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孤独の幻影  作者: 咲夜
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3、かすみ草

それから俺は店の手伝いをしながら少しでも早く記憶が戻ればと体を動かしたり、外に出て街を歩いたりと自分に出来る思いつくかぎりの事をして過ごした。

別に焦っているわけではないんだけど、何もせずにただ待っているのではなくて、自分から行動を起こさないとダメだと思った。


俺がシエルさんと生活するようになって何日がたっただろうか、今日も朝早くに起きて店の前を掃除する。

最近はほぼ毎日、これが日課になっているから大分手つきも慣れたもんだ。


これは今の俺ができるシエルさんに対しての精一杯の感謝の気持ち。

こんなんじゃ全然足りないけどこれから少しづつでも足りない分を返していくつもりでいる。


営業時間の間は皿洗いとか空いた席の掃除とか料理の提供なんかを手伝っている。

店に来る人達はだいたいみんな常連客でシエルさんとも仲が良く、その人柄からか差し入れを持って来る人とか今度、釣りにでも行こうなんて誘ってきたりと良い人ばかりだ。


もしかしたら、俺の知り合いが来るかもしれないと思って店の仕事を手伝いながらそんな人達を横目に見ていたけど、どの人も知らない人ばかり。

もちろんそんな俺に声を掛けてくる人もいない。

時々『新人さんかい?』と聞いてくる人もいるけどやはりそれだけで進展は特にない。


買い出しのついでに街に出て歩いても、見覚えない景色ばかりでやはりなにも思い出せない。

俺は、どこか遠くの街から来たのだろうか?

だとしたら何故ここに来たんだろう。


何一つ成果がなく苛立ちを感じ始めたある日、掃除をしているとシエルさんに呼び止められていつものように買い出しのメモを渡された。


「これ、買ってきてくれる?いつも悪いわね」

「いえ、わかりました。行ってきます」


メモには丁寧な字でお店で使うだろう食材や雑貨名がいくつか書かれている。

今日はいつもより少ないな。


「これお金ね、お釣りは飲み物でも買っていいからね」

「わかりました。いつもすみません」


シエルさんは俺の事を息子のように可愛がってくれて、

いつも買い出しの時はお釣りは好きな物を買いなさいなんて子供のお使いのように渡してくる。

ありがたい事ではあるけれど少し照れくさいような気持ちと情けない思いでなかなか複雑だ。


店を出ていつも使っているスーパーに向かいメモにある物を早々に買い集めて帰路についた。

ここまではいつも通り。

あとは帰るだけだけど、自販機を見つけたのでお言葉に甘えて缶ジュースを1つ買って飲むことにした。


選んだのは炭酸のジュース。

どうやら甘いものは好みのようでこのジュースは俺のお気に入りになった。

強めの炭酸に少しむせながら帰路の方に目を向けると、小さな花屋さんが目に止まった。


とても綺麗な色とりどりの花達が太陽の光を浴びて、どれもキラキラと輝いて見えた。

その美しさに吸い込まれるように店を覗いていると、中から1人の若い女性が出てきてこちらに気づいて近づいてきた。


「いらっしゃいませ。お花、お好きなんですか?」

「え……はい」


この人は、いつも買い出しの時にここを通ると優しい笑顔で挨拶をしてくれるからなんとなく印象に残っていたけど会話をしたのは今日が初めて。

シエルさん以外ほとんど、人と話す事がない俺はなんて話せばいいのわからずに戸惑っていた。


「いつも店の前を通りますよね、もしかして近くに住んでいるんですか?」

「はい……」

「そうなんですか、今日は何かお探しですか?」


なんて、答えよう?

別に花を買おうと思ったわけじゃないけど、そんな事いいずらいし……


その時、頭に浮かんだのはシエルさんの顔だった。

そうだ、前にもらったお釣りも少し残っている。

せっかくだからお世話になってるお礼に花でも買っていったら喜んでくれるかな?

お店に飾ったらきっと雰囲気もいいし、なかなかにいいアイディアじゃないか?


「……あの、お世話になってるお店へテーブルに飾る花をプレゼントしたいな、なんて思って」

「なるほど、それならかすみ草を使うのはいかがですか?花言葉は感謝、幸福。お礼の気持ちとお客様に幸せが訪れるようにってシンプルな色なので飾るのにもオススメですよ」


彼女はそう言うといくつかの花とかすみ草を合わせて小さな花束を作って見せてくれた。

確かに店の雰囲気に合うかも。

花言葉なんて気にした事はなかったけど、この人よっぽど花が好きなんだな。


「あ、じゃあそれでお願いします」

「はい!少々お待ちくださいね」


花を包んでいる間、俺は彼女の姿を見ていた。

なぜだろう、なんだか初めて会った気がしない。

どこか懐かしいようなそんな気持ちになるのはどうしてなのだろうか?


女性の反応からおそらく昔の俺を知っているなんて事はなさそうだけど、でも……

心の中の何かが引っかかりもっと色々と聞いていみたいと思ったけれど、なんて聞けばいいかわかるはずもなく会計を済ませて足早にその場を後にする。


思ったより時間がかかってしまったから早く帰らないとシエルさんが心配しているかもしれない。

きっと気のせいだ、そう自分に言い聞かせながら買ったばかりの花を手に帰路を急ぐ。


その理由が実は自分の記憶の大きな鍵を握っているなんてその時は思いもせずに。



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