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第2章:心に触れるとき(マッコウクジラ)
ぐぐん… どぼん… すう…
海の奥底から重たい音とともに現れたのは、マッコウクジラの患者だった。
波に染まった皮膚がゆっくりと光の方へ向かってくる。
診療所の灯りのもと、マッコウクジラはしずかに語りかける。
「先生…深く潜るほど、自分の内側に触れてしまいそうで。
それが…怖いんです。」
ダイオウイカ先生は、ふわりと触腕を差し伸べ、マッコウクジラの胸元に吸盤を添える。
とくん… とくん… 深海の鼓動がしん…と伝わってくる。
「潜ることは、怖さに近づく行為です。
でもその先で見つかるものは、あなたの弱さではなく、優しさなんですよ。」
マッコウクジラは尾びれをゆるやかに揺らし、目を細めた。
「先生…それなら、もう少し深く潜ってみようと思います。」
ダイオウイカ先生は、さらさら…とカルテに記録をつけた。
海図の隅に、小さな灯をひとつ描き加えながら。
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今日の診察記録。
その最後の行に、こう書かれていた――
『深く潜ることは、自分に優しくなるための旅』
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