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5話「海が落ちてくる」後編


 正午まであと数分となったルメニアの街船着場。


「ったく、今度は何だよもぉ……」


 空を覆う雨雲からは大粒の雨が降りしきり、そしてさらにほど近い場所で起きた爆発によって、建物の破片らしき木片までが桟橋に降り注いでいる。


 龍と死体の問題が片付いたと思ったら、また事件だ。

 それもおそらくは、私達の追っている魔族が関わる事件。


「この爆発、どう考えても一連の事件と繋がってそうですね、ちょっと鷹を飛ばしてみてきます」

「そうだな、頼むわ」


 イリスはそう言って創り出した大鷹を繰り情報を集めに回っていた。

 こういう時は本当頼りになる……


「うんやっぱりです、私の予想が通りあの爆発はフェリ…………」

「?」

「……」

「あれ? どうしたイリス? おーい、もしもーし?」

「ん? なんじゃコイツ、急に固まりおったぞ?」

「あーアムちゃん可愛い!! よしよし、アムちゃんかわいいねぇ!!」

「うわぁあなんじゃあ!? またこれかぁ!!?」

「おいイリスどうした!?」


 が、私が感心しそうになったその瞬間。

 イリスは狂い、また幼女暴龍を撫で始めた。


「なんなんじゃコイツ急に!? やはり頭がどこかおかしいのか!?」


 そうだ、おかしい。

 先ほどと同様に脈絡もなく明らかに異常な行動を始めている。

 となると原因は確実に外的要因。


 つまり。

 敵の攻撃だ!


「アムレード、そいつ頼む、私はやる事がある」

「お、おい待てマティアスに似た奴! このイカレ女とワシを二人っきりにするつもりか!?」

「そいつは魅了の魔法でやられてるだけだ、殴れば治る! それより敵の対処が優先だ!」

「敵? 敵とは何だ!?」

「わかんねぇ、でも間違いなくこっちに向かって来てる!」


 話している間に、爆発後に沸き上がった雑踏からの悲鳴と怒号が徐々に私達のいる桟橋方向に近づいてきていたのが耳に届いていた。

 それはそのまま、あの爆発の主がこちらに近づいているという情報に他ならない。


 イリスをあんな風にしてしまった奴の可能性が高い。

 迎え撃たなければ。


 私はアムレードと錯乱するイリスを置いて桟橋から街へと向かう路地へと向かって走り始めた。


 すると、私が向かおうとしていた方向、船着場入り口に据えられた漁師小屋の影から一人、人影が飛び出してきた。


 子供であった。

 身長は120㎝強で年齢は7~8歳ごろと思われる、まだ二次性徴も迎えていない男の子が息を切らせ走りこちらに向かって来ていた。

 それも随分身なりのいいい服に身を包んでいる少年であったが、貴族か何かだろうか?


 敵か、それとも何かから逃げて来ただけか。

 まあどちらでもいいか、とりあえず殴ってから考えよう。


 そう思い拳を構えた所で。


「待って! その聖剣、貴方マティアスか!?」


 子供が私を見て、私の仇敵の名を呼んだのだ。

 

「え、あ、マティアス? 私が?」 


 思わず混乱し、そして切り替える、そうであった私は今マティアスなのだ。

 混戦しそうになる脳の手綱をどうにか握り堪える。


「あ、そうだ! わ、俺がマティアスだ、よ!」

「お願いだ! 助けてくれ!」

「え、助け? どゆこと?」

「後ろ! 後ろに彼らが!」


 と、同時に。

 走る子供の背を追って、街から多量の人間が桟橋方面へとなだれ込んできた。


 人間だ、人間の大群だ、人間の波だ。

 つい数刻前に見た人の波が、敵意を持ってこちらに向かって来ていた!


「追われてるんだ、助けてくれ!」


 波を構成する人間どもはどいつもこいつも目は虚ろで、とても正気には見えない。

 なるほど、イリスと同じように魅了されたのか。

 そしてイリスとは違い魔物に命令を受けこの子供を襲う狂人と化したわけか。


 魅了を仕掛けたのはおそらく地穿魔、マインドフレイヤー。

 間者を殺し、フェリクス家に潜み、イリスをあんな風にし暗躍する敵。


 そう、今私の前に立ちはだかるは敵の大群。

 ならば話は簡単だ。


「そうか、よし任せろ」


 背負った聖剣、いかなる物質も両断する神話の剣、コリオレイナスに私は手をかける。


「待ってろお前、アイツらまとめて真っ二つにぶった斬ってやるからな」

「は? 待て、アンタなんて言った、斬る!? 何に考えてんだアンタ!? 斬ったらだめだ! うちの領民なんだ!!」

「え、ダメ!? ダメなの!? じゃあどうすんの!?」

「そんなの逃げるに決まってるだろ!」

「えぇ!? でもそっちには海しかないぞ!?」

「探せば船か何かがあるだろう! それを使う!」

「いや、でも……あ、こら! 置いてくなよぉ!」


 謎の少年は私を置いて桟橋の奥へと走っていってしまった。

 仕方なく私も剣を収めその後を追い、桟橋の奥へ奥へと逃げながら考える。


 船、船か。

 今私達がいる桟橋に停船している船はほとんどが大型で、一人二人で動かすのは不可能だ。

 となれば逃走に使えそうなのは小型船だが、まぁ無くはない、一つだけあるっちゃある。


「一応アムレードの船があるけど……」

「あるのか船!?」

「でもホントに小舟だし」

「何でもいい、案内してくれ!」

「案内ってか、もう目の前まで来てるけど……」


 考えながら少年と共に逃げて逃げて、気が付けば、私達はもう桟橋の最奥、アムレードの船までたどり着いていた。


「あ? 何だ戻ってきたのかお前!? なら、コイツを何とか……」

「その前にアムレード、その船貸してくれ!」

「は? 船? こんな小舟別に構わんが、急に何だ?」

「よしこれならいける! 君、この船に僕を乗せてくれ!」

「え、何この(わっぱ)、誰……?」

「よーしよしよしよし!!」

「お前ぇはいつまでそうしてんだボケ!」

「痛ぁ!?」


 混沌とした状況の中、少年が我先にと小船に飛び乗り、幼女暴龍とそれを撫でまわすイリスもそれを追い、最後に私が後に続く。


「なぁ教えろ、ワシの船貸したはいいが、コイツ誰なんじゃ?」

「ごめん、知らねえ」

「なんでお前は知らん奴と走ってきた!?」

「僕はダニエル、ダニエル・ウィスヴィード・フェリクス」

「ん? ダニエル? どっかで聞いた事あるような?」

「代々水を司る、フェリクス家の長男だ!」

「え、フェリクス家って……うわ!?」


 少年の声とともに私達を乗せた小舟が大きく揺れ、そしてそのまま猛スピードで動き出した!

 小舟は桟橋を離れ、みるみる沖合へと進んでいく。


「何これどうやって動いてんの……?」

「ふむ、船の下に水流が生まれておるな」

「ふーん水流で、なるほど、ふーん」

「……わかっておらんな、お前」


 なるほど、詳しくはよく分からんがこれが水を操るというフェリクス家の能力か。

 この状況においてはこれほど有用な能力はない。


「おい聞いたかイリス、フェリクス家だってよ! なんか知らんけど棚ボタだな! 私達が探してた奴じゃねえか!」

「いちいち叩かなくても聞こえてますよ……というかまだ頭がクラクラしてるんです、あまり大声出さないでください」


 私達を追っていた人間の集団は何名かは海に飛び込み追いかけていたが、船がさらに速度を上げ引き離すと流石に諦めたか桟橋へと戻っていった。

 どうやら逃げ切ったようだ。


 大雨で荒れる海の沖、狭い小舟に四人で固まりながらどうにか一息ほっとする。


「それで? 結局この童は何なんじゃ、なにか役に立つ童なのか?」

「あ、アムレードちゃんには伝えてませんでしたね」

「アムレードちゃん!?」

「この子は神器を代々引き継ぐフェリクス家の長男で、水魔法の専門家なんです、あの魔王の呪いに侵された神器を抑えるくらい凄腕魔術師なんですよ!」

「ふむ、こんな童が神器を抑えるとな……」


 まあこんな話、いきなり聞かされても信じてもらえないだろう。


「あー、それが私達がこの街に来た時にですね」


 そこで、イリスが話を補足しようとしたところで。


「え? 神器を抑える? 何ですかそれ?」


 イリスの言葉を遮ったのは。

 アムレードではなくダニエル少年の方であった。


「僕、そんな事してませんけど」

「え?」

「いくらフェリクス家といえど、神器を抑え込めるほど力は僕にはありません」

「……おい、どういう事だ聖女よ、こんな状況で嘘ついたのか?」

「いえ違うんですよ、私達もそう聞いていて……」


 おかしい。

 事前に聞いていた話では、空に浮かぶ海の息子が神器を抑えているから街は平和な様子であると聞いていた。

 しかし当の本人は違うという。


 ん、あれ?

 じゃあ、つまり?


「なぁイリス、ひょっとして何だけどさ」

「奇遇ですねニーナ、私も同じこと考えてました」


 長男が神器を抑えている、という情報を私達に渡したのは街に来て最初に出会った老執事。

 その執事の発言が嘘だった、という事は。

 街に来て最初にあった執事、アイツがマインドフレイヤーだったのだ!

 アイツが言ってた事は何一つ嘘っぱちだったのだ!


「しかし、じゃあ、あの魔王の呪いは何であんな大人しいんだ?」

「お答えしましょうか?」


 そして新たな疑問が浮かんだ所で唐突に私の後ろから声がした。

 この船の最後尾に座るはずの私の、更に後ろから声がした。


「おい誰だ貴様、ワシの船に許可なく乗るなど」

「おや失礼、此度の不躾な乗船深く陳謝いたしますアムレード様」

「だから貴様は誰だと聞いておろうが!」

「おおこれは重ね重ね失礼、申し遅れましたわたくし、フェリクス家筆頭執事ラエルテスと申します」


 そこにいたのは今朝がた私達にフェリクス家出禁を言い渡したあの執事だ。

 正確には、執事の皮を被った魔族。


「嘘つくなよコラ、お前はマインドフレイヤーだろうが」

「おやこれは異な事を、貴女は人間という種族ではありますが人間などと言う名前ではないでしょう? それと同じ、わたくしはラエルテス、マインドフレイヤーのラエルテスです」

「んな事はどうでもいい!」

「おおアムレード様のおっしゃる通りです、今宵の主演はわたくしではなくあちらの神器、魔王様が命を賭して仕掛けた大勝負オフィーリアの呪いにございますからね」

「なんだコイツ、ムカつく言い回ししやがって……!」


 状況がぐちゃぐちゃし始めてなんだかよくわからんが、とりあえずこいつが敵と言うのはよく分かった。

 ならば話は簡単だ、とっとと殺してやろう。


 と、懐に忍ばせたダガーに手を伸ばした所で、その手をイリスに止められた。

 首を振り"もう少し泳がせろ"とジェスチャーがあった。


「アレの話を聞いておきましょう、今は」


 なるほど確かに。

 コイツの発言が嘘だったのだから、ならばあの魔王の呪いが何故おとなしいのか、そこは聞いておかねばならない。

 それが嘘か真実は都度判断するとしても。


「ふふ、相談は済みましたか? ではお話ししましょう、オフィーリアの呪いが抑えられているのはそこの矮小なる者の仕業ではありません、それはわたくしが紡いだ虚偽」


 しかし話を聞こうとして早々、コイツ、堂々と「私嘘つきましたよ」と宣言しやがった。

 その嘘を吐いた人間の目の前でだ。

 舐め腐ってるとしか思えない!


「……っ」

「ニーナ抑えて、まだ殺しちゃダメです」

「ならばなぜ呪いは動かないのか、真実は単純明快、あちらのオフィーリアの盃の所持者、ハンフリー・フェリクスがなんと死してなお魔王様の呪いに抵抗しているのですよ、実に憎たらしい事にね」

「おじさま……!」

「父さんが!?」


 なるほど所持者本人が呪いに抗っていたのか。

 ならばこのマインドフレイヤーの目的も自ずとわかる。


「故にわたくしはこうしてフェリクス家に侵入し、その息子を惨たらしく痛めつけ、その精神を乱そうと計画したわけです」

「そんで見事に失敗したわけだ、こうして無事ダニエル・フェリクスは逃げ延び生きて私達の元までたどり着いた、あとはお前を殺せば終わりだ」

「ニーナ、ダメ!」


 もはや必要な情報は聞き終えた、ならもう我慢する必要はない。

 私はダガーを閃かせマインドフレイヤーのその両腕を切り落とした。


 魔物は抵抗する間もなく斬撃を受け、多量の鮮血が舞い海を赤く染めていく。

 もはや何の行動も起こせないはずだ。

 あとは止めを刺して終わりのはず。


 ……が、マインドフレイヤーは全く動じなかった。


「失敗? とんでもない、この上なく成功しましたよ」

「あぁ? 負け惜しみか?」

「もういいだろう、こんな雑魚の話など聞くだけ無駄だ、とっとと殺せ」

「あ、ちょっとアムちゃんまで!? ダメですよ、もう少し情報を……」

「わたくしはこうして息子をあの男の目の届く位置に連れ出す事が出来ました、魔王討伐の旅で長い間会えなかった、立派に成長した息子の姿をあの男の目に見せたのです!」

「煩い、とっととワシの船から降りろ」


 イリスの制止も聞かず、幼女の腕から放たれた青く輝く魔法がマインドフレイヤーを襲う。

 老人の皮を被った魔族がその魔法を受け、全身を凍結させられながら海に落ちていくが、それでも彼は勝ち誇った言葉を止めない


「もう十分なのですよ、当初の計画とは違えども、私はもう十分あの男の心を乱したのです、乱れ揺れたカップの水は縁から溢れ二度と返らない!」


 言葉と共に、視界の端で赤黒い光が輝いた。

 マインドフレイヤーから視線を外しそちらへ見やると、異変はすでに始まっていた。


「貴様ら人間に、魔王様の意思を潰えさせはしない! 魔族再興の火を消させはしない!」


 空に浮く海が黒く変色し、勢いそのままに街へ向かって落下を始めていた。

 呪いがついに動き出していた。


「さあ、喜劇の始まりだ」


 凍りながら海中に沈んでいくマインドフレイヤーになどもはや誰も目を向けていなかった。

 雨粒が空から降り注ぐ中、私達は街から離れた洋上でただそれを見ている事しかできないでいた。


 黒い海が、街に向かって落ちて来た。


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