4、路地裏の影
翌日。
いつも通り店先の掃除をしてシエルさんと朝食を食べた後、買い出しを頼まれたので昨日と同じように渡されたメモを持ってでかけた。
店のカウンターの上には俺が昨日買ってきたかすみ草の花束が透明な花瓶に飾られている。
シエルさんがかなり喜んでくれて、すぐに花瓶を用意してくれたのだ。
成り行きとはいえ買ってみてよかった。
かすみ草を横目にその時の事を思い出しながら店を出てスーパーに向うと、途中あの花屋の前を通った。
店の中にいるのだろうかあの女性の姿はなかった。
昨日、彼女と初めて話した時の優しい笑顔が一瞬頭の中をよぎる。
綺麗な人だけど彼氏とかいるのかな?
……って何考えてんだ俺は。
ほんの少しだけ頭によぎったそれは左右に強く首を振った事で消し去って、自分に言い聞かせる。
今の俺は記憶を取り戻す事だけを考えないとダメだ。
いつまでもこのままシエルさんのお世話になっているわけにはいかないだろ。
それに今はとりあえず、頼まれた買い出しを済ませて早く店に戻らないと。
もうすぐ開店時間だからお客さんが来る。
帰りが遅くなるときっとシエルさんが困ってしまう。
俺は急いでスーパーに向かい買い出しをすませて帰路についたが、いつも通っている色んな店が並んだ道は今日が休日だからか人が多くて時間がかかりそうだ。
そこで、1本裏にある人通りの少ない道から帰ろうと慣れない道を1人で歩いた。
ここには店もないし人もいない。
遠くの方から人の声がかすかに聞こえるが、それ以外はとても静で俺の足音が反響して聞こえる。
1本道を変えただけなのにまるで異世界に迷い込んだみたいな不思議な気分だ。
店までの半分ほど歩いた頃だった。
少し先の方に1人の女性が歩いているのが見える。
……あの人ってもしかして。
花屋の綺麗な女性店員。
でも、なんだかいつもと違う。
少し様子が変だ。
足元がふらついてるし時々後ろを見ながら、まるで何かに怯えているみたいな表情を浮かべている。
それに、よく見ると顔とか手首とかいたるところが擦り傷だらけで血が滲んでいる。
「……あの!」
「……」
「え?ちょっと!」
何かあったのではないかと心配になって声をかけようと近づいたその時、女性は肩から力が抜けたように小さな音を立てて倒れてしまった。
焦って駆け寄り肩を揺らすが、気を失っているようで返事は全くない。
「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」
息はしてるけど何度呼びかけても起きる気配はない。
どうすればいいんだ?
警察?救急車?
ダメだ……今の俺には携帯なんてないし、見渡す限り他に歩いている人もいない。
でも、このまま放っておくわけにはいかない。
……そうだ!シエルさんのとこに連れていこう!
店は近いし電話もあるはず。
俺は女性を背負って走り、急いで店まで戻って勢いよく扉を押し開けた。
この人をなんとしても助けたい。
その想いで俺はとにかく必死だった。
何故ここまで必死にになるのかよくわからなかった。
けど、俺だってシエルさんに助けてもらったから今こうやって生きているわけだし、それが当然だと思った。
「シエルさん!」
「え?ちょっとどうしたの?そんなに慌てて……え?この子誰?何があったの?」
突然の出来事に驚きを隠せないシエルさんにとりあえず簡単に説明をした後、店の奥にある俺が目覚めた時にいた部屋まで女性を運んだ。
ソファに横たわる彼女はよく見れば服も所々ボロボロでとても酷い状態だった。
一体彼女に何があったのか。
「……かわいそうに。でも大きな怪我はしてないみたいだわ。店に救急箱があるから取ってきてくれる?」
「わかりました」
俺は急いで店に戻り棚に置いてあった白い救急箱を手に取ってシエルさんに手渡す。
シエルさんは慣れた手つきで手当をすませてそっと持ってきた布団を上からかけた。
「……あの、救急車とか警察とか呼ばなくてもいいんでしょうか?」
「そうね、怪我は大したことないから起きるまで少し様子をみましょ。警察に連絡するかは本人に事情を聞いた後で判断するのがいいと思うわ」
「……わかりました」
そういいつつも俺は彼女が心配でしかたなかった。
夕方頃まで店を手伝いながら何度も奥の部屋に行って、呼吸や脈を確認した。
大丈夫、眠っているだけだ。
きっとすぐ目を覚ますさ。
何度も自分に言い聞かせる。
でも、どうしてだろう?
知人でもない人間にこんなに心がざわつくのは。
やっぱり、俺は昔どこかで彼女と会った事があるのではないかとそんな気がする。
結局、店の営業時間が終わるまで彼女が目を覚ますことはなかった。