第10話 コスプレデー 前編
翌日。
今日は入学してから、はじめてのコスプレデーです。
七本木学園高校では、一年のうち何日かが、コスプレデーに設定されていて、その日、生徒は学校が用意した、ユニークな衣装を着て(コスプレして)、放課後まで過ごすことになっています。
なんで、学校でコスプレをするのかというと、変化のない日常に刺激を与える、というのが理由らしいです。
なお、今日のコスプレデーで僕たちが着るのは、ファンタジー系の衣装、ということです。
そういうわけで、僕は登校すると、教室ではなく、衣装が用意されている体育館へと、そのまま向かったのでした。
◇
体育館へ行くと、カウンターと更衣室が設置されていて、戦士や神官、魔法使い、村人といった、ファンタジー系のマンガやアニメに出てくるようなキャラにコスプレした生徒が、あちこちをうろついてました。
僕は、自分のスマホに表示されている衣装番号をカウンターの職員に提示して、衣装の入った手さげ袋を受け取ります。
袋には「魔法使い」と記載されています。
実は、コスプレデーで着る衣装は、自分で選ぶことができません。
それどころか、今みたいに、当日、衣装を受け取ってからでないと、自分がなんのコスプレをするのかさえ、わからないのです。
完全に「当日になってからのお楽しみ」なのです。
僕は空いている更衣室に入り、そこで衣装を広げてみました。
魔法使いというので、さっき見た生徒が着ていた「つばの大きな黒い帽子と黒いローブ」のような、黒一色の地味な衣装を想像していたのですが、デザインが違ってました。
僕が受け取ったのは、フード付きのローブみたいな感じの衣装で、生地の色は黒ですが、裾や袖口などに、金糸での刺繍が施してあります。
魔法使いにしては、結構、派手な衣装なので、これは、山奥にひっそりと住んでいる魔法使いではなく、王宮に呼ばれて、王様に進言するような、高位の魔法使いをイメージしたものなのかもしれません。
ローブ裏側の見えないところには、大きなポケットがあって、スマホや小物を入れられるようになっています。
衣装には、結構な金をかけているようで、生地は厚く、縫い目もしっかりしていて、チープさは感じられません。
僕のような素人から見ても、衣装の出来はとてもいいことがわかります。
衣装に付いてきた注意書きには「上着を脱いで着用」とあるので、僕はブレザーを脱いで、ワイシャツの上から、ローブを羽織ります。
フードはかぶると、視野が狭くなってしまうので、かぶらないことにします。
袋の中には、衣装のほかに、靴も入っているので、今、履いているスニーカーから、その靴に履き替えることにします。
くるぶしが隠れるくらいのブーツみたいな黒い靴で、サイズもピッタリです。
魔法使いの衣装に着替えた僕は、更衣室の鏡の前でくるりと回って、全身を確認します。
うん、はじめてコスプレしたけど、わりと似合っているような気がします。
脱いだ上着と靴は、衣装の入っていた袋に入れて、カウンターに預けました。
帰るとき、衣装と引き換えになるそうです。
◇
体育館の奥のほうに、人だかりができています。
なんだろうと思って覗いてみると、黒猫を抱いた女子がその中心にいました。
黒猫は言うまでもなく、理事長です。
理事長は、自分を抱いている、村娘の衣装を着た女子に、衣装の感想を聞いているようです。
久しぶりですね、これだけ間近に理事長を見たのは。
例の暴走したアバターロボを捕獲したとき以来でしょうか。
あのときは、本物の猫の肛門に指を突っ込んだりして、ひどい目にあいました(一番ひどい目にあったのは、突っ込まれた猫ですが)。
人だかりから少し離れたところに、タイトスカートを履いた、女性の秘書が立っています。
理事長は、僕が見ていることに気づくと、床に飛び下りて、僕の足元まで走り寄ってきました。
「お前は以前、捕獲に協力してくれた生徒だニャ」
僕は足元にいる理事長を抱き上げます。
「そうです。九組の上里です」
一応、顔は覚えていてくれたみたいですね。
「お前の言った通り、あれから首輪を付けたのニャ」
そう言う理事長の首には、以前にはなかった、赤い首輪がついています。
「よく似合ってますよ。黒猫に赤い首輪は定番ですよね」
「私も気に入ってるのニャ。今、生徒たちに、衣装の感想を聞いていたところなのニャ。お前のその衣装はどうニャ?」
僕に抱っこされている理事長が、そんなことを聞いてきました。
「えーと、そうですね。こういう衣装を着たのは、はじめてですけど、予想以上にしっかり作られていて、出来はいいと思います。まあ、事前に好きな衣装を選べたほうが、よかったとは思いますが」
僕がそう言うと、理事長が答えました。
「自分で好きな衣装を選べると、人気のある衣装と人気のない衣装にわかれて、偏りがでてしまうから、ダメなのニャ。だから、自分で衣装を選べないようになっているのニャ」
「そうなんですか。じゃあ、着る衣装はランダムで決まるんですか?」
僕は理事長に質問します。
「ランダムではないのニャ。入学のときに行った健康診断のデータに基づいて、体格にあった衣装が選ばれるようになってるのニャ。例えば、戦士の衣装を着られるのは、戦士が似合う、背が高くて体格のいい生徒だけなのニャ。魔法使いは、逆に、体格がいいと似合わないので、痩せてる生徒や小柄な生徒だけが、その衣装を着られるようになっているのニャ」
「へー、ランダムじゃなかったんですか」
だから、僕は魔法使いの衣装なんですね。
「衣装によって、着られる条件がいろいろ決まってるのニャ。中でも、プリンセスとプリンスの衣装は別格ニャ。これは、容姿も条件に入っているので、着られる生徒は、選ばれた、ごく一握りの美少女、イケメンだけなのニャ」
「えっ、そんな衣装もあるんですか?」
僕は館内を見回しますが、それらしき衣装を着ている生徒は見当たりません。
「いないみたいですけど……」
「今はいないのニャ。少し前に、プリンセスの衣装を着た女子生徒が一人いたのニャ。そのときは、すごい人だかりだったのニャ」
うわー、それは見たかったな。
「私はまだ、多くの生徒に感想を聞かないといけないのニャ。そろそろ下ろすのニャ」
「あっ、はい」
理事長を床に下ろすと、すぐに一人の女子が、待ってましたとばかりに抱き上げます。
すると、他の女子が「さわりたーい」「抱かせてー」と言って、まわりに集まっていきます。
……それ、操作してるのは、じいさんなのに、そんなにいいんでしょうか。
これだけ生徒に人気があるところを見ると、少女の声にボイス変換しているのは正解でしたね。
じいさんの声だったら、ここまで人気はなかっただろうし。
さて、着替えたことだし、そろそろ、教室に行くことにします。
◇
一時限目がはじまる前の教室。
魔法使い姿の僕が、教室の前のドアを開けると、いつもは聞かれない「おおー」という、クラスメイトの歓声が聞こえてきました。
どうやら、誰がどんな衣装を着てくるか、みんなで観察しているようです。
普段はクラスメイトに注目されることのない僕ですが、はじめて注目されてしまいました。
教室を見渡すと、既にクラスの半数程度の生徒が登校していて、友達同士で衣装を見せ合ったりしています。
僕が席に座ってスマホをいじっていると、教室の後ろのほうで、男子の「うおおー、すっげー」と叫ぶ声が聞こえました。
僕が声につられて後ろを見ると、ショートヘアの女子が、後ろのドアから、体をかがめて、こっそりと教室に入ろうとしていました。
彼女はビキニのような鎧を身につけ、さらに、腕と足にも防具のようなものをつけています。
これらの防具には、凝った装飾とメタリックな赤い塗装が施され、金属っぽい質感がでています。
スマホなどの小物を入れるためなのか、腰にはベルトポーチのようなものがついています。
靴はブーツのようなものを履いてますが、こっちも衣装にあわせてメタリックです。
――こ、これは!
あの有名な、ビキニアーマーと呼ばれる衣装じゃないですか!
彼女はバレー部に所属している、岡部さんです。
長身でむっちりした肉つきのいい体と、豊かなバストが目を引く、特に男子に人気のある女子生徒。
愛嬌があって、性格も明るく、誰とでも話すので、友達の多い子です。
岡部さんは男子に見つかって「ぴゃっ」と驚いた声を上げました。
目立ちたくないから、後ろのドアからこっそり入ってきたんでしょうが、あいにく、彼女の席は教室の前のほうにあります。
どう考えても、途中で見つかって、大騒ぎになるのはわかりきっています。
それなのに、後ろのドアから入れば見つからないと、本気で思っていたんでしょうか。
岡部さんの存在に気づいた男子たちが歓声を上げて、次々と彼女にスマホを向けはじめます。
自分が撮影されていることに気づいた岡部さんは、その場でしゃがみ込んで、両腕で胸を隠して「やめてえ、撮らないでえ」と訴えてますが、男子たちは彼女の訴えを完全に無視して、スマホで撮影を続けています。
……まあ、普通の男子なら撮らずにはいられないよね、これは。
ムチムチした体つきしてる子だし、しかもそんな子が、ビキニ姿なんですから。
クラスの女子で、ビキニアーマーを着ているのは、彼女だけです。
そして、ここまで露出度が高い衣装を着ているのも、彼女だけです。
今の時点で、これだけ恥ずかしがってるのに、彼女は放課後まで耐えられるんでしょうか。
岡部さんは席についてからも、男子たちからスマホを向けられ、撮影されているようです。
衣装が当日、そのときにならないとわからないのは、不親切だなと思っていましたが、今の彼女の反応を見ると、やっぱり、わからないのが正解かもしれません。
こういう露出度の高い衣装を自分が着ることになると事前に知っていたら、イヤがって、学校にこないかもしれませんから。
教室を見ると、もうほとんどの生徒が登校しているので、彼女がクラスで一番、目立つ衣装だったようです。
と思っていたら――。
◇
教室の前のドアが開くと同時に、ひときわ大きな歓声が上がります。
男子の歓声以外にも、女子の悲鳴のような歓声も混じっています。
ドアを開けて入ってきたのは……。
――本庄さんでした。
彼女は、肘くらいまでの長さがある白い手袋をはめて、細かな刺繍が施された、高級感のある白いドレスを着ています。
頭と首には、たくさんの宝石と装飾がついた、ティアラとネックレスをつけています。
ドレスの胸元が開いているため、胸の谷間が見えてますが、デザインのせいか、下品さは感じられません。
一目見ただけで、なんの衣装かわかりました。
本庄さんが着ているのは、プリンセスの衣装です。
どうやら、彼女が、理事長の言っていた「選ばれた、ごく一握りの美少女」だったようです。
本庄さんの胸の谷間に魅了されたのか、普段は会話もしない男子たちが、わらわらと彼女のまわりに集まっていきます(女子も集まっていますが)。
最初のうちは、普段と違うクラスメイトの反応に戸惑っていた本庄さんでしたが、チヤホヤされているうちに、まんざらでもなさそうな態度に変わります。
本庄さんは、クラスメイトから「美人で背が高いから、衣装映えするね」とか「ホントのお姫様みたいだね」とか言われて「そうかしら」などと謙遜しているようです。
……そんなこと、絶対、カケラも思ってもないくせに。
僕の知る彼女の真実の姿をみんなにも、教えてやりたいくらいです。
◇
休み時間になると、プリンセスの衣装を着ている美少女を一目見ようと、ほかのクラスから男子が大勢集まってきて、教室の前に人だかりができていました。
彼らの話からすると、プリンセスの衣装を着ている女子は、本庄さんのほかには、一人しかいないらしいです。
あと、うちのクラスではいませんでしたが、ほかのクラスでは、プリンスなる衣装を着た男子もいたそうです(そちらのクラスでは女子の人だかりができていたとか)。
本庄さんはこの日、ずっとクラスメイトに囲まれていて、大モテでした。
よかったね、これを期に、ぼっちから卒業できるといいね。
衣装は、午後五時までに返却するようにと言われていたので、放課後になると、僕はすぐに体育館へ行って、衣装を返却して、それから部室へと行きました。