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第8話 部活動初日 後編

 本庄さんは上機嫌です。


 僕が「役立たず」から一転、「使える」ということが、わかったからでしょう。


 本庄さんのひねくれた性格からすれば、見下していた僕に才能があることがわかって、僕に嫉妬するかと思ったのですが、素直に喜んでいるのは意外でした。


 まあ、僕が「使える」ということがわかれば、本庄さんが理想としている、少数精鋭の実力主義の部活に近づくわけですから、それで喜んでいるのかもしれません。


 部のことを一番に思っているあたり、腐っても部長でしたね。


「いいわ、上出来よ。あと、場所を当てるほかに、未来や過去のことをどの程度、当てることができるのか、確認しておきたいのだけど、いいかしら」


「うん。構わないよ」


 僕はうなずきます。


 ちょうどいい機会なので、自分がなにをどこまで占えるのか、知っておこうと思います。


「じゃあ、そうね。六月にうちの学校でフリーマーケットが開催されるでしょ。私も出店する予定なんだけど、そこで私が、なにを売るのかを当ててくれるかしら」


 そういえば、六月にそんなイベントがあったんだっけ。


 僕は出店しないので忘れてたけど。


「そっか、本庄さんは出店するんだ」


「先輩、私も出店するっす。フリマに参加するのは、今回がはじめてなんで楽しみっす」


「……私も出店する」


 じゃあ、僕以外はみんなフリマに出店するってことですね。


「深谷さんは、なにを売るの?」


「私はホラー映画のブルーレイっすね」


 ええっ、ホラー?


 そんなものを所有してるなんて、深谷さんは、ホラー映画マニアなんでしょうか。


「せっかく買ったのに、売ってしまうってことは、興味がなくなったってこと?」


「いや、そういうわけじゃないっす。今、自分が持っているホラー映画のブルーレイの一部は、見放題のサブスクでも見れるんで、その分のブルーレイは処分することにした、っていうだけっす。興味がなくなったわけではないっす」


 なるほど、持っているのと同じのがサブスクで見られるなら、サブスクのほうがいい、ということなんですね。


「店とかネットでは売らないの?」


「店で売ると安いし、ネットだと、出品するのと梱包するのが面倒なんすよ。店とかネットで売るのは、最後の手段っすね」


 じゃあ、フリマ一択ですね。


「ああ、そうだ。ちょうど今、友達から返してもらった、ホラー映画のブルーレイが手元にあるんすけど、先輩、見るっすか? 見るんなら貸しますけど。どうっすか?」


 深谷さんは棚に置いてあるリュックから、ブルーレイのパッケージを取り出します。


「ほら、これが私のイチ押しの『恐怖のステーキおやじ』っす」


 深谷さんは「どうだ」といわんばかりの得意げな顔をして、パッケージを僕に見せます。


「……なんなの、それ?」


「殺人で指名手配されている元ステーキハウス経営の男が、町外れにある、無人の洋館に住みついて、何も知らずに洋館を訪れた人たちを殺して、ステーキにして食べてしまうという、ホラー映画っす」


 うわー、内容といい、タイトルといい、それ完全にB級映画じゃないですか。


「どうっすか、ほらほら」


 そう言いながら、深谷さんは僕の顔にパッケージを近づけてきます。


「い、いや、いいよ。僕、怖いのは苦手だし」


 それに、わざわざB級映画なんて見たくありません。


 僕は、パッケージが近づいてくるのを両手で阻止します。


「ええっ、そっすか。もったいないっすねー。ホラー映画を見ないなんて、人生の半分くらい損してるっすよ」


 深谷さんの人生、どんだけ、ホラー映画が占めてんでしょうか。


 彼女は筋金入りのホラー映画マニアだったようです。


 僕への布教に失敗したからなのか、深谷さんは、今度は本庄さんと児玉さんのほうを見ます。


 明らかに、僕と同じように、二人にも布教しようとしているようすです。


 それを察したのか、二人は聞かれる前に反応します。


「私は見ないわ」


「……不要」


     ◇


 二人にも断られて、ショックで机に突っ伏している深谷さんを視界に入れたまま、僕は児玉さんにも聞いてみます。


「児玉さんは、なにを売るの?」


「私は、いらなくなった動物のぬいぐるみ。集めていたのがたくさんあるから」


 ぬいぐるみ集めが趣味とは……。


 児玉さんには意外と女の子らしい一面があるみたいです。


 ……おっと、雑談に夢中になってしまいました。


 僕は本庄さんのほうを向きます。


「それで、本庄さんが六月のフリマで売る物を当てるんだったよね」


「ええ」


「じゃあ、占ってみるよ」


 僕は、さっきの本庄さんの祖父の家を占ったときの要領で、彼女がフリマで売る物を占ってみることにしました。


「六月のフリーマーケットで、本庄桜姫さんが売る物はなんですか」


 名前を口にしたところで、僕のようすを見ていた、本庄さんの体がぴくっと反応します。


 ……びっくりしました、また蹴られるかと思いました。


 その名前に対するコンプレックス、早めになんとかして欲しいです。


「あっ、映像が見えたよ。本庄さんは、椅子に座って店番をしてる。レジャーシートの上に、二十足くらいのロングブーツが並んでる。ちょうど、今、履いてるようなやつ。色は黒、白、茶、……豹柄もあるね。売る物はロングブーツでしょ。これで当たってる?」


 僕の水晶玉には、出店場所である大駐車場の一角で、キャップをかぶって、ショートパンツを履いた本庄さんが出店しているようすが映っています。


「当たってるわ。フリマではロングブーツを売る予定なの。柄まで判るのね。確かに豹柄のロングブーツも持ってるし、売るつもりよ」


「なんで、こんなにたくさん持ってるの?」


「ロングブーツを履くのが好きなのよ。だから、それなりの数を持っているんだけど、ネットでこれいいな、と思って買うと、微妙にサイズが合わなかったり、質感が思ってたのと違ったりして、たいして履かないものが出てくるのよ。今回、売るのは、そういう、気に入らなかったブーツね」


 それでも、いらないものだけで、二十足は多すぎる気がします。


 高校生なのに、それだけの数のブーツを買えるってことは、もしかして、本庄さんは結構、いいとこのお嬢様なんでしょうか?


     ◇


「先輩は出店しないんすか?」


 深谷さんが僕に聞いてきました。


「うん。不要なものとかないし」


「当日、会場にくることもないんすか?」


「欲しいものは特にないから、行かないな」


 僕がそう答えると、深谷さんは「そっすかー」と言って、残念そうな顔をしました。


 ……ゴメンね、付き合いの悪い先輩で。


「じゃあ、次。私が先週の金曜、学校の帰りに、どこに行って、なにをしたか、当ててみて」


 本庄さんが僕に向かって言いました。


「いいの? それって、本庄さんのプライベートなことでしょ? 他人に知られるのは、イヤなんじゃないの?」


「別に。人に見られて、困るようなことをしてるわけじゃないから、構わないわよ。見るのは、どこに行って、なにをしたか、までよ。それ以上は見ないこと。どこに住んでいるかまで見たら、許さないから」


「わかったよ。本庄さんが行った場所でしたことだけを見ればいいんだね」


 そこまで、知られるのを警戒されると、逆にどこに住んでるのか知りたくなってきます。


 まあ、見るなと言われたからには、見ないけどさ。


 ……では、占ってみることにします。


 僕は水晶玉に向かって、先週の金曜に本庄さんが学校を出てから、どこに行ったのかを問いかけました。


 すると、水晶玉には、制服姿の本庄さんが、ショッピングモールに入っていくようすが映し出されました。


「ショッピングモールに入っていった。一人で」


「当たってるわ。それから『一人』は余計よ」


「最初に、三階の家電売り場に行って、なにかを買っている」


「当たってるわ。イヤホンを買ったの」


「次は、二階の靴売り場へ行って、靴を買っている」


「当たってるわ。ハイキングのときに履く、トレッキングシューズを買ったのよ。もういいわ、そこまでで」


「そのあと、一階のフードコートに立ち寄って、ドーナツを食べている。一人で」


「もう、いいって言ったでしょっ! それ以上、見ないでっ!」


 本庄さんが声を荒らげます。


 今どきの女子高生が、学校の帰りに一人でショッピングモールに買い物に行って、買い物が終わったら、フードコートでドーナツを黙々と食べているなんて、悲しすぎない?


「本庄さん、一人でこんなことしてて、寂しくないの? 普通だったら、これ、友達と一緒に買い物したり、食べたりして、キャッキャウフフしているシーンだよね? 学校の帰りに、付き合ってくれる友達もいないの?」


「付き合ってくれる友達くらいいるわよっ! 私は一人でいるのが好きなのっ! 好き好んで一人でいるのっ!」


 本庄さんが血相を変えて、反論してきます。


 なんかウソくさいなー、僕には強がりを言ってるようにしか、思えないんだけど……。


 僕がそんなふうに思っていると、


「部長、声をかけてくれれば、私がいつでも付き合うっすよ。部長とショッピングを楽しみたいっす。私は帰りが遅くなっても大丈夫っす」


「私も誘われれば行く。いろんなとこで、おいしいものを食べたい。気軽に誘って欲しい。門限はないから、遅くなっても構わない」


 深谷さんと児玉さんが、ぼっちの本庄さんを気づかって、声をかけてきました。


 彼女たちの思いやりに、思わず、泣けてきます。


 本庄さん、よかったね、もう一人じゃないよ。


 これで本庄さんも、今どきの女子高生らしい、ライフスタイルが送れるはずです。


 これだけ言われて、さぞや、言われた本人は感激しているだろう……と思ったら、


「私のことは気づかい無用よ。さっきも言ったけど、私は好き好んで一人でいるんだから」


 こんなことを言っています。


 ええー?


 本気なんでしょうか?


 まあ、本人が今まで通り、一人でいたいって言うのなら、それを尊重するしかないのですが。


 ……ん?


 本庄さんのようすがなんだか、おかしいです。


 深谷さんと児玉さんのほうをチラチラと見て、なにか言いたそうです。


「で、でも、そこまで言ってくれるんなら、次からは、あなた達を誘うことにするわ」


 前言撤回すんの早っ!


 ……本庄さん、チョロすぎない?


     ◇


 数分後。


 本庄さんは、ほかの二人と、今度、あの店でショッピングをしようとか、スイーツを食べようとか言い合って、楽しそうにはしゃいでいます。


 一人でいるのが好きとか、好き好んで一人でいるとか、本庄さんがさっきまで、言っていたことは一体なんだったのか、よくわかりませんが、まあ、部員同士、仲良くなって、絆が深まるのはいいことです。


 僕はそんなことを思いながら、彼女たち三人のようすを眺めていました。


 あっ、よく見たら、これは「かたくなに他人に心を開かなかった少女が、人の優しさにふれて心を開き、他人を受け入れる」という、ドラマや小説とかにある感動的シーンじゃないでしょうか?


 よし、僕も部員なんだから、当然、この輪に加わる権利があるはずです。


「僕もいつでも誘っていいよ。できる限り、付き合ってあげるからさ。同じ部活の仲間なんだし、遠慮なんてしなくていいから」


 僕がそう言うと、本庄さんはぴたりと会話をやめ、僕のほうを向きました。


「いや、あんたはいいわ。なに、しれっと女子トークに割り込んできてんのよ。下心、見え見えで気持ち悪い」


 はあ――――?


 いや、下心なんて全然、ないんだけど……。


     ◇


 午後七時過ぎ。


 見回りにきた職員の人に注意されて、部室を追い出されるような形で、僕たちのはじめての部活動は終了しました。


 原則、部活動は午後七時までに終わらせなければ、いけなかったらしいのですが、部長である本庄さんは、お喋りに夢中になりすぎて、そのことを忘れていたのでした(途中から僕の存在も忘れていたようですが)。


 結局、占い部といえるような、まともな活動は前半だけで、後半は、占いとは全然関係ないお喋りを女子三人でしていただけでした。


 特に本庄さんは、よく喋っていました。


 というか、本庄さんは部長なんだから、部員とは男女差なく、公平に接して欲しいですね。


 いくら僕でも、クラスと部活の両方でぼっちになると、精神的にキツイです。


     ◇


 みんなと別れ、学校を出て、しばらく歩いたところで、僕は自宅にいるであろう妹の陽菜に「夕食はどうした」とスマホからメッセージを送りました。


 陽菜からは、すぐに返信がきました。


 内容は「自分で作って食べた」でした。


 とりあえず、ほっとしましたが、実際にどんなものを作ったのか、いろいろ、聞いて確かめるまでは安心はできません。


 本人は、ちぎったレタスにドレッシングをかけて、料理を作った、とか思ってるかもしれないので。


     ◇


「ただいまー」


 部活を終えて、僕が帰宅すると、陽菜はリビングで、ソファーに寝そべりながら、テレビを見ていました。


 陽菜は僕のほうをちらりと見ると「おかえりー」と言ってきました。


「夕食は食べたって?」


「うん。もう、とっくに食べ終わったよ。後片付けもしたし」


 冷蔵庫の中を見ると、買い置きしていた食材が減っているし、調理器具を使った形跡もあるし、食洗機には、使用済みの食器も入っています。


 聞けば、ネットの料理動画を見ながら、冷蔵庫にある肉、魚、野菜を使って、適当に何品か作って食べたそうです。


「うまくできたか?」


「まあまあかな」


「時間はどれくらいかかった?」


「一時間半くらいかな」


「そうか。まあ、作っていれば、だんだんうまくなるし、早くできるようになるからな」


 ホントに自分で作ったみたいですね、栄養のバランスのとれた料理を。


 やっぱり、陽菜はやればできる子でした。


 僕が思っていたより、陽菜は順応性が高かったようです。


 これで、ようやく、僕の肩の荷が下りました。


 こんなことなら、甘やかさずに、もっと早く、一人でなんでもやらせてみればよかったな。


 まあ、一緒に食事する機会が減ったのは寂しいけど……。


     ◇


 僕は自室のベッドの中で、今日の部活のことを思い返していました。


 児玉さんと深谷さん……、二人とも、かわいい子だったな。


 児玉さんは、無口で無表情だから、話しかけるのに躊躇するけど、水晶占いのことを聞けば、必ず教えてくれるし、僕にとっては、占いの先生になるわけだから、これからもいろいろ、教えてもらいたいな。


 深谷さんは性格が明るくて、よく喋るから、部員の中で一番、話しやすそうだったな。


 でも、飛び級で入学してきた子だし、頭は僕よりずっといいはずだから、話す内容にも気をつけないといけないかな。


「この人、年上なのに、私よりバカじゃん」とか思われたら、イヤだし。


 部長の本庄さんは……、ちょっと性格に問題があるから、うまく付き合っていくには、コツがいるかもしれないな。


 ……いやいや、ちょっとどころじゃないよな。


 自分の命が助かるためなら、何でもしてくる子だし。


 そもそも、向こうから頼んできたから、入部してあげたのに、なんで厚遇されるどころか、こんなに冷遇されてるの?


 明らかに、僕のときだけ、ほかの部員と対応が違うよね?


 これって、おかしいよね?


 …………。


 ま、いいか。


 一応、本庄さんのおかげで、自分に占いの才能があることに、気づけたわけだし。


 この部活に入ってなければ、気づくこともなかったわけだし。


 そういえば、この高校って、ダメもとで受験した高校だったんだよね……。

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