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信ジラレナイ99

 小1の頃、私は埼玉に住んでいた。当時はとにかくケガばかりしていて、給水タンクに激突して耳を大けがしたり、自転車で足の指を骨折したり、道路で飛び出して車とぶつかったりとロクな思い出が無い。ただ一つだけかろうじていい思い出として残っているのがT君の家に遊びに行った時の事である。


 T君は大人しい鍵っ子で少し背が低い同じクラスの少年であった。経緯は憶えていないが、とにかく私はT君と仲良くなったらしくT君の家で遊ぶ約束を取り付けた。しかし、T君の家についてみると、既にT君の家にはアッパー系キッズが寄り集まってワイワイとボンバーマン大会が繰り広げられていた。最悪な事に4つのコントローラーは全て独占されてしまっている。気の弱い私とT君は観戦しかやる事が無くなってしまったのである。当時は何が何やらであったが、今考えてみるとT君は私とマンツーマンで遊ぶつもりだったのがアッパー系キッズ達の気まぐれな急襲を受け、断り切れずに家をたまり場にされてしまったという事だろう。


 そういうわけでキッズたちのボンバーマン合戦が延々と続く様を私とT君はずっと見ていた。T君はなんだか申し訳なさそうにしている気がした。私はゲームを見ているだけでも楽しい方だったのでちょっとは楽しかったのだが、それでも自分もやってみたいという欲求もその欲求が満たされない苛立ちもあって、モヤモヤした焦燥のような感覚の中でひたすら時間をやり過ごしていた。


「僕もやらせて」


 もし私にその一言が言えていたなら、何か変わっていたかもしれない。あるいは頼んだが却下されたのかもしれない。そこはよく覚えていないが、とにかくその日私が一秒たりともボンバーマンをプレイできなかった事は確定的な事実である。永遠に思えるほどの時の中で私とT君はただただ見続けていた。キッズたちが無限にボンバーマンの4人対戦を繰り返す画面を見つめ続けていた。そこには世界のすべての理不尽が詰まっているようであった。今でもミソボンが画面端から爆弾を投げ込む場面や、フィシングボンバーがファイアーアイテムを吊り上げる場面や、優勝した黒ボンが嬉しそうにピースを決める場面をくっきり思い出すことが出来る。こんなに憶えていると言う事はそれだけ悔しかったと言う事なのだろう。


 しかし日も落ちてきてキッズたちが撤退する頃には、私はもう一週回ってどうでもよくなりつつあった。酸っぱいぶどうという奴だろうか。ボンバーマンへの興味はついぞ失せ、ただこの世の不条理に対する漠然な不満とこのままでは終われないというハングリー精神だけが待ちくたびれた体の奥でうずいているようであった。


「信ジラレナイ99のビデオあるんだけど、見る?」


 T君も何か思うところがあったのかも知れない。申し訳なさそうにビデオテープを取り出す。私としては既に門限である5時は近付きつつあったのでそろそろ帰らないとヤバかったのだが、世界の不条理を見せつけられただけでまだ何も成していない現状のままのうのうと帰る気にはとてもなれなかった。


「うん。見よう」


 かくしてT君はビデオテープをデッキに挿入し「信ジラレナイ99」の上映会が始まる。「信ジラレナイ99」というのは当時たまにやっていたテレビ特番で、ドッキリ映像やオカルト映像やスゴイ映像をその名の通り99連続で流すと言う、今よくあるyoutube切り抜き番組にオカルト要素を追加したような奴で私も大好きな番組だった。わざわざビデオに取っているという事は、T君も「信ジラレナイ99」が相当に好きという事らしい。

 そして巻き戻しの後、映像が流れる。その回は私がたまたま見逃した回であった。背中の肩甲骨の間にセンベイを挟み、肩甲骨を寄せる事でセンベイを真っ二つに破壊する少年や、夜間の謎めいた発光現象についての様々な検証、夜空を飛び交うUFOなどがテレビ画面に映し出されていく。T君とそれらの映像群を目にした私がどれほど感動し、驚愕し、高揚したかは、言葉で語り尽くす事はとてもできないだろう。空腹は最高のスパイスというが、この場合ボンバーマン断ちがスパイスとして機能したという事だろうか。とにかく楽しくて面白くて仕方なかった。


 しかし時は残酷である。時計の針は6時に近づきいよいよ帰らないとヤバくなってくる。そうなってしまうと門限を破った罪悪感が頭にのしかかってきて、どんな衝撃映像も純粋に楽しめなくなってしまう。名残惜しかったが私はT君に暇乞いし自転車を駆って家路を急いだのであった。……なお門限を過ぎて帰宅した私に母親が激怒した事は言うまでもないことだろう。弁明する間もなく罰として家を追い出され冷たく鍵を閉められ、またも私は世界の不条理を身をもって思い知る事となるのであった。その日の夕飯がハンバーグとみそ汁だった事もぼんやり憶えている。


 ……思い出してみればやっぱりロクな思い出じゃない気もするのだが、それでもあの時見た「信ジラレナイ99」は本当に面白かったので総合的に見ればいい思い出と言ってもいいのかも知れない。

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