悪態をつく犬
中学生の頃、母と妹が譲渡会で犬を貰って来た。中型の雑種のオスで、牛みたいな白黒の柄でコーギーとかダルメシアンとか色々混ざっている。何より散歩が大好きで、リードをもっていくとさも「僕はあなた様の忠実なるしもべです!」とでも言わんばかりの誠実な表情を作ってキュンキュン鳴きながら狂喜乱舞をはじめ、急かすように暴れまわり飛びかかりとやりたい放題である。しかし手こずりながらもリードを装着していざ散歩に出ると奴は完全に豹変する。飼い主など一顧だにせず物凄い力で自分勝手に飛び出して先行するのだからたまったものではない。
また奴はエサやオヤツを持って来た時なんかも例の「僕はあなた様の忠実なるしもべです!」とでも言いたげな顔を作る。お前に純粋な忠義心が欠片もない事は、ボール投げ遊びをしようにもボールを占有して全然持ってきてくれない事や散歩の時も自分勝手に引っ張りまくる事や無駄吠えを注意しても全然やめない事からも明らかなのに、打算が絡んだ時だけはハチ公ばりの精悍な顔立ちを見せるのだから白々しいことこの上ない。……しかしそういう人間臭さと犬らしい分かりやすさを併せ持つのが奴の面白い所でもあった。
そしてあいつは感情表現もかなり豊かなであった。いつだったか犬小屋のマットが埃被っていたのでバンバン叩いていたら「キュウン!」と鳴いたのが印象に残っている。あの鳴き方には「痛そうだからやめてあげて!」といったニュアンスが明らかに入っており、犬の社会性と感情表現に感じ入ったものである。
もう一つ面白かった話がある。散歩をしている時に距離感がぶっ壊れたブルドッグっぽい犬が私の犬に突っ込んできて、クンクン尻の臭いをかぎだした時の事である。喧嘩になったら困るので私はリードをきつく握っていたが、ブルドッグの飼い主は伸縮リードで好きにさせている状態だった。一触即発とならないか少し心配だったが、私の犬はヤンチャに見えてその実人見知りでビビリなので「え? 何こいつ?」とでも言いたげに固まっていることしかできないようであった。やがてブルドッグが満足したように尻の穴を嗅ぎ終えて退散し、その隙に私も犬を連れて場を離れてもう安心……と思った矢先であった。「ゥワン! ウウウ! ワン!」唸るような声で奴が鳴いていた。すぐに新たな刺客を警戒した私だったが、何の気配もない。目を落とすと奴はうつむき気味に鼻に皺を寄せ「ウウウウ! ワン!」とまた虚空に向かって唸る様に吠えている。……状況から考えて、私の犬はさっきのブルドッグを思い出して「あの野郎!」とイライラして悪態をついていたようだ。まさか犬が悪態をつく事があるとは夢にも思わなかったが、どうやらそういう事もあるらしい。まあいきなり知らん奴に尻の匂いを嗅がれたら私だって悪態をつきたくなるのでちょっと気の毒な感じもするが……それ以上に犬の感情表現の面白さに感心してしまう私であった。