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4話「海が落ちてくる」中編


 あと数刻で正午という時刻のルメニア中心街。

 そこは大勢の民間人でごった返していた。

 昼食をどこですまそうか散策する者、航海を終えた輸送船から積み荷を降ろす者や、客船から降りて新天地に目を輝かせる者等々。


 街はつい数か月前まで魔王軍との戦争で滅亡寸前まで追い込まれていたとは思えない非常な賑わいを見せていた。

 大通りをまっすぐ歩くのにも苦労するほどに、人、人、人。

 頻繁に通過する馬車で人波が定期的に寄せては返る様はまさに人の海と称するべきだろう。


「多いな、人!? こんなんじゃまともに歩けやしねえぞ?」


 裏路地から出ようとした私達の前に待ち受けていたのは、まさにそんなお昼時の人の波であった。


「ふっふっふ、この程度で慄いてはいけませんよ、これでも全盛期に比べれば半分もないくらいです」

「……繁栄してんのは結構だが、こんなんでどう犯人の情報を集めるって言うんだ?」

「大丈夫、任せてください」


 そう言うとイリスは目を閉じ右手を胸の前に掲げた。


「……何してんだ?」

「フェリクス家が神器の模倣で水魔法の専門家になったように、我がブルトゥス家にも同系統の魔法技術があるんですよ」


 言葉と共にイリスの右手に光が集まり、やがて熱を発する。

 そして熱が収まるとそこには……


「なんだそれ、鳥?」

「はい、魔法で創った鳥です」


 本物と見紛うほどに精巧な鳥が、イリスの手の中に出現した。


「生きてるやつか……?」

「流石に神器無しで生命の創造は出来ませんよ、ゴーレムや自動人形(オートマタ)と同じ、命令通り動くだけの木偶です」

「神器があれば作れるんだ、命……」

「神器の扱う力は文字通り神の力ですからね、だからこそブルトゥス家の神器リアの王冠はあの暴龍アムレードにも狙われたほどで!」

「誰だよアムレード、知らねえよ」


 イリスの能力に驚く私に、今度は知らない固有名詞が飛び出した。


「え、何で知らないんですかアムレード、人の世が終わった後には魔王と世界を二分すると言われた恐ろしき竜の王アムレードですよ!? 勇者マティアスが勇者と呼ばれる所以にもなった討伐戦が我がブルトゥス家の領内で行われた、あの暴龍アムレードですよ!?」

「そういう情報集めるのは部下に任せてたから……」

「あぁはいはい、そうですか、そうでしたね、まぁいいでしょうアムレードはもう討伐され今は亡き者ですから、今はそれよりもこの子です」


 そう言ってイリスは創った鳥に何やら言葉を吹き込むと、そのまま空へと投げ飛ばした。

 空へと飛び立った鳥は羽ばたきを始め、そのままフェリクス家の館へと飛んで行く。


「うん、完璧! 流石私の小鳥ちゃんです!」

「何したんだ?」

「フェリクス家へ偵察に向かわせました」

「そんな事も出来んのか、便利だな」

「ふっふっふ、まだまだこれだけじゃありませんよ、なんとこの小鳥ちゃん最大三羽まで使役可能です!」

「マジかよすげえな!?」

「ふひひ、さあさあガンガン行きますよぉ」


 イリスはさらに追加で鳥を創り始める。

 雀に似た小さな鳥を一羽。

 鷹に似た大型の鳥をさらに一羽。

 先ほどの小鳥と合わせ合計三羽。


「どうです凄いでしょう我が魔法は」

「……いやホントにすげえな」

「ただこれ一つだけ欠点がありまして、完全マニュアル操作なので、私この子達を動かしている間は自分の体は完全にフリーになっちゃうんですよ」

「流石に完全自立とはいかないのか」

「なのでその間、私の護衛とこの雑踏の中の観察はニーナにお願いします」

「さっき私にも協力しろって言ってたのはそういう事か」

「その通り、分担作業という奴です!」


 しかしなるほど、これだけの諜報能力があるのなら「私に任せろ」と自信満々に言い放ったのも納得だ。

 これなら少しは希望が見えて来たか。


「じゃ、私はこれより空から街全域の調査を始めますので、何か異常があればお願いします」

「まぁそれくらいなら私でも出来るよ、任せろ」


 イリスはすぐさま残り二体の鳥を空へと飛ばす。

 その後は完全に集中しきっているのか、路地裏の汚い地べたに座り込み薄汚れた家屋の壁にもたれかかってしまった。

 服が泥や土で汚れてしまっているのに全く気にする様子はない。


「しかしコイツ、ほんと一国の姫とはとても思えねぇな」


 そんな聖女様の様子を見て、私は思わず呟いた。


「なんですか文句ありますか」

「うわ! 喋れるのかよ!?」


 すると返答が返ってきた!

 独り言のつもりだったのに……


「当たり前でしょう、多少は本体も動かせるよう意識を残してあります、じゃなきゃ本体に危機が迫った時気付く事すらできないでしょう?」

「な、なるほど」

「それより雑踏の監視、サボらないでくださいよ」

「はい、すいません……」


 そして見事怒られたため、しぶしぶ雑踏に目を向ける。


 しかしまぁ平穏な街なだけあって何か異常という物も見当たらない。

 街行く人はコーカソイドやネグロイド等々の純人間系に加え獣人や竜人等の半人系が主体だ。

 それと気になる事といえば……


「おい、待てよ、エルフやドワーフまでいんぞ、あいつら確か分類上は魔族じゃなかったか?」

「彼らは戦中に人間側に手を貸してくれましたからね、友好種族として魔族扱いじゃなくなりました」

「へー、そうなんだ」


 エルフって確か構造上は人間よりトレントとかマンドラゴラに近い生態で、人間も普通に食べる生態だった気がしたけど。

 まあ人間側が良いって言ってるならいいのか。

 人間だって人間の事食う時あるし。


「じゃあ、あそこにいるアイツもそういう類の輩なのかな」

「……なんですか、何か気になる者でも?」

「あそこ、アイスクリーム屋でなんかねだってる幼女」

「あの長い黒髪で白ワンピースの娘ですか?」


挿絵(By みてみん)


「私からも確認できましたけど、あの娘が何か? 普通の女の子にしか見えませんが」

「あいつ龍だ、人に化けてる、魔力の流れ方が特有だから魔族にはすぐわかるんだ」

「ほうほう、龍が人に化けてるですか……」


 アイスクリーム屋を訪れている幼女は愛嬌を振りまき、その成果か追加で一個アイスをおまけして貰っていた。

 (したた)かと言うか卑しいというか、あれもあの龍なりの生存戦略なのだろうか。


「はぁ!? 龍が人にぃ!?」

「うわ、びっくりした、急に立つなよ驚くだろ」

「驚いたのはこっちの方ですよ!? 龍が人に化けてるって本当ですか、そんなの間者殺しの犯人最有力候補じゃないですか、なに落ち着いてるんですか!?」

「いやぁだってアイツ、龍にしては覇気がないっていうか、普通の龍は"うおー世界は俺様のもんだぜー"って感じなんだけど、アイツは"はぁ……どうせ俺なんて……"みたいにしょぼくれてるっていう感じでさ」

「何なんですかその要領を得ない説明は……」

「ごめん上手く説明できねぇわ、んー、なんて言えばいいかな?」


 どうもあの幼女に化けた龍は、私と同じような敗残兵に似た印象を受けるのだった。

 戦に敗れ、強さという自負を砕かれ、かといって死ぬにも死ねない、そんな印象だ。

 龍のような偉大な生物が今、物乞いのように落ちぶれて、卑しくも愛嬌を振りまきアイスのおまけをねだる様などまさにそれだ。


 敵である人間に(こうべ)を垂れる、今の私とおんなじだ。


「あんなしょぼくれて人間社会に迎合してるような龍が、人殺しなんてするのかなーって思ってよ」

「そんなの何の根拠もない推測でしょう、とっ捕まえて話を聞きましょう! 今すぐ!」

「わ、わかったよ、あれは異常な事なんだな、でもいいのかお前、飛ばした鳥は……」

「またすぐ動かせるよう待機状態にしましたので問題ありません、今優先すべきはその幼女龍です! さあ行きますよ!」

「へーい……」


 再び立ち上がり走り出すイリスに手を引かれ、私達は幼女の元、アイスクリームの屋台へと直行する。

 ……が、アイスクリームを両手に持ち上機嫌で鼻歌を歌う幼女は大通りから離れ、船着場のある桟橋の方へとすぐさま移動してしまった。

 一方追う私達は人波に阻害され中々前に進めず追いつけない。


「あぁもう邪魔だな、人! それにアイツどこに行くんだ?」

「むぅ、女の子一人であんな人気のない所に……確かに心配ですね」

「いや、アイツ龍だから」

「……あ、そうでした」

「おい大丈夫か? 場合によってはアイツと殺し合いになるかもなんだぞ?」

「い、いや、あんな見た目だとどうしても、そういう風になっちゃうじゃないですか!」

「だからってぼーっとしてると命を落とすぞ!?」

「はい、すいません……」


 二人してぎゃーぎゃー騒ぎながらどうにか人波をかき分け船着場方面へと進むと、幼女龍はさらに人気のない灯台方向へと歩いていく。

 大きな船を挟んで向かい側、桟橋がいくつか並ぶ船着場の奥へと向かって行く。


 どうもあの幼女に化けた龍は、船着場の最奥に停めてある小舟を寝床にしているようだ。


「え、あの子、あんな所に住んでるんですか……?」

「……まぁ、そんな気はしてたけどな、多分アイツ、人間に負けた龍だよ」


 人間にはあまり知られていないが龍とは古来より海の中で暮らす生物だ。

 その中でも特に力の強い者だけが、重力に耐え乾燥に耐え呼吸方法の変化に耐え地上に進出し、人間の世に害をなす龍という脅威として認知される。

 だから龍とは強いのだ。


 彼らにはその強さこそが誇りであり、強さこそが彼らにとっての根幹。

 だからもし龍が人に負けその根幹をへし折られ、なおかつ生き延びてしまうなんて事態が起きると、海にも戻れず龍にも戻れず、半端者のまま惨めに生きるしかない。

 まさにあんな風に、惨めに人の世に紛れ肩身を狭くして生きるのだ。

 

 どこの誰があの龍を負かしたのかは知らないが、何とも惨いことをする。

 きっとあの龍は今、死よりも辛い生を送っているだろう。


「だから間者のおっちゃんを殺した犯人じゃない、ってのは流石に根拠が薄いけどさ」

「……詳しい事は本人から直接聞きましょうか」

「そうだな」


 私達は幼女を追い、桟橋最奥にある小舟へと歩みを進めた。

 小舟の幼女龍はその接近に気付かないのか、毛布をかぶり横になったまま起きようとしない。

 声をかけるのは、こちら側からでなければならないだろう。


「どっちから行く?」

「当然私です、ニーナが行くと怖がらせちゃうと思うので」

「そうか、なら任せるけど話す前に一つ警告だ」

「警告?」

「魔物には言葉やちょっとした仕草で精神を錯乱させる魅了の魔法なんて物を使う奴が存在する、話す時はアイツがそれを使う可能性も考慮して話しかけろよ」

「魅了魔法? 聞いた事ありませんけど、でももし私がそうなったら殴ってでも止めてくださいね」

「おう、任せろ」


 こうして、まずはイリスが声をかけてみる事に。


「すみません、ちょっとお話良いですか」

「ぐぅぐぅ寝てまーす、お話できませーん」

「え、なんですかその反応、可愛すぎません!? どうしよう、この子犯人じゃないかもです!」

「……大丈夫かイリス? 顔、殴るか?」

「すいませんでした、大丈夫です私は平静です」

「……」

「もう一回! もう一回チャンス下さい!」

「わかった……」


 イリスの様子はもうすでにかなり怪しい。

 怪しいがしかし、いったん拳を収め様子を見る事に。


「あの、お姉さん達実はフェリクス家に人間のフリして潜入している魔族を探しているんですよ、あなた、何か知らないかな?」

「……」

「あ、あの、もしもーし」


 一方、イリスの呼びかけに幼女はそっぽを向き黙りこくっていた。

 こっちはこっちでなんだか怪しい。

 これは、もしや間者殺しの犯人なのか……?


 そう思った矢先。


「貴様、アムレードを殺しに来たのではないのか?」

「え、何でアムレードの名前が?」


 幼女は唐突に、何故か先ほどイリスが口にした、勇者マティアスに屠られた竜の名を口にした。

 どういう事だ?


「貴様の後ろの聖剣を持ってる奴、マティアスに似てるがよく見ればマティアスじゃないな、何者だ」

「……今度はなんでマティアス様の名前を?」

「質問しているのはワシだ、答えろイリス・ジルヴェス・ブルトゥス」

「なんで私の名前知ってるんですか!?」


 この幼女龍、何だかおかしい。

 これだけ知っているという事はもしや……


「だから質問しているのはワシの方だと!」

「すごいです、この子! かしこい、かわいい!」

「え?」


 しかし、私の疑問と幼女の憤りが頂点に達したその時。


「いい子ですねぇ! お姉さんが撫でてあげましょうねぇ!」

「は?」


 イリスは唐突に幼女龍を撫で繰り回し始めた。

 半身を起こし憤り始めた幼女を抱きかかえ、何故かほおずりしながらその頭を撫でまわし始めたのだ!


「あれ? い、イリスさん? 何をしてはるの!?」

「き、貴様何をする!? おい馬鹿止めろ! なぜ頭を撫でる!? 意味が分からんぞ!?」

「おー可愛いねぇ! よーしよしよしよし!!」

「おぁああああ!! 止めろ! 撫でるのを止めろ! 髪が乱れる!!」


 イリスは明らかに正気ではなかった。

 何らかの精神系の魔法を喰らっているように見える。

 ただ、龍がそういった類の物を使った様子は無い。


「なぁ龍よ、一応確認しておきたいんだけどさ、魅了の魔術とかは使ってないんだよな?」

「龍族はそんな小賢しい魔法など使わん! コイツがイカレとるだけだ!」

「そうか、じゃあ一応信じる」

「よーしよしよしよ、ごほぉ!?」


 意を決し、私はイリスのわき腹を痣にならない程度に蹴飛ばした。


「目ぇ覚めたか?」

「す、すいません、ようやく正気に戻りました、急に撫でたい衝動が抑えられなくて……」

「……ほんとに魅了の魔法使ってねえの?」

「ない、断じてない、コイツがイカレてるだけだ」

「ち、違うんですよ! 待機中にしてた小鳥達と意識が混線しちゃっただけで!」

「おめーは捜査の傍ら小鳥で何してんだよ!?」

「そのイカレ女の事などどうでもいい、それよりワシの質問に答えろ!」


 撫でまわしから脱出した幼女はすぐさまイリスから距離を取り桟橋に着地。

 そしてそのまま私めがけ、半泣きになりながらその小さな腕を突き出した。


「今度こそ答えろよ? 貴様らは本当に、アムレードを殺しに来たのではないのだな?」

「あ、あぁ、私達はあそこに浮いてる魔王の呪いを何とかしに来たんだ、アムなんちゃらは知らん」

「そもそも、あなたは何でそんな事を聞くんです? 暴龍アムレードはもう何年も前に討伐されたはずですが」

「え、お前それ聞いちゃう? 私でも何となく察しがつくんだけど」

「まあ一応、本人の口から確かめないとですし」

「ふん良いだろう答えてやる」


 イリスの問いかけに、幼女は一度わやくちゃになった髪と服を整え深呼吸。

 その後、私達二人を見上げ胸を張り高らかに宣言した。


「ワシはアムレード、古来よりこの大陸を縄張りにしてきた旧き龍が一柱だ」


 かつて勇者マティアスに屠られたはずの龍の名を幼女は口にする。

 そして自らの名を示すと共に体の一部を竜へと変じた。

 腕は黒き鱗の竜の腕に、頭には赫灼の長い角が生えている。


 黒竜の中でも特に長く生きた者に見られる特徴がそこにあった。


 勇者が情けをかけたのか、それとも龍が一計を案じたのかは定かではないが。

 死んだはずの旧き暴龍アムレードの姿がそこにはあった。


「それと、貴様らの言う殺しの犯人だがそれはワシではない、大方あの屋敷に住む地穿魔じゃろ」

「地穿魔?」

「マインドフレイヤーっていう魔物の旧い呼び方だな、タコみたいな二足歩行の魔物で、精神攻撃が得意で人間を奴隷にしたり脳を啜ったりするやべー奴だ」

「なるほど、脳を啜る……」

「たしか10日ほど前の事じゃ、地穿魔が一匹身なりのいい人間を殺して成り代わっておった、他にこの街で魔族は見ておらぬし、やったとしたらアイツじゃろう」


 幼女龍は自信満々にそう語る。

 嘘は言っていないように見えるが……果たして信じていいのだろうか。


「ふーん、どう思うイリス?」

「虚偽はなさそうですね」

「え? 何でわかる?」

「この娘の証言通り、ちょうどいま街の外の海辺に死体が打ち上げられているのを私の鳥が見つけました、頭部に小さな穴の開いた、我が家の間者と同じ傷のついた死体が、です」

「おぉマジかよ」

「それとちょっと前フェリクス家に向かわせた小鳥が撃墜されました、破壊される瞬間、鳥に襲いかかる執事らしき姿が一瞬だけ見えましたので、裏は十分とれてるかと」

「……もしかして、さっきの乱心はその影響で?」

「はい多分……いえ! きっとそうです、間違いありません! 平常な私はあんなことしませんから!」

「……」

「本当ですからね!?」


 聖女様の言動はまだ若干怪しいがそれはそれとして、これで真相は分かったようだ。

 あの間者のおっちゃんを殺し、証拠隠滅を図ったのはマインドフレイヤーという魔物だ。

 となれば、フェリクス家に潜んで何か企んでいる魔物も同じ奴かその仲間。


 ここまで分かれば後必要なのはどのようにフェリクス家に押し掛けるかの計画だけだ。


「これでワシが無関係なのは分かっただろう、ならばとっとと()ね、ワシはもう面倒はごめんだ」


 そして私達が信用した所で幼女は小舟に戻り、毛布をかぶって二度寝を始めた。

 これ以上話しかけるなという拒絶の意思を全身から発しているのが私でも分かった。

 まぁ確かに必要な情報は手に入った、これ以上この幼女と関わるのは時間の無駄だ。


「そんじゃあイリス、大通り戻って今後の計画建てるか」

「待ってください、まだ一つお話が、私からの提案なんですけど」

「あ?」

「提案?」


 が、イリスはまだ何か用があるようでアムレードへと食い下がる。


「おいイリス、まさかこいつに"私達の協力してください"、なんて言わないだろうな」

「ならば断わるぞ、ワシも堕ちたとはいえ旧き龍だ、他者に命令される謂れはない」

「それくらい私でも分かってますよ、だから逆です」

「逆?」

「私達がアムレードに協力するんです」

「「……は?」」


 突然のとんちのような物言いにきょとんとする幼女と私を尻目に。

 イリスはさらに言葉を続けた。


「この街は言ってしまえばアムレードの縄張りです、その縄張りが今、魔王の呪いによって荒らされようとしているんです」

「だから、それを守るのに協力すると?」

「ええその通り! 私達が協力を求めるのではなく、私達がアムレードさんに協力"させてもらう"んです」


 ふむふむ、なるほど……なるほど?

 いや、ちょっと待てよ。

 それはつまり「だからこちらに協力しろ」と言っているのと同じではないのか?

 大丈夫なのかそんな説得で、いくら落ちぶれたとはいえ相手は旧き龍だぞ?


「なるほど、悪く無いな」


 あれぇ? ちょっとアムレードさん?

 快諾ですかアムレードさん?


「もちろんアムレード様にタダ働きなどさせませんよ、我がブルトゥス家から定期的な供物を捧げると約束いたしましょう!」


 おいおい様づけまでしちゃったよこの人、流石に露骨すぎるだろ、持ち上げすぎだろ。

 流石に気付くだろアムレード。


「ほほう、悪く無いな!」


 気付けやこのポンコツ龍ぅ!


「供物と言うからにはアイスとケーキは当然寄越すのだろうな?」

「勿論ですよ! お望みならばドーナッツにバターサンドもお付けしましょう!」

「ほほぅそれは良いな、そうでなくてはな!」


 しかも人間の甘味に完全敗北してるじゃねえかコイツ!!


「どうしましたニーナ? 随分と険しい顔をしてますが」

「いや、何も……」


 実に悲しい事に、旧き龍は勇者に敗北した事により完全にポンコツと化していた。


 きっとこれは、こちらにとって都合がよいと喜ぶべきなのだろう。

 しかし元々魔族として生きていた私としては、魔族のトップである太古より生きる龍の末路がこのポンコツ幼女と考えると、もう溜め息しか出て来ない。

 どうしてこうなった。


 おのれ勇者めマティアスめ我が愚弟め、なぜ彼女にちゃんと止めを刺してやらなかったのだ。


「しかし良かった、これで問題は解決ですね、これで後はフェリクス家で足りない最後の情報を……あら?」


 そしてそんな龍の末路に落胆し始めたその時。


「大変、降ってきちゃいましたね、雨、しかも結構な大雨ですよ……!」


 私達の脳天を冷たい雨粒が打ち始めた。

 空を覆う曇天の雲が、いよいよ雨雲へと変わったのだ。


「雨か……」


 なんだか嫌な予想が頭を掠めた。

 この雨、あの空に浮く海にとってはどう影響するだろうか。 


「おわ、なんだ!?」


 そんな事を考え始めた所で、突如私達を大きな振動と音が襲った。


「この揺れ方は、爆発か!?」


 そしてその振動と音の出処を見てみると、街の外れ、桟橋からほど近い場所で巨大な火の手が上がっていた。

 爆発だ、街中で爆発が起こっていたのだ。

 正午前の雑踏から悲鳴と怒号が巻き起こる。


「まさかこれって」

「マインドフレイヤーだろ、どう考えても!」

「それ以外に無いですよねぇ……」


 魔族の企みは私達の想像よりも遥かに素早く進行していたようであった。


 激しい雨粒と破砕した民家の木片が降り注ぐ中、事態はついに大きく動き始めた。



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