卒業写真を撮った時の話
個人用の卒業写真を撮るという事で私は一人会議室に呼び出される事となった。出迎えたのはいかにも陽キャっぽい若い男女ペアのカメラマン。「なんだか苦手な雰囲気だなあ」とか思いつつも促され所定の場所に座る。一枚目は無表情でいいとの事ですぐに撮影は終わったのだが、問題は二枚目であった。「せっかく一生残る写真なんだから、笑ってる写真も撮ろうね」などと言い出すのだからたまったものではない。私は作り笑顔が大の苦手というか完全に無理で、いくら頑張っても歯を食いしばった苦悶の表情にしかならない。例え作り笑いしたら1億円貰えるとしてもできるものではない。
「ほらー、笑って!」
ラクダが針の穴を通れないように無理なもんは無理である。笑えるわけがない。カメラマンが林家ペー・パー子のような面白おかしいカップルならまだ可能性はあったかもしれないが、普通にキラキラした若い男女ペアというのはロクでもない青春を送って来た私にはあまりにも眩し過ぎる。劣等感を誘われて余計に笑えない。
「ほら、口を上げて! こんな感じで!」
二人は眩しいほどの笑顔だった。どうしてこの二人は初対面の人間相手にこんな笑顔を作れるのだろうか。私にはとてもできそうにない。……しかし、私とて生物学上は彼らと同じホモサピエンスの筈である。ならば、彼らに出来て私に出来ないと言う事があるだろうか。……今こそ、無限にそびえたつ口角の壁を打ち破る時……!
「引き攣ってるって! もっとやわらかーい感じでね!」
無理なもんは無理である。本当に早く諦めて欲しくて仕方がなかった。しかし彼らにもプロとしての矜持があるのだろう。中々諦めてくれない。本当にしぶとかった。無限に近い時の中で、彼らはありとあらゆる手を尽くして私の笑顔をシャッターに収めようと躍起になっていた。まさに地獄の責め苦であった。……そして男性の方が止めの一言を言い放つ。
「ホラ! なんか楽しい事思い出して!」
楽しい事……楽しい事なんか今までの人生で一度でもあっただろうか。本当に酷い人生だった。そしてきっとこれからもロクでもない人生は続いていく。どこに笑う要素があるのだろうか。……帰りたい。頼むから一人にしてくれ。頼むから、早く諦めてくれ。私は殆ど泣き顔になっていたと思う。そこまでいって、やっと二人は諦めてくれた。無表情でいいと言う事で二枚目の写真を撮られ、私はやっと解放された。
会議室の扉を閉める。眩しい笑顔のカメラマンはもうどこにもいない。私は独りだった。
清々しく並ぶ廊下の窓に、私は最高の笑顔を浮かべていた。