なる杯を扱うかのように大切にしながら、瞳を潤ませていた。俺は、彼らの驚く顔に少し愉快になり、続けてポテトチップスと、焼きあがったばかりのサーロインのステーキを差し出した。


「これも、どうぞ。賄いです」


ポテトチップスを見る彼らは、その薄い形状と、パリパリとした食感、そして程よい塩味に再び衝撃を受ける。


「こんな紙切れのようなものが、こんなにも美味いのか!?」


イワトがポテトチップスをむさぼる。カグラは上品につまみ、その繊細な味に目を輝かせた。そして、エイジングされたステーキだ。熱気がまだ残る牛肉を口に運ぶ。口の中でとろけるような柔らかさ、噛むほどに溢れる肉汁、そして熟成肉特有の芳醇な香りが広がる。彼らの世界で牛肉は珍味らしいが、俺の焼いたブランド牛は、さらに別次元だったようだ。


「う、美味い……! この肉、我が世界のどんなオーク肉よりも柔らかく、香りが深い……!」


イワトが感極まったように叫んだ。


「この熟成された旨味と、鉄板で焼かれた香ばしさ……これぞまさに、食の極致!」


カグラが陶然とした表情で目を閉じた。


「……ああ、この牛肉のステーキは、神々の食卓に並ぶものとしか思えません……私は今、至福を感じています……」


アキツは、フォークとナイフを両手で持ち、まるで祈りを捧げるかのように見つめていた。


目の前で、心底美味いと喜んでくれる客がいる。それが、俺にとっての何よりのご褒美だ。


「すまぬが、もう一杯!」


イワトが、先ほどの威圧感を忘れて、子供のように目を輝かせながらグラスを差し出してきた。


俺は黙って、もう一杯注いだ。


一時間の猶予が残りわずかになった頃、彼らは食事が終わった後もグラスを前に語り合った。イワトはドワーフ、カグラはエルフ、アキツは人間で**男の娘**だったこと。新魔法の魔導具転移テストでなぜこの世界に呼ばれたのか、ロジックも原因も不明のまま。ただ、ここにいられるのはあとわずか。


「ミズホ殿、短い間でしたが、本当にありがとうございました」


イワトが深々と頭を下げた。


「我が世界では、これほど美味なる食は存在しませんでしたわ。感謝いたします」


カグラが優雅に一礼する。


「……あなたの料理とエールは、私の魂を癒してくれました。この恩義、いつか必ず……」


アキツは、名残惜しそうにグラスを置いた。


「これでお礼に」


カグラは、俺が壁に飾っていた半身天狗のお面に手をかざし、淡く光る様々な**バフ魔法**をかけた。光が収まると、ぱっと見は何も変わっていない。カグラ自身も「おかしいな? 何も変化がない……?」と首をかしげている。3人に光ったエフェクトがかかる。


「では、また会う日まで」


そして、三人はまばゆい光とともに姿を消した。彼らが元の世界へ戻った証だ。転移の効果は転移時に付与されたのだけ。こちらの世界の物は持ち帰りできない。逆も然り。


俺は、彼らが去った後、静かになった店内で後片付けを始めた。グラスを洗い、鉄板を磨きながら、先ほどの不思議な出来事を反芻する。異世界からの来訪者、彼らをコスプレだと見間違えたこと、言葉が通じたこと、全てが夢のようだった。ふと、カウンターの壁にかけた天狗のお面が、わずかに光ったような気がした。恐る恐るお面を手に取ってかぶってみる。


「……ん?」


特に変わった様子はない。ただ、漠然とした違和感があった。帰り支度をし俺は日記代わりに、その日の出来事と明日の予定をノートに書き記していた。3人組には触れずSNSに投稿もした。


最後に、趣味の占いをしてみた。お面をかぶり、意識を集中する。カードを広げ、指先を滑らせた。


**明日、葦火の店の前には、白い狐の耳と尻尾を持つ男が現れるだろう。**


冗談のような、あまりにも具体的な占い結果のイメージが脳内に、俺は思わず笑ってしまった。だが、その予知は以前の曖昧な占いとは明らかに違っていた。占いが当たるのか?。しかし、占うとぐったりしてきた。はうように家に帰り泥のように眠る。


翌朝めちゃくちゃ食欲旺盛になりたらふく朝ご飯を食べた。


そして、いざ、オープンの日を迎え店内に。


ふと、気づいた。店内に放したはずの**精霊金魚**が消えている。


「しまった、結界アイテムを買い忘れたから、元の里に戻ってしまったのか?」


気を取り直しオープン準備も終えいざ開店。


まもなくして


「ミズホ! よくやったな!」


店を開くと、懐かしい顔ぶれが次々と暖簾をくぐってきた。まず入ってきたのは、俺の料理の師匠である双子の鬼、**ガロウとシロウ**だ。ガロウは大きな声で俺の肩を叩き、シロウは静かに頷いた。他にも、5年前から馴染みの天女の常連客や、様々な種族の友人たちが、街の賑わいを増すお祭り気分も手伝って、店の再開を祝いに駆けつけてくれた。


無事、初日を終え、夜遅く、再び一人になった店内で、俺は今日の売上を確認した。ノートにも記載しSNSにも投稿。ちなみに売り上げ予想より少し多い。やはり占いの効果だったのだろうか。


帰り支度をし占いを。明日も混むイメージが脳内に。占いの結果に喜ぶが占い後特有のぐったり感が身体を襲う。ぐったりしながら思う。異世界の3人組はゲームみたいな感じの世界だったな。転移、バフ、それぞれの役割……。ひょっとして、俺のこの力も……?


ふと遊び心で俺は小さく呟いた。


「……**ステータス**、なんてな」


その瞬間。俺の目の前、空中に、淡い光を放つ**半透明のウィンドウ**が、静かに浮かび上がった。

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