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第6話 占い部結成 後編

「で、どうするの? 入部するの? しないの?」


 本庄さんは立ったまま、椅子に座っている僕に聞いてきます。


 ……高圧的な態度で。


 彼女は自分の立場が、わかっているのでしょうか?


 僕が入部しないと、人数足りないから、部活動、できないんですよ?


 ホントは、本庄さんが僕に頭を下げて、頼み込む立場にあるんですよ?


 僕は心の中で、本庄さんにそう言ってやります。


 まあ、僕は最初から、入部しないって言ってるわけですが……。


 僕は向かいに座っている、二人の女の子のほうを見ました。


 ポニーテールの子は、期待を込めた、キラキラした目で僕を見ています。


 そんな目で見るなよ……、断りづらくなるじゃないか。


 ショートヘアの子は、無表情で僕を見ていますが、早く部活動をはじめたいって言ってたし、心の中では、僕が入部するのを期待しているはずです。


 二人とも美少女だし、本庄さんも性格さえ気にしなければ美少女だし、男は僕一人だから、常に美少女に囲まれているわけで、部活環境は悪くありません。


 でも、さすがに、そんな理由で入部するわけにはいきません。


 僕が本庄さんのほうを見ると、彼女と目が合いました。


 僕をにらみつけています。


 彼女は、人をにらみつけて、圧力をかけることしか能がないのでしょうか?


 これ、チキンレースじゃないですか。


 二台の車が離れた場所から、相手めがけて突進して、衝突の恐怖にびびって、先にハンドルを切って、避けたほうが負けという、アレ。


 僕は本庄さんの「入部しなさい」という、無言の圧力をはねのけようとします。


「………………」


「………………」


 僕と本庄さんでにらみ合い、しばらく無言の時が流れます。


     ◇


「……ま、まあ、そこまで僕を必要としてるなら、入部してやっても、いい、かな?」


 僕は彼女から視線をそらすと、そう言いました。


 ――先にハンドルを切ったのは、僕のほうでした。


 いや、これは断じて、本庄さんの圧力に屈したわけではありません。


 せっかく、あと一人で部活動が認められるのに、僕が断ったら、この子たちが、がっかりするだろうからという、この子たちを思ってのことです。


「やったー、これでやっと部活動できるっす」


 ポニーテールの子がバンザイして喜んでいます。


 ショートヘアの子は、これで部活動できることが確定して安心したのか、スマホを取り出していじりはじめました。


「なら、これで四人ね」


 僕に無言の圧力をかけていた、本庄さんの表情が緩みます。


「今、入部届けを出してくれる? スマホ持ってるでしょ?」


 本庄さんが僕の隣にきて、腰をかがめるようにして、スマホからの入部方法を説明してきます。


「ここの『未承認の部活動』というカテゴリから、『占い部』というのを選択して」


 隣りで説明する本庄さんから、甘い香りがします。


 なんで、女の子って、こんな甘い香りがするんでしょうか。


 僕の顔のすぐ横には、本庄さんの顔があります。


 切れ長の目、長い睫毛、そして……、視線を下に移すと、豊かな胸の盛り上がりが見えます。


 僕は昨日のハイキングで見た、下着姿の本庄さんを思い出します。


 …………。


 なんか顔が熱いです。


 僕の顔は今、真っ赤になっているのかもしれません。


 なんだかんだ言っても、やっぱり本庄さんは綺麗ですよね。


 外見だけは。


 ……中身はアレですが。


 なにかの間違いで、卒業間近にこんな感じの綺麗な(もちろん心も)女の子が「あなたが好きなの。あなたといつまでも一緒にいたいの」とか言って、僕の胸に飛び込んできたりしないでしょうか。


 ……って、あるわけないですよね。


 バカな妄想をしつつも、僕は本庄さんの指示通り、スマホを操作して、入部手続きを完了させました。


「はい。これで入部完了ね」


 本庄さんはそう言うと、嬉しそうに笑います。


 黙っていても綺麗ですが、笑うと一段と綺麗です。


 自分で美少女とか言うだけのことはあります。


「じゃあ、顔合わせもすんだし、今日はこれで終わりよ」


 そう言って、本庄さんが僕のそばから離れようとします。


 あっ、まだ肝心なことを教えてもらっていません。


 慌てて、僕は彼女に声をかけます。


「ま、待ってよ」


「なに?」


「この子たちの名前を教えてよ。僕はまだ知らないんだから」


 僕は向かいに座っている、二人のほうを手で示します。


「なんのために?」


「だって、これから同じ部の仲間でしょ。相手の名前知らなきゃ、なんて呼べばいいのさ」


「適当に名前つければ?」


「ペットじゃないんだから! そんなことできるか!」


「仕方ないわね。じゃあ、教えてあげるから、しっかり覚えなさいよ。そっちが児玉こだまさんで、こっちが深谷ふかやさんよ」


 ショートヘアの子が児玉さんで、ポニーテールの子が深谷さん……、と。


 本庄さんは部員の名前を教えるくらいで、なんで、こんなに偉そうなんでしょうか。


「なるほど、わかった。それで、下の名前は?」


「はっ? 下の名前? フルネームを知りたいってこと? なんでフルネームを知る必要があるの? 会話するときは、上の名前だけ知ってれば十分でしょ? 下の名前はなんのために必要なの?」


「えっ?」


 なにか、本庄さんの気に障るようなことを言ったでしょうか。


 彼女は畳み掛けるように質問すると、僕に詰め寄ってきます。


「もしかして、部活のときは、女子を下の名前で呼ぼうとか思ってるの? 小説の主人公みたいに」


「い、いや、そんなこと思ってないけど」


「現実と妄想を一緒にされると困るから、教えてあげるけど、現実では、女子の下の名前なんて聞いても、恋人か、それに近い関係にでもならない限り、呼ぶ機会なんてないわよ」


「わかってるよ! そうじゃなくて、部活の仲間だから、フルネームくらいは知っておこうかなという、軽い気持ちで聞いただけなんだって。別に、下の名前は知らなくてもいいし、下の名前で呼ぶつもりもないから」


「……ならいいわ」


 本庄さんはそう言うと、僕から離れていきます。


 あー、びっくりしました。


 下の名前を知りたいと言ったら、突然、本庄さんの態度が豹変しましたが、なんだったんでしょうか。


     ◇


 さてと……。


 僕は気を取り直して、二人のほうを向いて挨拶します。


「僕は九組の上里睦月かみさとむつき。これから、よろしくね」


 スマホをいじっていた児玉さんは、少しだけ顔を上げて、僕と目を合わせると、


「……わかった」


 と、一言だけ返してきました。


 そして、また、下を向いて、スマホをいじりはじめました。


 うっ……、なんか、僕には関心なさそうです。


 僕が入部したことで、念願の部活動ができるようになったし、もうそれだけで十分なんでしょうね。


 ホントに数合わせ、ということでしか期待してないのかもしれません。


「よろしくっす、上里先輩」


 深谷さんは、手を上げて、元気に挨拶を返してきます。


「え、先輩って?」


 この学校には、僕たち、一年生しかいないはずだけど?


 すると、本庄さんが答えます。


「ああ、言い忘れてたけど、深谷さんは、飛び級で三年早く、うちの学校に入ってきたのよ。だから、本来は中学一年生よ」


 飛び級?


 すごいじゃん!


 飛び級した生徒なんて、はじめて見ました。


「そうなのか、だから先輩って言ったのか」


「そういうわけっす」


 深谷さんは、中学一年生のわりには発育がいいから、十分、高校生に見えます。


 児玉さんとは正反対ですね。


 まあ、同じ学年なんだから「先輩」じゃなくて、普通に名字だけで呼んでもらっても構わないんだけど――。


「これで、部が結成できたし、顔合わせもすんだわね。私はこれから、部室を確保したり、いろいろすることがあるから、今日はこれで終わりよ。明日は放課後、部室棟にきてね」


 本庄さんがそう言って部屋を出ると、ほかの二人も、部屋から出ていきます。


 僕が部活に入るのは、小学校、中学校を通して、これがはじめてです。


 夕食のこともあるので、陽菜には、僕が部活動をすることを話さないといけないわけですが、話したら驚くだろうな……。


     ◇


 その日の夜、僕は自宅のダイニングで、妹の陽菜と二人で夕食をとっていました。


 我が家は両親の帰宅が遅いので、本来は、僕と陽菜の二人で協力して、夕食を作らないといけないのですが、作ったのは僕一人です。


 あいかわらず、陽菜は僕に頼り切って、手伝うことすらしません。


 でも、そうやって陽菜を甘やかすのも、今日限りです。


「お兄ちゃん、部活に入ることにしたから」


 僕は陽菜に、部活動をすることを伝えました。


「ええー! お兄ちゃんが部活に入るなんて! な、なんで! どうして!」


 陽菜は仰け反って、椅子から転げ落ちそうになり、腕をお椀にぶつけてひっくり返し(お椀は空だったからよかったけど)、箸でつかんでいた、デミグラスソースがたっぷりついた、煮込みハンバーグを皿の上にボチャンと落っことします。


 ――驚きすぎだろ!


 ある程度の反応は予想していたけど、ここまで、驚かれるとは思わなかったよ。


「いや、せっかくの高校生活なのにさ、ただ授業を受けて、帰ってくるだけの毎日を繰り返すだけなんて、もったいないかなーと思ってさ。今はバイトもしてないし、塾にも行ってないだろ。そんなら、部活に入って、もっと充実した高校生活を送ろうかなと思って」


 さすがに、なかば強制的に入れられた、とは言えないので、僕は適当な理由をつけて、もっともらしく言います。


 その後、陽菜は当然のごとく、なんの部活に入ったのか、しつこく聞き出そうとしてきましたが、僕はうまく、はぐらかしておきました。


 まあ、文化系の部活であることくらいは、伝えておきましたが。


 陽菜は、僕が今まで、占いなんてものに興味なかったことを知ってるから、正直に「占い部」なんて言ったら、好奇心丸出しで、入部のきっかけを追求してくるに決まってます。


 わざわざ燃料を投下する必要もないので、部活に入ったということだけを伝えて、それ以外のことについては、黙っていようと思います。


     ◇


「そういうわけで、お兄ちゃんは部活で帰るのが遅くなるから、今後は、自分で夕食を作って、食べてくれよな」


 僕がそう言うと、


「はあっ? いきなり、自分で作れって言われても、私、今まで夕食、作ったことないよ!」


 陽菜はハンバーグを頬張りながら、猛抗議してきました。


「それは、いつもお兄ちゃんに作らせているからだろ。以前から、夕食は二人で協力して作るように言われてるのに、なにもしない自分が悪いんだろ。もう、中学二年生なんだし、簡単な料理くらい、自分で作れるだろ? お兄ちゃんの分まで作れとは言わないから」


「中学二年で自分の夕食を作ってる子なんて、まわりにいないよ!」


「それは、いつも親が自宅にいるとか、親の帰宅が早かったりとかで、親が作ってくれるから、自分で作る必要がないというだけだろ。うちは、両親が共働きで、しかも帰宅が遅いという、特別な事情があるんだから、よそと比べるなよ。ネットで検索してみろ、まわりにいないというだけで、自分で夕食を作ってる中学生は結構いるから」


「えー、今まで通り、毎日、お兄ちゃんに作って欲しいのにー」


 陽菜が不満そうな顔で、こんなことを言っています。


 受け止めかたによっては、お兄ちゃんの手料理をいつまでも食べていたい、というかわいげのある発言に感じるかもしれませんが、実際は、自分が作りたくないから、僕を奴隷のように、いつまでもこき使っていたい、という意味の発言です。


 騙されてはいけません。


 陽菜は女の子なんだし、今のうちに、簡単な料理くらいは作れるようになっておいたほうが、本人のためになるよな?


 将来、彼氏ができたとき、相手のために、お弁当や料理を作ることもあるだろうし。


 今の陽菜を見ている限り、男っ気ゼロで、そんな日がくるとは、想像もつかないけど。


 いつか、こんな妹でも、好きと言ってくれる男の子が現れるんだよな?


 こんな、見た目も中身も子供っぽい妹に、と思って、陽菜の胸元を見ると――。


 ええっ、む、胸がふくらんでるんだけど……。


 今まで、意識的にじっくり陽菜の体を見たことなかったから、気づきませんでした。


 いつのまにか、見た目のほうは、年相応に成長していたらしいです(中身のほうも相応に成長してほしいけど)。


 時がたつのは早いものだなあと、僕は感慨にひたりながら、陽菜の顔を見ていました。


「あっ、お兄ちゃん、今、私の胸、見てた!」


 いきなり、陽菜にそんなことを言われて、僕はドキッとします。


「えっ、いや、見てないよ(見たけど)」


「ウソ! お兄ちゃん、私の胸を見て、そのあと、顔を見たでしょ!」


 うっ、鋭い!


 なんで、わかったんだろ?


「女の子はね、男の子の視線には敏感なんだよ。本人はバレないと思ってんだろうけど、視線が胸にいったのは、すぐわかるんだから」


 ええっ、胸を見たのって、相手には全部バレてるの?


 それじゃあ、今日、紹介された、初対面の女の子二人にもバレてるじゃん。


「やらしー。お兄ちゃんから性的な視線を感じたっ」


 陽菜は、さっと両腕で胸を隠します。


「バ、バカッ、なに勘違いしてんだよ! こ、これは、アレだ、ほら、陽菜、さっき、ハンバーグを皿に落っことしただろ。それで、ソースがハネて服についてないかを見てたんだよ」


「……怪しい。なんだか、すっごく動揺してるように見えるんだけど」


「陽菜がいきなり、そんなこと言うもんだから、びっくりしたんだって」


「でも、やっぱり、見てたんじゃない」


「胸を見てたんじゃなくて、服が汚れてないかを見ていただけだっての」


「えー、ホントかなー」


「ホントだって。兄が妹を性的な目で見るわけないだろ。ほ、ほら、自分でも服を見て、汚れてないか、確認しろよ」


 僕がそう言うと「そうかなー、気のせいだったのかなー」とブツブツ言いながら、ソースがついてないか、自分の服の胸元を引っ張って、確認をしています。


 ……ふう。


 これで、どうにか、ごまかせたはずです。


 自宅で、服の上から妹の胸を見るのも許されないとは、まったく、世知辛い世の中になったものです。


     ◇


 では、話題を元に戻すことにします。


「それで、夕食の話だけど――」


「ねー、そのことだけどさ、お兄ちゃんが帰ってくるまで、待ってたらダメ?」


「夕食の時間が遅くなるだろ。お兄ちゃんが、いつもより早めに作ってやったときでも『遅いー、お腹減ったー』とか言ってるくせに、我慢できるわけないだろ。お兄ちゃんを待たないで、自分で作ること」


 陽菜はブーブー文句を言っています。


 うーん、なかなか納得しないな。


 このまま、話を終わらせてもいいけど、やっぱり、本人が納得するに越したことはありません。


 仕方ない、奥の手を出すことにします。


「ホント、陽菜はいくつになっても、甘えん坊だなー。そんなに、お兄ちゃんのことが好きなのかなー? 陽菜が、お兄ちゃん離れできるのは一体いつになるのかなー? 遅く帰ってきたら『やっぱり、お兄ちゃんがいないと、なにもできなーい』とか言って、抱きついてくるのかなー? そんなことされたらかわいいけど、お兄ちゃん困っちゃうなー。えっ、このブラコン妹めっ」


 僕は陽菜にそう言うと、トドメに陽菜のほっぺに人差し指を押し当て、うりうりします。


 すると、陽菜はみるみるうちに顔を真っ赤にして、


「はあっ? なに言ってんの! そんなことあるわけないじゃん! それに、ブラコンじゃないし! 作り方なんて、ネットで動画を見れば、すぐわかるし、調理実習でカレーとハンバーグを作ったことだってあるんだから! お兄ちゃんがいなくても、夕食くらい一人で作れるんだから!」


 と、僕に言い返してきました。


 陽菜が予想通りの反応をするのがおかしくて、僕はつい声を出して笑いそうになりましたが、必死にこらえます。


「あっ、そう。それなら、これで夕食の問題は解決したな、よかったよかった。じゃあ、今後は自分で作って食べる、ということで」


 うん、うまく、焚きつけることが、できたみたいです。


 まあ、陽菜は自分で作れるって、啖呵を切ってたけど、実際、どの程度、作れるのかわからないので、サポートはするつもりです。


 でも、陽菜は意外と器用なとこがあるから、いざ作らせてみたら、苦もなく、それなりの料理を作ってしまうかもしれません。


 逆に、料理を作るのが面倒くさいとか言って、かわりに、コンビニ弁当やお菓子ですませようとするのなら、また考えようと思います。

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