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1話「そしてエドガーになる」前編


「なぁなぁ、ルメニアとやらはまだ着かねえのか? あれから三日も歩き通しだぞ?」

「もうすぐ着きますよ、もうすぐです」

「お前それ昨日も言ってたじゃんかよぉ……」


 聖剣によって滅ぼされたタスリエの街、そこでの腹黒聖女との望まぬ婚約から三日。

 私達は次の目的地、るめにあ? とか言う名前の街を目指しひたすら南へ南へと歩いていた。


 ……が、歩いても歩いても目に写るのはどこまでも広がる平原。

 見かけるものと言えば針葉樹の森と澄んだ河、それと時々山が見えるくらい。


「街なんてどこにもねえじゃねえか……こんな所に本当に人なんて住んでるのか?」

「道中にあった小さな村や集落はラナトゥスの侵攻で滅んでしまいましたからね、残っているのはそれを耐えきった大きな規模の街だけです」


 ラナトゥスの侵攻。

 という事はつまり、私の故郷からの侵攻か。


「……あ、そっすか、私が頑張って仕事したせいですか、すんませんね」

「そう思うなら文句言わずに歩いてくださいね」

「ん? ずいぶんあっさり返したけど、恨んだりとかはしてねえの、私の事?」

「……貴女にそれを今言ったって仕方がないでしょう」

「そ、そっすか……」


 どこまでも続く真っ平な平原を、敵である聖女と二人っきりでただただ歩く。


 辛い。

 ただ歩くだけの行為がこんなにも辛いとは。


「それよりも貴女、仮にもラナトゥスの将兵だったのでしょう? ならば長期行軍なんて屁じゃないでしょうに何でそんなに文句が多いんです」

「……それは」


 「お前と二人で歩くのが苦痛なんだよ」。

 ……と本音を面と向かって言うのは流石によろしくないだろう。

 そのくらいの常識は私にだってある。


「いやぁ目的地わかんない状態で歩くのってさ、明確な目標が分かってる進軍とモチベーション全然違うだろ」

「目的地はルメニアって言いましたよね!?」

「それがどこか私知らねえもん」

「貴女の祖国の敵国の首都ですけど!?」

「へー、そうだったんだ」

「そんなんでよく魔族の将が務まりましたね!?」


 夜が明けてすぐの平原をひたすら南へと歩いていくと。

 しばらくして目の前に緩やかな上り坂と、針葉樹の森の間に出来た街道らしきものが見えてくる。

 るめにあとか言う街はいまだ見えてこない。


「いやぁ私の仕事は一番敵の多いとこに突っ込んで全部斬るってだけでさぁ、他のめんどくせぇ仕事は部下のエドガーに任せてたんだよ」

「誰ですか、知りませんよエドガー」

「めっちゃ頭のいいゴブリンの首領だよ、私の所の参謀やってたんだ」

「……まだご存命で?」

「いや、ラナトゥスで聖職者がよく使う魔法に撃たれて死んだ」

「でしたら下手人は私ですねそれ、ラナトゥス攻略に参加した聖職者なんて私くらいですから」

「……そうなのか」

「恨みますか?」

「……別に、戦場での殺った殺られたをネチネチ掘り返す趣味はねぇよ」

「そうですか、助かります」


 重苦しい空気の中なおも会話を継続し南へと歩き続けていると、やがて針葉樹ばかりだった周囲の景色が広葉樹の混じるブナの森へと変わってきた。

 道も険しい登りとなり、どうも小高い山を一つ越えるらしい。


「おや、話してる間に着きましたね、水と商人の街、首都ルメニアです」

「え、マジで!?」


 小一時間ほど歩き山を一つ越えた所で、私の前を歩き先導する聖女様から声がかかった。

 慌てて駆け出し聖女様の前に出ると、一気に視界が開け目的の街が見えてきた。


「あぁやっとだ! 私にも見えたぞ! これで野宿生活ともおさらば……」


 それと同時に、その目的の街の付近に存在した異常な事態も即座に目が入る。


「おいおいおい、なんだよアレ」

「あれが次の標的、これから私達が戦う事になる相手です」

「海が、浮いてる……!?」


 山の麓で賑わう大きな街から西の方角。

 半径数十㎞はあろう透明な水の塊が朝日を受け、街を狙うかのように空に浮いていた。


 広大な海が空に浮き日差しを反射し地に影を落とし、そして中心部には以前の聖剣と同じ赤黒い光を放つ球体があったのだ。


「あれが魔王の呪いを受け人類を滅ぼさんとする神器オフィーリアの盃、そしてその所有者にしてこのルメニアの国を治めるフェリクス家当主ハンフリー・フェリクスです」


 言われてよく見ると確かに、空に浮く海の中心部に人のような影が見える……気がする。

 まさかあれが神器の継承者か。

 先の勇者と同じように魔王の呪いを受け人類殲滅の先兵と化した、かつての人類の英雄か。


「しっかしあれが次の神器かよ……あんなんどうやって倒すんだ、つーか空飛んでんぞ、どうやって行くんだ?」

「そうですね、あれは流石に私達だけでは手が出せませんし、協力者が必要かと」

「協力者……? そんなんどこに居んだよ、アテがあんのか?」

「有力候補としてはダニエル・フェリクスが挙げられるでしょうか、あの神器が狙っているフェリクス領ルメニア国の次期当主にして次期神器継承者です」


 ふむ。

 次期当主ダニエル・フェリクス。

 苗字と役職から考えるに、あの空に浮く海の息子か。


「つまり貴族のボンボンか、そんなの使い物になんのか?」

「大丈夫です、彼の一族の専門分野は水の魔法、神器の模倣に挑み続けた事で今や一族の者達は水を自在に操る事が出来るそうです」

「なるほど、そりゃ適任だ」

「まぁそれもこれも協力が得られればの話ですがね」

「なるほど、気が滅入る話だ」

「だから協力を得るために勇者の名声が必要なんですよ、ほら、背筋を伸ばす! ニヒルに笑う! 一人称は俺!」

「あぁ糞っ、やっぱりやらなきゃかよ、それ!」


 この3日の旅の中ですっかり忘れかけていたのに思い出してしまった。

 私は、勇者の偽物として生きなければならない。

 そして、そのせいでこの腹黒聖女と望まぬ婚約状態にある。


「まぁこのままもたついて時間をかけて、その結果私と夜伽する羽目になってもいい、というのならどうぞご自由に」


 腹黒聖女様はそんな私の心境を知ってか。

 見せつけるように左手の薬指をこちらへちらつかせる。


「あーもう! わーったよ! やればいんだろやれば!」

「いいですか、街に入ったら貴方はもう勇者マティアスなんですからね? 姉弟故か顔は元からそっくりですが、ちょっとした立ち振る舞いでぼろが出るなんてこともありますからね?」

「わかってるよ、わかってますよ、ったく……」


 血の繋がりはあるとはいえ、性別は真逆で、剣の使い方も真逆。

 そのうえ、どんな性格なのか、どんな考えを持っていたのかまったく知らない、戦場で一度剣を交わしただけの勇者マティアス。

 そんな奴の偽物として私はこれから生きていかなければならない。


「はぁまったく、碌に知らない奴の真似するなんて、無理難題にもほどがあらぁな」

「はいはい文句言わないでください、そうしないと世界が滅ぶんですか……え?」


 話ながら小高い山を下り、街道を進むと街はすぐそこにあった。

 目の前には、魔王の呪いが迫っているとは思えない、賑やかな街並みが広がっている。

 私にとっては生まれて初めての、戦場ではない人間の街。


 まあ何にせよ、ようやく街だ。

 もう敵と二人っきりで野宿しなくていいんだ!

 保存食じゃない新鮮な肉、軟かなパン、芽の出ていない芋、そして綺麗な水が私を迎え……


「待ってくださいニーナ・ラナトゥス、貴女、今なんと?」

「え? 何だよ急に?」

「いいから! 今なんて言いました!?」

「碌に知らない奴の真似するなんて無理難題が過ぎる、って言ったけど」

「……」

「な、なんだよ急によぉ……」


 私の言葉を聞いた聖女様はしばらく目を伏せ口を閉ざし考えこんだ後。

 やがて何か得心の言ったように口を開いた。


「貴女もしかして、マティアスを知らないんですか?」

「え? あぁうん、そうだよ、アイツの事は剣の腕以外なんも知らん」

「何で!? どうして!?」

「あれ? なんか知ってる前提!?」

「だってそうでしょう! 魔族の将であった貴女が! なんで最優先討伐目標である勇者について何にも知らない、なんて言えるんですか!」

「いや、そういうのはエドガーに任せてるってさっき言ったじゃん……」

「……」


 再び黙り込んだ聖女様は今度は目を伏せず、じっと私を睨みつけていた。

 相変わらずコイツが何を考えているのか分からない、分からないが、一つだけ確かな事がある。

 それはこの腹黒聖女様は今、とても怒っているという事だ。


「い、イリスさん? あの、できれば噛むのだけは勘べんしていただければと……」

「色々言う前に、一つ確認させてください」


 聖女様は静かにそう言った。

 以前私の指に噛みついた時と同じ、額に青筋を浮かべながらそう言った。


「な、なんでしょう聖女様……」

「この三日間、何で私に相談しなかったんです? マティアスの事知らないって」

「え、いや、だって、私とお前は敵同士だし、相談とかする間柄じゃなくない……?」

「……」

「い、イリスさーん? も、もしかしてこれも、怒りのトリガーになってたりしますかー……?」


 聖女様は三度目の沈黙に……

 入ると思いきや、今度はすぐさま口を開いた。


「ニーナ・ラナトゥス、街に入る前に貴女には一つ、分からせる必要があるようですね」

「え、な、なに!? 急に何!? 乱暴とかよくないと思うよ!?」

「私と貴女は今、共に勇者を騙る共犯者なんです、相棒なんです、わかりますか今のお互いの立場が?」

「ねぇ婚約指輪ちらつかせながら言うのやめない!? 別な意味に聞こえるぞ!?」

「そういう意味で言ってるんですよ!」

「ねえどういう意味!?」

「分からないですか!? 分からないならもっと分かりやすく言ってあげますよ!」


 左手の薬指を見せつけながら、聖女イリス・ブルトゥスは一気に近づきこちらの顎を掴む。


「肩組んで仲良しこよしをしろと言ってるんじゃないんです、ただ一点、貴女に命令をさせてもらうだけです」

「め、命令って何を……」

「ニーナ・ラナトゥス」

「は、はい」

「私をエドガーだと思いなさい」


 散々溜めた末に。

 聖女様は糞真面目な顔でそう言った。


「……何言ってんだおめぇ」


 身長120㎝前後、無毛で短い手足の魔族、醜いゴブリンの頭領であるエドガー。

 それと自分を同一視しろなどと馬鹿げた事を聖女様は真顔で言い放った。


「馬鹿な貴女にもわかりやすく簡潔に伝えた結果でしょうがボケ阿呆うんこーーッ!」


 偽勇者として歩む私の第二の人生は。

 偽勇者として挑む最初の神器討滅の仕事は。

 そんな聖女様の意味不明な言葉から始まった。



◆偽勇者の図


  挿絵(By みてみん)


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