年の離れた弟の話
私には10歳くらい年の離れた弟がいる。彼はチャッカリした陽キャで私と性格が全く似ておらず、弟がワンピースの最新刊を買った時に貸して貰って感想を言い合うくらいでそんなに仲がいいわけではないが、赤ん坊の時から世話をして来たので結構思い出深い。赤ん坊時代の弟を一言で表すと「ふてぶてしい奴」である。弟の元々の性格からして自分勝手な傾向があるのだが、そもそも小さな子供というのは誰しもが自分勝手なものであろう。泣けば周りが勝手に右往左往しておしめを変えてくれるししミルクや食べ物を与えてくれるし、それが当然になっていて感謝する事もない。周りの人間は全員自分の世話係で、世界のすべてが遊び道具であり自分に都合よく出来ていなければならない。心の底からそう信じ切っている。今はそうでもないが当時の彼は赤ちゃんにしては大柄でふくよかな体形をしており、ビジュアル的にも「小さな暴君」といった風体であった。
特に印象に残っているのが彼による「ティッシュ取り遊び」である。彼は暇さえあればティッシュを取りそこいらに投げ散らかしてケタケタ笑うという厄介な癖があったので、初めの頃はティッシュを届かない所に置くと言った対処をしてティッシュを暴虐から保護していた。しかし母が何かの育児本で得てしまった「子供はやたらティッシュを取りたがるが、高いオモチャを与えるより安上がりなので好きにさせておけばいい」という知見によって彼のティッシュ取りは完全に大義名分を得てしまい、安上がりなオモチャとしてティッシュを与えられた彼は本当に暇さえあればティッシュを取るティッシュ取りモンスターと化してしまった。もちろん彼が取ったティッシュは専用の箱に保管され私達はもっぱらその箱に入ったティッシュを使っていたのでティッシュが無駄になった訳でもなかったが、彼の遊びの為に誰も触れていないティッシュを使う権利を奪われてしまうというのは正直言って腑に落ちない所があった。ましてや彼の手は基本的にヨダレでベタベタでお世辞にも清潔とは言えないのである。嫌になった私は「新しいティッシュが使いたい!」と妹と連名して母に抗議したことがあったが「そんぐらい我慢しなさい」と却下されてしまい、モンスターが意気揚々とティッシュを取り続ける様を苦々しく見守る事しか出来なかった。
そんなティッシュ取りモンスターであった彼も成長の中で運命的な出会いを果たす事になる。それがトーマスとの出会いである。一度ハマってからはもう年がら年中四六時中トーマストーマスで、図書館で借りて来たトーマスのビデオを一日中視聴し、本を読むとなったらトーマスの本を要求。おもちゃもトーマスのプラレールをせびる。おかしはトーマスラムネ、トーマスキャンディ。服もトーマスが描かれた服ばかり着たがるし暇さえあればたどたどしい声でテーマソングの「じこはおこるさ」を歌い出す。登場機関車についている番号と名前の対応を完全に暗記し、周囲にトーマスクイズを出しては知識をひけらかすこともあった。かつてあんなに熱中していたティッシュ取りなどどこ吹く風である。そんなトーマスモンスターと化した弟であったが、どうも仲が良かった近所の友達にトーマスを馬鹿にされてしまったようである。パッタリ忽然と熱が冷め、今度は戦隊ものや仮面ライダー、ポケモンなんかに興味が移転していく事となる。
私もそんなに分別がある子供と言うわけでも無かったが、小さな子供の傍若無人っぷりや異様な好奇心、怒涛の興味の移り変わりは面白くも辟易させられたものである。一方で暴君ながらも人間らしい成長や社会性が垣間見える事もあり、そういった成長を見られたのは中々貴重な経験でもあった。