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3話「海が落ちてくる」前編



 太陽が高く昇り街の市場も盛りを迎えた午前9時。

 大通りのすぐ裏側、大きな店と店の間に隠れるように建てられた小さな四畳半のあばら家。


 強盗にでも荒らされたかのような、散らかったワンルームの狭い室内で、私達の前には物言わぬ惨殺死体だけが横たわっていた。


「おいイリス、自称頭脳労働担当、この状況まずどうする、どうすればいい?」

「犯人に繋がる証拠、まずはそれを探しましょう」


 私にはこの状況を好転させる秒案はまったく思いつかないが。

 聖女様はきっぱり指針を示した。


「何故そうするんだ?」

「彼は、我がブルトゥス家の間者は、間違いなく狙って殺されているからです」


 イリスは震える手を抑えながらも、力強く断言した。


「そう思うのは何でだ、理由を聞いてもいいか?」

「街の外が平穏そのものだからです、無差別殺人なんて起きている様子じゃありません」

「なるほど」


 突発的犯行ではなく計画的犯行、なのでこの間者(スパイ)のおっちゃんは狙って殺された、という事か。

 たしかに正しい考えのように思える。


「それにこの探索にはもう一つメリットがあります、犯人がどのような魔族で、なぜ彼を狙ったのか、そこを探っていけば自ずと解決策も導かれるはずですので」

「解決策? 何の?」

「私達の神器討滅を、フェリクス家に協力してもらう手段です」

「……?」


 しかしよさげな推理で感心した矢先。

 イリスはあまりにも飛躍した論理を自信たっぷりに語った。


「流石にそれは飛躍しすぎじゃねえか?」

「……」


 私は至極当然の感想を述べた。

 が、イリスはいたく見下すような軽蔑の視線を向けた後。

 吐き捨てるように語った。


「……まぁ調べていけば分かりますよ、まずはこの家の中を調べましょう」

「おい、お前今また"説明すんのめんどくせぇな"とか思っただろ、今の沈黙は絶対それだろ!?」

「いいから口を動かすより先に調査を始めてください、ボケうんこ、ツンデレ魔族」

「あーはいはい、またそれですか、分かりましたよ、おとなしく従いますよ」


 どうもこれ以上イリスに話を聞いても無駄なようだ。

 諦めて家の中を調べる事にしよう。


 意を決し四畳半一間の狭い部屋の中を見て回る、タンスや机などは全てひどく荒らされており中身が飛び出しているのが目立っていた。

 そして、その家中あちこちに獣の爪痕かひっかき傷のようなものが深く刻まれ残っている。


 魔物に襲われたのは間違いなさそうだ。

 そして何かを持ち出そうとしていた痕跡もあるか。


「ニーナ、ちょっと来てください」

「ん? どした?」

「いいから早く」


 一通り室内を見回ったころ、イリスが何やらこちらを呼んだ。

 呼ばれていくとイリスの手には血で汚れたくしゃくしゃの紙切れが一枚握られている。


「これ見てください」

「なんだそれ? ゴミ?」

「彼の口の中から出てきました」

「く、口!? お前死体の口の中調べたのか!?」

「別に異常な事じゃないですよ、間者が敵に襲われたとき、もし味方に向けてメッセージを残すとしたら、家の中の物陰なんかよりもまず敵が探さない体の中だと考えたんです」

「マジかお前、マジかぁ……」

「普通にドン引かないでくれますか!?」

「引いてない、引いてはないよ? うん、いや、マジで」

「思いっきり引いてるじゃないですか! ダメですよ! いいですか、こうして私が気付いたおかげで彼の最後の遺志を見失わずに継ぐ事ができたんですからね!」


 イリスは見つけた紙をぺしぺしと叩いて抗議の意を主張する。

 飛沫が飛んで、少し汚い。


「あぁ、うん、そうだな、大事な事だな……」

「ちょっと!? なんかさらに距離離れてません!?」

「気のせいじゃないか、それよりその紙なんて書いてあるんだよ、わざわざ自分の死に際に口ん中突っ込んだってんなら、それなりの事が書いてあるんだろ?」

「あぁそうですよ、それですよ、見て下さいニーナ」


 イリスが見つけた紙を床に置いて広げ私に見せた。

 書かれている文字は血と唾液による汚れと、丸められた際に出来たくしゃくしゃの皺で判別がひどく難しかったが。

 よくよく見てみるとどうも書きかけの報告書のようであった。

 途中で途切れてはいるが丁寧な文字でいくつかの文字が書かれていたのが分かる。


「えーっとなになに、フェリクス家に、魔族が、潜んで、いる……?」

「それと人間、化ける、という単語が二つ掠れて消えかかってますね」


 ふむふむなるほど。

 繋げると「人間に化けた魔族がフェリクス家に潜んでいる」か、なるほど。

 なるほど?


「おいマジかよやべーじゃんか! こんな事してる場合じゃねえフェリクス家に襲撃かけねえと!」

「落ち着いてください、そんな事したって解決しませんよ」

「いやお前、だって、魔王の呪いを息子が抑えてるんだろ? んでフェリクス家に魔族が潜んでるんだろ? だったらやべーじゃん!」

「その潜んでる魔族の狙いが息子ダニエル・フェリクスの命なら、私達が来る前にもう行動を起こしてるんじゃないですか? 殺害という直接的な解決法を」

「……あ、それは、言われてみればそうか」


 家の中にまで潜り込めているのなら、暗殺なんて容易い。

 なるほどその通りだ、殺れるならもう殺ってるはずか。


「でもじゃあその潜んでる奴は何を狙ってるんだ?」


 この間者のおっちゃんが魔族にとって何か不都合なことを知ってしまったから殺された、という所見はもう間違いない。

 しかしならばその不都合な事とは何だろう?

 魔族がフェリクス家に潜んでいて、人間を殺しもせずにその先、一体何を狙っているのだろうか。


「流石に断定するには情報が足りませんね、そもそも彼がその先まで知っていたかどうかを、私達が知る(すべ)は今ありませんし」

「じゃあこれからどうする?」

「ここから先は彼の調査を私達が継ぐしかありません、私達自身の手で調べるんです」

「やっぱそうなるかぁ」


 戦場で敵を斬り殺す仕事なら大得意なのだが、こういう頭を働かす仕事はどうにも苦手だ。


「よーしイリス、ここから先は任せ」

「ダメです、言うと思いましたよ、ダメですからね二人でちゃんと協力するんです」

「えー、私こういうのは苦手で……」

「彼がしていたように街に出て情報を探るんです、どのような調査をしてどんな情報にたどり着いたのか、その足跡を辿ります」

「なぁそれ私いる?」

「元魔族の貴女ならばこそ見える景色と言うのもあるでしょう?」

「う、それは、まぁ……」


 魔族が関わっている事なら確かに、そこらの人間よりかは詳しい。

 気は進まないが、ならば仕方ないか。

 とにかく街に出て情報を探しに行くしかない。


「しゃーない、わかったよ、じゃあ行、ぐぇ!?」

「待って」

「今度は何だよぉ……」


 しかし家の外に出ようとしたところを、服の襟を思いっきり引っ掴まれ引き留められた


「ニーナ、出ていく前に一つ、祈りを」

「祈り?」

「貴重な情報を残してくれた彼に感謝と、そして弔いをしなければ」

「……祈り」


 魔族としてこれまで育った私にとって、人間のするその行為にどうにも意味を見出せない。

 が、イリスはひどく真剣にそれを行っているので、黙って私も真似して手を合わせる。


 部屋の中央に横たわる惨殺死体へ、私は祈りを捧げる真似事をした。

 作法も何も知らないので、とりあえず形だけ真似をした。


「よし、では今度こそ街へ行きましょうか」


 そしてイリスが立ち上がるのに合わせ私も立ち上がり、二人そろって隠れ家を出る。

 調査に少し時間をかけたからか、外は少し日が陰っていた、つまり雲が増えて来た。

 なんだか雨が降りそうな空模様だ。


「しかし有意義な情報でした、彼のおかげでこの状況を打破する取っ掛かりが見えてきました、ここから反撃開始です」

「え、そうなの? 全然そんな気しねえんだけど?」

「大丈夫です私はちゃんと理解してますから、頭脳労働担当ですのでね、頭を使うのは任せてください」

「えぇ……すっげぇ不安なんですけど、今の所私からお前への信用度ほぼゼロなんですけど」

「安心してください、これから結果で示してあげますから」

「そ、そうか……」


 それだけ自信満々に言うのであれば、任せてみようか。

 どうせ私に考え事は向いていないし。


「さ、それじゃ行きましょうニーナ、彼が遺してくれた逆転の種を、情報と言う水で育み花開かせるのです」

「はいはい、左様でございますか」


 なにやら小難しい事を言いながら走るイリスを追い路地裏の出口へと向かう。

 街の様子は相も変わらず平穏そのもの。

 そして空を見上げると、こちらも相も変わらず、バカでかい海が街の遠く西の空に浮かんでいた。


 風に吹かれ揺蕩(たゆた)い表層が波立つその海は、街の住人には当主の息子によって抑えられた哀れな呪いにしかみえないのだろう。

 誰も恐怖の声を上げたりはしない。


 ……ただ。


「いつまで保つんかな、アレ」


 戦士としての勘が、警戒しろ、あれは牙を研ぎ獲物を待つ獣だ、と告げていた。

 戦場でのこういう勘は、悪い方向にこそよく当たる。


「ニーナ何してるんですかー? ボーとしてると置いていきますよー!」

「……悪ぃ、今行く」


 何の根拠もない勘だが、私達に残された時間的猶予は思ったよりも少ないのかもしれない。

 あの空に浮く海に対し私はそう思わざるを得ない危険の匂いを感じていた。


 朝が終わり昼が今まさに始まるルメニアの街。

 空は今にも雨が降りそうな、真っ黒な雲に覆われていた。


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