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第7話 部活動初日 前編

 翌日、放課後。


 僕は、校舎から渡り廊下を通って、文化系部室棟へやってきました。


 僕と本庄さんは同じクラスなんだし、放課後になったら、彼女に声をかけて、一緒に部室棟へくる、という手もあったのですが、彼女の場合「なんで私があなたと同伴出勤しなければいけないのよ、変な噂が立ったら困るじゃない」とか、本気で言ってきそうなので、声をかけることはしませんでした。


 案の定、本庄さんは僕のことを気にかける素振りも見せず、放課後になったら、一人でさっさと教室を出ていってしまいました。


     ◇


 入学のときに学校からされた説明によれば、文化系部室棟は、地下一階、地上四階建ての建物で、校舎と同じく、エレベーターがついているとのことです。


 では、さっそく、部室棟の中に入ってみることにします。


 地下と一階は、調理室、工作室、和室など、特別仕様の部屋ばかりで、それらを使う部の部室になっているそうなので、占い部の部室は、二階より上にあるはずです。


 中央の階段を上って二階へ行くと、左右に伸びる広い通路があり、通路を挟んで向かい合うように、いくつものドアが並んでいます。


 僕は通路を歩きながら、占い部のプレートのついたドアをさがします。


 えーと、占い部、占い部……。


 …………。


 あった、ありました。


 二階の奥に「占い部」のプレートがついたドアがありました。


 正式に部として認めてもらえたようです。


 僕のお陰なんだからな、感謝しろよな、などと、一人悦に入ってから、僕は部室のスライドドアを開けました(教室と同じく床レールのないタイプです)。


 ドアを開けると、中にいた、本庄さん、児玉さん、深谷さんが一斉にこちらを見ました。


 僕以外はみんなきていたようです。


 部室の中央に長机が置かれ、その長机を囲むように椅子が配置され、彼女たちが座っています。


 部室の広さは、教室の半分くらいでしょうか。


 入って正面には大きな窓、左側の壁際には、カバンや荷物を置く棚があり、右側の壁には、貴重品をしまうためのものなのか、埋設された金庫のようなものが見えます。


「ちゃんときたのね」


 本庄さんが、最初に声をかけてきました。


「くるように言われてたからね」


 僕は相手が誰であれ、交わした約束は守る主義です。


 まあ、本庄さんが教室を出るとき、僕を誘ってさえくれれば、一緒にこれたんだけど。


 僕は本庄さんの向かいにある、空いている椅子に座ります。


 僕の隣には深谷さん、斜め前には、児玉さんが座っています。


 僕は座ってから、気づきました。


「あっ、もしかして、この席って、顧問の先生の席だった?」


 僕がそう聞くと、本庄さんが答えました。


「占い部に顧問はいないわよ」


「えっ、いないの?」


「部活には二種類あって、顧問が必要な部と必要ない部があるの。うちの部は、体を使わないし、危険な機械も使わないから、顧問は必要ないの。まあ、仮に顧問が必要な場合でも、うちの学校の先生じゃなくて、専門知識をもった、外部の人が顧問になるんだけど」


「そうなんだ。じゃあ、実質、この部の責任者は本庄さん、なんだね?」


「そういうことになるわね」


     ◇


 あらためて、彼女たちを見てみると、机の上でなにかをしています。


 深谷さんは、タブレットのようなものをいじっています。


 児玉さんは、大きな水晶玉をじっと見つめて、ときどき、手をかざして、なにかつぶやいています。


 本庄さんは何枚ものカードを並べています。


「今、しているのが、みんなの得意な占いってことなの?」


 僕は疑問を口にします。


 すると、深谷さんが、自分のしていることを説明してくれました。


「私は西洋占星術と人相占いが得意っす。一番得意なのは、人相占いなんすけど、やると怖いって、みんなから言われるんで、最近は占星術をメインにしてるっす。今は、クラスの友達に頼まれた、好きな子との相性を調べているところっす」


 続けて、本庄さんが補足説明をしてくれます。


「西洋占星術は、複雑な天体の動きや位置を計算してホロスコープを作成する必要があるから、パソコンやタブレットのようなものが必要なの」


 僕が「へー」と感心しながら、深谷さんのほうを見ていると、彼女がこんなことを言ってきました。


「先輩どうっすか。よければ、私の一番得意な人相占いで、先輩の性格や運勢を見てあげるっすけど」


 性格や運勢?


 運勢はともかく、自分の性格は、自分が一番知ってると思うけど……。


 でも、せっかく、見てくれるって言うんなら、見てもらおうかな。


 どれくらい当たるか、お手並拝見ってやつです。


「それなら、頼もうかな」


「じゃあ、私のほうを見てもらうっす」


 僕は、隣にいる深谷さんと向き合います。


 深谷さんは目が大きくて笑顔が似合う、愛嬌のある子で、本庄さんとは違うタイプの美少女です。


 綺麗な顔してるなー。


 うちの部の女子はみんな、粒揃いです。


 深谷さんは真剣な表情をして、じっと、僕の顔を見つめています。


「うーん、つい最近、生きるか死ぬか、みたいな体験をした顔をしてるっすね。でもって、持ち前の強運で、九死に一生を得たって感じっすかねー」


「えっ?」


 僕は本庄さんを見て、あのことを喋ったのか、という意味のアイコンタクトをとります。


 本庄さんは、小さく首を横に振っています。


 ……喋ってないみたいです。


 じゃあ、当てたのは、純粋に深谷さんの能力ってことなんでしょうか?


「あとは、そうっすね。流されやすい性格をしてるっすね。事なかれ主義というか、相手が無茶なことを言ってきても、事を荒立てるのを恐れて、結果的に相手の言い分を認めてしまう、みたいなところがあるっすね。そのせいで、将来、いろいろなトラブルに巻き込まれる感じがするっす」


 僕の顔をさらに詳しく観察するかのように、深谷さんが顔を近づけてきます。


「そ、そうか。いや、もういいよ。それで十分だから」


 僕は慌てて、深谷さんの占いを中断させます。


 深谷さんは「えー、まだこれからっすよー」と言って、残念そうな顔をしてますが、これ以上、続けると、僕のプライベートなことまで全部、暴かれてしまいそうです。


 怖いです、この子。


 人の心を読む、妖怪のサトリみたいです。


 みんなに怖いって、言われるのがよくわかりました。


 占いじゃなくて、超能力とか、霊視とか、そういうのに近いかもしれません。


     ◇


 僕は気分を変えて、水晶玉を見ている、児玉さんのほうを向きます。


 これは、占いに興味のない僕にもわかります。


「児玉さんは、水晶占いが得意なんだね」


 僕がそう言うと、本庄さんが答えます。


「そうよ。こう見えても、児玉さんの占いのキャリアは十年以上あるのよ。親はプロの占い師だしね」


「そんなに長くやってるんだ。水晶占いなんて、実際に見たのは、はじめてだよ。親がプロの占い師なんてすごいな」


 実力のある部員を集めているというだけあって、みんな、レベルが高いです。


 僕が褒めても、児玉さんの表情は変わりません。


 相変わらず、無表情のままです。


「それで、本庄さんは……、タロット占い?」


 僕は彼女の手元にあるカードを見て、言いました。


「ええ。私はタロット占いが得意なの」


 まあ、カードを使う占いは、タロット占い以外、知らないんだけどさ。


 そのあと、本庄さんは、水晶占いとタロット占いについて、特徴をかいつまんで説明してくれました。


「そういうわけで、みんな、それぞれ、得意な占いがあるから、あなたにも、得意な占いを見つけて欲しいのよ。占いは私が教えるわ。まあ、興味がないのはわかるけど」


「そっか。わかったよ。占い部に入部した時点で、占いに興味がない、なにもできないっていうのは、通らないと思ってたからな」


「抵抗しないで、素直に応じてくれて嬉しいわ」


 本庄さんはそう言って、僕を小馬鹿にしたような顔をしました。


「占いを教えてもらうくらいで、どんだけ、僕が抵抗すると思ってるんだよ」


 彼女は、僕をどんな人間だと思ってたんでしょうか。


     ◇


「それで、さっき説明したように、占いにはいろいろあるけど、あなたがしてみたい占いってある? どんな占いがいいの?」


 本庄さんが、僕のしたい占いについて、聞いてきました。


「えーと、占うまで時間がかかるのはイヤかな。それで、占ったら、すぐにズバっと答えが出るような、わかりやすいのがいいな。もちろん、覚えるのが簡単なやつで」


 僕が条件を口にすると、本庄さんは呆れたと言わんばかりの大きなため息をつきました。


 なんだよ、聞かれたから、素直に答えたのに……。


「それなら、水晶占いが条件に近いと思う」


 僕たちの会話を聞いていたのか、児玉さんが話しかけてきました。


「水晶占いなら、時間はかからないし、上級者になれば、答えがすぐに映像で映る。ただし、ほかの占いより、難易度は高い。初心者向けではない。それでもよければ、試してみればいい」


 なるほど、水晶占いか。


「じゃあ、試しにやってみたいな」


「わかったわ。でも、試すのは、数日、待ちなさいよ。部費で水晶玉を購入するから」


 本庄さんが、僕にそう言ってきました。


「わざわざ部費で? 試すだけなのにもったいないよ」


「必要なものには、お金を出すわよ。仮にあなたが使いこなせなくても、部の備品になるだけで、無駄にはならないし」


 そうなんだ……。


 でも、実質、僕のために購入するんだろうし、なんだか気が引けます。


 僕は児玉さんが使っている水晶玉に、視線を移します。


「ねえ、それって、僕が試しに使うことはできないのかな?」


「……ごめん。この水晶玉は、私のエネルギーを取り込んだ、私専用の物。他人のエネルギーが取り込まれてしまうと、占いの精度に影響することがある。悪いけど、他人には使わせられない」


 児玉さんが、伏し目がちに答えます。


「そっか。ちょっと、貸してくれって、気軽に言うわけにはいかないんだね」


 それじゃ、仕方ないよね。


「……でも、使っていない、小さな水晶玉なら、今、持っている」


 児玉さんはそう言うと、部室の棚に置いてある自分のバッグの中から、小さな木箱を取り出して、机の上に置きました。


 木箱に入っていたのは巾着袋で、中には、直径五〜六センチくらいの水晶玉が入ってました。


 児玉さんは、水晶玉をクッションの上に乗せると僕に向かって言いました。


「これを練習用に貸してあげる。昔、使っていたけど、今はもう使っていないから、あなた専用のものとして、部室に置いておけばいい」


「いいの? じゃあ、遠慮なく、使わせてもらうよ。それにしても、普段、使ってない水晶玉なのに、よく持ってたね」


 僕が疑問を口にすると、児玉さんが淡々とした口調で答えました。


「昨日の夜、今日の部活動のことを占ってみたら、あなたがこの水晶玉を使っている映像が見えたから、用意してきた」


「それって、未来予知じゃん!」


 驚きのあまり、叫んでしまいました。


「すごいっす!」


「すごいわね!」


 深谷さんと本庄さんも驚いたようです。


 いや、驚くって。


 高校生が部活でやる占いのレベルを遥かに超えてるんですから。


     ◇


「それで、水晶占いをするには、どうすればいいの?」


 僕は児玉さんに尋ねます。


「水晶玉に知りたいことを問いかけるか、もしくは命令すればいい」


「水晶玉に? じゃあ、問いかける内容は、なににするかな……」


 ……困りました。


 急に言われても、特に思い浮かびません。


 すると、本庄さんが、


「それなら、私の父方の祖父の家がどこにあるか、問いかけてみて。私が知っているものでないと、当たってるのか、確認できないでしょ」


 そう提案してきました。


 それもそうですね。


 よし、さっそく、試してみましょう。


「本庄さんの父方の祖父の家はどこにありますか」


 僕はそう問いかけて、水晶玉を凝視します。


「どう?」


「……うーん、なにも見えないけど」


「やっぱりね。まあ、期待はしてなかったけど。無能ね。ポンコツね。占い部のお荷物決定ね」


 いやいや、なに言ってんの?


 右も左もわからないような初心者が、いきなり試して、成功するほうがおかしいでしょ?


 一回、試してできなかっただけで、ポンコツと決めつけるとか。


 自分に占いの才能があるとは思ってないけど、この言い方はひどいよなあ。


 そんなふうに、僕が心の中で、文句を言っていると、


「……フルネームで問いかけたほうがいい」


 児玉さんがアドバイスをしてくれました。


「フルネームや生年月日など、占う相手の詳しい情報がわかるほど、正確な占いの結果が得られるようになる。今の場合、最低でも、部長のフルネームは言う必要がある」


「そうなんだ。じゃあ、本庄さんの下の名前、教えてよ」


「……え?」


「いや、『え?』じゃなくてさ。今、児玉さんが言ってたでしょ、『詳しい情報がわかるほど、正確な結果が得られる』って」


「…………」


 どうしたんでしょうか?


 本庄さんが黙りこんでしまいました。


 入学の日に、クラスの全員が、教室で自己紹介したのですが、そのときにフルネームを言わない人も結構いました。


 僕はフルネームで自己紹介しましたが、本庄さんは、名字しか言わなかったので、僕は彼女の下の名前を知りません。


「どうかした?」


「……さ」


「さ?」


「……くらひめ、よ」


「えっ、なに?」


「さくらひめって言ったの!」


 下の名前が?


 フルネームが「ほんじょうさくらひめ」だってこと?


 桜の木の桜に、お姫様の姫って書く「桜姫」だよね?


 桜姫……。


 ここで「AV女優っぽい名前だね」って言ったら、怒り狂うんだろうな。


 ……言わないけど。


「そ、そっか。珍しいけど、いい名前だと思うよ。でも、名前に姫ってつけるのは博打だよね。美人に成長したら、姫という名前でもなにも言われないけど、そうでなかったら、バカにされかねないしさ。よかったね、美人に成長して」


 僕は一応、本庄さんのフォローもしておきます。


 いい名前だと思うんですが、当の本人は、その名前が好きではないみたいです。


     ◇


 よし、では、もう一度、占ってみることにします。


「本庄桜姫さんの父方の祖父の家はどこにありますか」


 僕は水晶玉に問いかけます。


「…………ん?」


「どうしたの?」


「いや、なにか、家みたいなものが映ってる」


「ホントなの? 私たちの気を引くために、でまかせを言ってるんじゃないの?」


「するかっ、そんなこと!」


 ホントに見えてるのに、ひどい言われようです。


「これが、祖父の家ってことなのかな? 結構、大きな日本家屋で、家の背後には山が見えるけど」


「当たってるわ。祖父の家は山のふもとにあるのよ」


「あとさ、映像が小さくて、よくわからないけど、家の前に、赤い箱みたいなのがあるね」


「それはたぶん、犬小屋ね。今はもういないけど、私が幼い頃、祖父が犬を飼っていたの。赤い色のペンキで、私が犬小屋を塗った覚えがあるわ。ペンキが余ったから、ついでに、犬の体にも塗って、体の半分くらい塗ったところで、祖父の家にきていた私の親に見つかって、やめさせられたことがあるわ」


「ついでに犬も塗るなっ! どういう神経してんだよ!」


「なによ、私が幼い頃の話だってば! 善悪の判断がつかないくらい幼い頃の! 誰にでもあるでしょ!」


「誰にでもないっての! 本庄さんだけだってのっ!」


 そもそも、本庄さん、今でも、善悪の判断、ついてないでしょ。


 深谷さんを見ると「えー」というような表情でドン引きしています。


 そうそう、それが、今の話を聞いた人の正常な反応だよね。


 児玉さんは相変わらず無表情のままなので、どう思っているのかはわからないけど。


「それで、家はどんなふうに映ってるの? 正面だけ? 家の裏側は見えないの?」


 僕の向かいにいる本庄さんが、興味深そうに聞いてきます。


「そっちからは、見えないの?」


「見えるわけないでしょ。物理的に映っているわけじゃないんだから。映像はあなたにしか、見えてないのよ」


「あっ、そうなんだ。家の正面と背景しか映ってないから、わかるのは、これだけなんだよね。あとさ、映像は確かに映ってるけど、小さくて見にくいんだよね。これって、拡大するときって、どうすればいいんだろ」


「拡大しろって、命令したら?」


「よし。……映像をもっと拡大しろ」


 僕は水晶玉に命令します。


「……ダメだ。大きくならない」


「さっきまで、水晶玉には丁寧に問いかけていたのに、いきなり、拡大しろとか、偉そうに命令するから、水晶玉がヘソを曲げたんじゃないの?」


「どんな水晶玉なんだよっ!」


「もう、肝心なところで使えないわね」


 本庄さんに、こんなことを言われてしまいました。


 僕はついさっき、はじめて占いをしたんだよ?


 映像が映るだけで、十分、すごいんじゃないの?


 ……これって、水晶玉が小さいから、映像も小さいんだよね?


 せめて、そっちの大きなのが、使えればなあ。


 僕は児玉さんの使っている、こっちの三倍はありそうな、大きな水晶玉をちらりと見ます。


「……これはダメ。私、専用」


 僕の視線と思惑に気づいたのか、児玉さんは、僕の視線から遮るように、自分の水晶玉を手で覆い隠します。


「わかってるよ、使わないよ」


 さて、どうしよう、困ったな。


     ◇


「ああっ!」


 思わず、自分でも驚くような、でっかい声を出してしまいました。


「なに、びっくりするじゃない」


「……拡大できた」


「ええっ? どうやって? なにをしたの?」


「普通にこう、スマホを使うときのように、二本の指で水晶玉にふれて、ピンチしたら拡大できたんだけど」


「はあ? スマホじゃないのよ」


「でも、実際、それで映像が拡大できたんだから」


 僕は水晶占いのエキスパート、児玉さんに聞きます。


「ねえ、これが水晶玉の正しい使い方なの?」


「そんなわけない。そんなんで、映像が大きくなったりしない。聞いたことがない。そもそも、水晶玉はそんな使い方はできない」


 児玉さんはきっぱりと否定します。


「でも、スマホみたいに、映像の拡大、縮小ができるよ。まあ、拡大といっても限度はあるけど。それでも前よりは、ずいぶん細かいとこが、見えるようになってる。ほらほら」


 僕は水晶玉にふれて、ピンチ操作を繰り返します。


「あっ、ピンチ操作以外も可能みたい。タップとスワイプで視点が移動したり、方向転換ができる。ん? 家の裏手に大きな木があるね」


「ええ、そうよ。祖父の家の裏手には、大きな桜の木があるのよ」


「それで『さくらひめ』なのか」


 僕が感心したようにつぶやくと、本庄さんが僕の足を蹴ってきました。


「痛っ! なにも悪いこと言ってないだろ!」


     ◇


 足の痛みがおさまったところで、僕は水晶玉に映っている、家の玄関をタップしてみました。


「あっ、家の玄関をタップしたら、室内に入ったよ。室内も移動できるみたいだね。ここは居間かな? 将棋を指している二人がいる。一人は白髪まじりの男性。もう一人は坊さんかな? 袈裟を着てる。白髪まじりの男性は顔がわかるけど、坊さんは、顔にぼかしが入っていて、どんな顔をしているのか、わからない」


 僕は見たままを説明します。


「白髪まじりの男性が祖父ね。もう一人は、近所の寺の住職だと思うわ。将棋仲間よ。顔になんでぼかしが入っているのかは、わからないけど」


 本庄さんが、僕の説明を聞いて答えました。


 僕は次に、家の外の映像に対しても、操作を行ってみました。


「家の前の道路も、水晶玉をタップすると移動できるね。少し離れた隣の家には、洗車をしている人がいる。でも顔はわからない。ぼかしが入ってる。畑には農作業をしてる人もいる。この人も、やっぱり顔には、ぼかしが入ってる」


 なんで、顔にぼかしが入っている人と、そうでない人がいるんでしょうか?


「あっ、これ、占いの対象の人だけ、素顔が見えるのか。無関係の人は、プライバシー保護のため、顔にぼかしが入るんだ」


 ようやく、人の顔にぼかしが入る条件がわかったけど、なんだろ、これ?


「ねえ、あなたの水晶占い、なんで、スマホのマップアプリと操作方法、仕様がそっくりなの?」


 本庄さんが怪訝そうな顔をして、僕に聞いてきます。


「いや、知らないよ。僕が知りたいくらい」


 僕が戸惑っていると、僕の占うようすを見ていた深谷さんが、身を乗りだして、興奮気味に話しかけてきました。


「先輩、すごいっすよ! はじめてやった占いで、こんだけのことができるなんて! 占い部の期待のエース誕生っすね! きっと先輩は将来、世界に名を轟かせるような、凄腕の占い師になるっす!」


 ……ちょっと大げさすぎない?


 でも、褒めてくれるのは嬉しいな。


 児玉さんも、僕の手元の水晶玉を覗き込んで、こんなことを言ってきました。


「映った映像を自在に操作できるなんて羨ましい。あなたに、こんな才能があったなんて知らなかった」


 僕も知らなかったけど?


「昨日は部長がなぜ、あなたを入部させたのか、意味がわからなかったけど、今になって、ようやくわかった。部長の人を見る目を疑った自分が恥ずかしい」


 いやいや、それ偶然だって。


 僕のことをポンコツとか、お荷物とか言ってた本庄さんに、人を見る目や、才能を見抜く目なんて、あるわけないから。


 恥ずかしいと思うことなんて、ないからね?

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