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孤独の幻影  作者: 咲夜
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2、この場所で

2日後。

視界を遮るような眩しい朝日をあびながら、俺はDivaと書かれた青い看板を横目に慣れない手つきで店の前を掃除していた。


あれから、思い出せた事は何一つない。

やはり俺は俗に言う記憶喪失とゆうやつらしい。

もしかしたら何かの事故に巻き込まれたのか?

それとも自分にとって辛い事があってそれを拒否する為に記憶を失ったとか?


最初はやはり混乱したし、もちろん行く場所なんてなくてこれから先どうすればいいのかと悩んだりもした。

唯一の救いはシエルさんがとても優しい人で記憶が戻るまでしばらくここにいていいと言ってくれた事。


そのおかげか今は不思議と気持ちが落ち着いていて、記憶がないとゆう点を除けばいたって平和な日常そのものを過ごしていた。

だけど、住まわせてもらっておいて何もしないでいるとゆうのも申し訳なくて、今はこうして色々教えて貰いながら店の手伝いをしている。


といっても掃除とか皿洗いとかの雑用だけで大したことはできないんだけどシエルさんは助かるわと言って喜んでくれた。


初めはヤバそうな人かもと思ったけれど、話してみると意外と気さくな人で俺の心の中の不安を優しく包み込んでくれるような、言葉では言い表せないけれどとにかくめちゃくちゃいい人だ。

感謝してもしきれない。


もし、記憶を失くして一人ぼっちだったら、俺は孤独に押しつぶされて立ち上がれなくなっていただろう。

今、こうして前向きな気持ちでいられるのは間違いなくシエルさんのおかげだ。


「ルイ、掃除ご苦労さま。朝ごはんができたから一緒に食べましょ?」

「……はい。今行きます」


ルイとはシエルさんがつけれくれた今の俺の名だ。

「自分」とゆう物が何も無くてからっぽの俺に『名前がないと不便でしょ?私が何かつけてあげる♪』と言って与えてくれた名前。


ただ、それだけの事だけど今の俺にとってはなぜか凄く温かくて心地よく感じる。

例え過去の思い出がなくても、今俺は確かにここで生きているんだと実感する事ができるから。

シエルさんは名前の他にも色んな物を与えてくれた。


例えば食事や着替える為の衣類、俺が生活する部屋と寝床まで用意してくれて、まるで新しい家族が増えたみたいに快く迎え入れてくれた。

たまたま空いている部屋があったからと言ってたけど、普通見ず知らずの人間にここまで親切にするだろうか?

俺はこの恩にどうやって報いればいいのだろう。


「いただきます」


頭の中に色んな思いをかかえながらBARのカウンターに腰を掛けてゆっくりと深呼吸をする。

焼きたてのパンとほろ苦いコーヒーの暖かい香りがぽっかりと空いた俺の心に染み渡り安心をくれる。


お店を開いているだけあってシエルさんの作るご飯はどれもとても美味しい。

特に初めて一緒に食べさせてもらったラーメンは本当に最高だった。

覚えてはいないけれど多分、こんな風に人が作ってくれた手料理を食べたのはかなり久しぶりな気がする。


「ねぇ、あれから何か思い出せた?」

「え?……いいえ、何も……」


朝食を食べながらぼーっとしていた俺にシエルさんはどこか悲しげな顔をしてコーヒーを口に運ぶ。

重苦しい空気に不安な気持ちが見え隠れする。


きっと……本当は迷惑だよな?

どこの誰かもわからないこんな奴を一緒に住まわせて、世話をしなきゃならないなんて。

でも、今の俺には金もなければもちろん行く宛てだってないんだ。


ここを追い出されたらどうやって生きていく?


そんな俺の不安とは裏腹にシエルさんは優しく微笑みを浮かべながら俺のコップにコーヒーを注ぐ。

立ち上る湯気が当たった頬がほんのり暖かい。


「そう、でも無理して思い出す必要はないわ。記憶なんてそのうちきっと戻るわよ」

「……そうだといいんですけど」


もし、このまま記憶が戻らなかったら……?


そんな事を思うとぞっとして鳥肌がたつ。

だって自分がないってさ、上手く言えないけどなんだか不安定でもやもやしてて……凄く怖いんだ。

前も後ろもどこまでも真っ暗な闇の中に放り込まれたみたいにいくらもがいてもどうにもならない。

このもどかしさはきっと記憶を失った人間にしかわからないんだろうな。


「……ごめんなさい」

「え?いきなりどうしたのよ」


つい無意識のうちに出てしまった言葉にハッと我に返って自分自信が一番驚いていた。

なぜ、こんな事を口にしてしまったんだろう。


「いや、その……色々迷惑をかけてしまって……」

「迷惑だなんて、少しも思ってないわよ。むしろあんたがいてくれてとても助かってるんだから。遠慮しなくていいのよ。ありがとう」


気を使ってるのかもしれない。

例えその言葉が本音じゃなかったとしても、


「「ありがとう」」


その一言が俺の肩に乗っかっている重く苦しいなにかをほんの少し軽くしてくれた気がした。

いつか俺の記憶が戻ってここから出ていく日が来るかもしれない。


だけど、今はまだもう少しだけ、この人の優しさに寄りかからさせてもらおう。

いつかちゃんと1人でも生きていけるようになって1日でも早く恩返しできるように。




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