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1-6

 なんだか変なおもちゃを買ってしまったなと私は幻滅したが、おっさんを風呂場に置いておくわけにもいかないので、自分の部屋に連れて行くことにした。洗面所とリビングを通って部屋まで案内すると、おっさんは小さな革靴をコツコツ鳴らして早足で私の後をついてきた。どういうわけかその体も服も靴も、少しも濡れていないのだった。これは今思い返すと非常に不思議なことだが、この時はおっさんの存在自体が不可思議過ぎてそちらに気を取られ、気にならなかった。


 部屋におっさんを招きいれ、手で彼の両脇を抱えて持ち上げ、勉強机の上に立たせた。それから机にあった鉛筆立て用のブリキ缶をひっくり返しておっさん用の椅子にして、座るよう勧めた。この間おっさんは「どうも」とか「いやあ悪いねえ」と機嫌よさげに言っていた。私は勉強机に付いている椅子に座って、おっさんと向かい合った。


 おっさんは底を上にしたブリキ缶に腰掛けて生意気に脚を組み、意外にもつぶらな瞳をこちらに向けて再びニコニコした。


「それにしてもずいぶん若いご主人様だな。中学生? そうか。もう父親に怒られる齢じゃなくなったような大人が、久々に父親と忌憚無い会話をしたくなって買ってくれるパターンが普通なんだけどなあ。それで、なんかして欲しいことでもあるのか? おじさんに」


 私は小さいおっさんが流暢にペラペラしゃべることにまたも内心ひどく感心しながら答えた。


「あの、愚痴を聴いてくれるってガチャポンの機械に書いてあったんですけど」


 あんまりおっさんが珍しくて妙に緊張し、つんのめるような問い方になってしまった。


 おっさんはサッと脚を組み替えて、


「ああ、愚痴? 聴いて欲しいの? うんまあ、一つやりますか。まあでもね、素面で愚痴を聴くっていうのもね。こちとら久々のシャバでもあるし……。分かる? これ」


 おっさんはそう言って手で何かを飲む仕草をしてみせた。


「……?」


「うん? 分からない? まあそんな良い日本酒とかじゃなくてもいいから、ちょっと焼酎とかさあ、あればなーって」


 私はなんだか更に幻滅した。


「ああ。でも多分今うちお酒無くって――」


「うんうんうん分かる分かるよ。置いてないうちもあるよな」


「はい」


「買ってきてくれる? 悪いけどおじさんも本当、久々のシャバなんだからさ。おじさんここで大人しく待ってるから」


「……はあ」


 私が椅子から腰を浮かすと、


「できれば乾き物も二、三品」


しれっとおっさんは注文をつけてくるのだった。


(なんで私が? こっちは金出して買ってやった立場だっつーのに)


 そう思いながらも仕方なく、私はまた自転車に乗ってファミリーマートに行き、カップ酒とするめと柿の種のミニパックを買った。現在みたいに酒類販売の年齢確認システムが厳格化されていなかった時代だったから、たやすくカップ酒は買えた。


 家に帰って台所へ行きカップ酒の中身を徳利に空け、猪口と共におっさんに提供した。すっかり夜になっていたので私は部屋のカーテンを閉めた。小さなおっさんの筋力だといちいち徳利を猪口へ傾けるのは無理そうだったから、私が酒を注いであげた。


「や、これは……」


 おっさんはブリキ缶に座ったまま猪口を両手で受取ると(猪口を持つおっさんの姿はちょうど普通の人間が茶道で茶碗を持つくらいのサイズ感になった)、いかにもうれしそうにつぶらな両目を細め、あとは猪口をぐいっと傾けてぐっ、ぐっと酒を飲んだ。


「ぐわはああ。久々!」


 喉仏を上下させて酒を飲み下すと、おっさんはそう叫んだ。それから猪口をブリキ缶の端に置いて、私が袋を開けておいたするめを一本、両手で持って端っこからかぶりついた。口いっぱいにするめをほおばり、上下の歯で思い切り噛んで引きちぎり、むっちゃむっちゃと咀嚼する。咀嚼しながらするめの残りを放り出して再び猪口を手にしてぐぐぐっとあおって、


「いやあ、たまらんなあ!」


と吐息をついた。


 おっさんはしばらく猪口→するめ→猪口→するめとループし(私は猪口の中の酒が無くなるとお酌をしてやらなければならなかった)、若干頬が赤くなり目がとろんとしたところで、


「で? 何か愚痴りたいことがあるって?」


と私に言った。

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