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4話「夜明けの来ない嘘つきの夜」後編


 あれからどれだけの時間がたっただろうか

 私は誰もいなくなった頭領の部屋で、ひたすら刃の入っていないなまくらの刀身を、じっと見つめていた。


「あっ、ここにいた」

「……エルザ?」

「いやぁ探したよ、まさかまだここに居るとは思わなくて」


 すると部屋にエルザの声が響き、剣に向けられていた私の意識が急速に現実へと戻される。

 私しかいなかったはずの頭領の部屋に、エルザが訪ねてきていたのだ。


「イリスとの話、終わったのか?」

「うん、まぁね」


 ひとまず私から話しかけてみるが、エルザは少し目線を外しながら話を返した。

 なんだか距離を感じる……


「それでね、貴方とはさっきのアレもあったし、神器のアレコレが始まる前にまず仲直りしておきたいなーって思って探してたんだけど」

「あ、あぁ、アレね……」


 距離を感じる理由は明白であった。

 先程の私の駄々っ子もどきのせいだった。


 ただ同時に、エルザがここに来た理由、仲直りをしたいという提案もそこにあった。

 挽回の機会が得られるというのだ、なんとありがたい事か、この機会を逃すわけにはいかない!


「えーっと、まず、アレはまあ誤解というか、なんというか、ちょっとした気の迷いというか……」


 が……ダメだ!

 良い弁解が全く浮かばない!

 どうしてこう駄目なんだ私は!


「ふーん、誤解ねぇ……じゃあさ、誤解を解くためにも、質問いい?」

「え? えぇ、それはまぁ勿論!」

「じゃあまず最初に聞きたいんだけど、貴方は今の今までこんな所で何してたの?」

「う、それは」

「言えない事だった?」

「いや、単純に恥ずかしい事で……その、己の未熟を嘆いていたというか、何というか」

「……哲学的な話か何かかな?」

「うん、まぁそんな感じ、頭領のおっさんに色々言われてさ」


 エルザへの返答は、己の未熟を晒すようで少し恥ずかしかったが。

 だからと言って隠すほどの話でもなかったし、私は頭領との話を伝える事にした。

 自信満々に私の剣を披露して、まだまだ未熟だと一笑に付された事を、そのまま。


「へー、ウチがイリス様と話してる間にそんな事あったんだ」

「おっさんの言い方は腹は立ったけど、でも私も自分が完璧だって驕ってたのは確かだからなぁ」

「それで達人のその先の領域ってやつ、全然違うんだ」

「うん、あれはお父様……あ、いや、私の師匠みたいな剣だった」

「そんなに凄いんだ?」

「真似しようとしても、上手くいかないだろうな」


 一応一度見た剣とまったく同じ所作、全く同じ剣閃を再現する、というだけならできるだろう。

 ただ、見よう見まねの剣を振るうだけでは技術は身につかない、猿真似では意味がない。

 技の本質をきちんと知識として頭に入れ、自らの血肉と変えなければ応用がきかないのだ。

 3次関数の公式だけ覚えてもその意味を知らなければ立方体の体積すら求められないのと同じだ。


「……ゴメン、聞いてても剣の事はよくわかんないや」

「だよなぁ」

「でもそうなんだ、剣の使い方、お父さんから教わったんだ」

「うん、お父様は昔はすごい剣豪だったらしくて、私に剣を教えていたのは主にお父様だったよ」

「へー」


 ただ、ラナトゥス家が魔族になってからお父様は獅子の半人半獣へと変じてしまったので、直接剣を握った姿をほとんど見た事は無かった。


「とはいえお父様が剣を振るうのを直接見たのは私が2歳くらいの時、まだラナトゥスが人間領だった頃に一度だけ、それもほとんどうろ覚えなんだけどね」

「ふーん」


 その時、父の理想とする剣の到達点も見せてもらったはずなのだが、流石に2歳の頃ともなると記憶が曖昧だ。

 あれが思い出せればもう少し取っ掛かりが見えそうなのだけれど。


「……ねぇところでさ、貴方の話を聞いて一つ気になったんだけど」

「ん、何」

「聖剣の勇者マティアスってラナトゥス出身だっけ?」

「え?」

「確かどこかの貧民街の生まれで、奴隷商に売られて大陸中央で育ったって昔聞いた記憶があるんだけど」

「え、あ! いやーあの、その……」


 や、やらかした!

 そういえば今の私はマティアスの振りをしているんだった!

 なのに私は今、ニーナ・ラナトゥスの過去を話してしまっていた。


「ねえ、ウチはこれでもあなた達の事はすごく好意的に思ってるんだ」

「うっ」


 嘘が、バレた!


「故郷も家族も失って生きる気力すら失いかけた今日、それでもどうにか仇を討とうと気力を保っていられるのは、イリス様とあなたが運よく一緒にいてくれたおかげだと思ってる」

「うぐっ」

「だからこそ教えて欲しい、正直に」

「くぅ……っ!」


 ああくそ! 罪悪感が、罪悪感がやばい!


「ねぇ、嘘ついたの?」

「ううぅ……!!」 


 こ、これは……もう無理だ! 

 このまま嘘をつき続けるなんて私にはできない!


「……はい、嘘ついてました、すいませんでした」


 私は白旗を上げた。

 全てを白状(ゲロ)することにした。


「じゃあさ、本当の名前教えてくれる?」

「ニーナ、ニーナ・ラナトゥス、です……」

「やっぱり女の子なんだ! それじゃ本当のお仕事は?」

「昔は魔王軍幹部で、今は……イリスの友達、聖剣を使えるのは本当」

「魔王軍幹部でラナトゥスって、じゃあ貴女の故郷は……」

「うん、今はもう滅んだ北の果ての裏切り者、ラナトゥスの国だよ」


 そしてその後に続く言葉をエルザに対し言うべきか言うまいか、少し悩んだが。

 これ以上嘘をつきたくない一心で、つい全て話してしまった。


「私もエルザとおんなじ、国も、家族も、仲間も、みんな亡くなってる」

「おー……それじゃウチとニーナの二人は故郷が滅んだ友達、略して滅友だね!」

「え? ほ、ほろとも……? 何その狂ったネーミングは……」

「狂わなきゃやってられないでしょ? だって、全部なくなっちゃったんだもん」

「……まぁ、そうだけど」

「だからウチらは滅友! この滅友協定を締結する事でウチとニーナの仲直りの証としようじゃあないか!」

「あ、あぁそういうアレね……」

「いいでしょニーナ、ほら、ほろともほろとも!」

「あ、はい、そっすね、ほろともー……」


 何とも狂った発想であった、何とも名状しがたい、恐怖さえ感じる発想であった、ドワーフ達の蛮族じみた思考に出くわした時と同じ、文化の違いを感じる。

 けど、それをエルザが良しとしているのならそれでいいのか。

 結局のところ重要なのはそこなのだから。


「そうだ、それじゃ滅友記念に一つお願いが……」


 そしてようやく二人の友情が修繕され、エルザが何か言いかけたその時。


「頭領! 至急、報告が!」 

「あぁ……なんて間が悪い」

「……あれ? 頭領は?」

「アンタ、もしかしてさっきの門番か?」


 私とエルザしかいない頭領の部屋に、ドワーフが一人飛び込んできた。

 その訪問者はよく見ると、先ほどイリスと殴り合った門番ドワーフだ。


「なんだ、お前らだけか、頭領はいないのか?」

「フレズのおっさんなら作業場に戻ったけど、何かあったのか?」

「あー、それは……うーん、まあアンタらならいいか」


 門番は続く言葉を私達に話すべきか話すまいか、一瞬躊躇したが。

 思考の末やがて口を開いた。


「どうも魔物らしき者を街に侵入させちまったみたいでな、その報告に来たんだ」

「魔物"らしき"?」

「あぁ、俺はあの殴り合いの後しばらく休んでから門に戻ったんだが、ちょうど代理の番と交代しようってその時、小さな黒い蛇みたいなのが門の隙間をすぅっと通っていってな」

「蛇……」

「別に地下なんだし蛇くらい居ても普通なんじゃないの?」

「それが、その蛇はどうも燻ったような火を纏っていて普通の動物とは違う様子だったんだ」

「なるほど」

「まだ魔物と決まったわけじゃないがとりあえず警戒してくれ、それともし頭領がここに戻ってきたらこのことを伝えておいてくれると助かる」

「そうか、わかった」

「よろしく頼むよ」


 そう言って門番はまた部屋の外へと走っていった。

 頭領の部屋は私とエルザの二人と、そして門番のもたらした情報だけが残された。


「燃える小さな黒い蛇ねぇ……」

「心当たりあるのニーナ?」

「そうだな、候補が3つくらい」


 私の知る限り、この地域で火の関わる蛇といえば概ね三種。


 第一候補はアイトヴァラスという名の尾の燃えている蛇、その家を裕福にしてくれるが対価として人の魂を奪う危険な奴。

 第二候補はザルティスという名の精霊、竈の火を好み民家へ入ってくる豊穣の精霊で住人を守ってくれる、有害どころか有益な奴だ。


 そして……


「最後の候補は悪魔ピシウスの使い魔、こいつは人や魔物に取りついて助言をする奴だ」

「じゃあ良い蛇なの?」

「取りつかれた奴は最初はそう思う、初めのうちはそいつにとって最も欲しい情報をくれるんだ、それによって物事を成功させたり、権力を手に入れたりできる」

「……"最初"はって事は、続きがあるんだね?」

「あぁ、ピシウスはまず有益な情報を流すことで自分は味方だと信用させるんだ、そうやってどんどん獲物の心の内側深い所へ入り込んでいく」

「その後は?」

「心を徐々に蝕んで乗っ取っていって最後には心も体も何もかもを奪う、それまでピシウスの助言で得た財産や名声、人脈や研鑽した技術、それらは全て奪われ最後はその悪魔の物ってわけだ」

「そうなんだ、悪いやつだね……」


 私の話を聞いたエルザは私から視線を外し、どこか遠くを見始めた。

 特に、ピシウスの話を聞いた辺りからなんだか表情に硬さを感じる。


「エルザ? 大丈夫か?」

「あ、うん、大丈夫だよニーナ、少し怖いなーって思っただけだから」

「……」


 もしや、そうなのか?

 私の中で一つの疑念が沸き上がった。


 門番が見かけた怪しい蛇はピシウスの使い魔で。

 そして今エルザに取りついているのでは、と、そんな疑念が。


 ……少し確認してみようか。


「そうだ思い出した、ピシウスに取りつかれた奴には一つ大きな影響があるんだ」

「影響?」

「取りつかれた部位が赤く腫れるんだ、たとえば、お前の耳みたいに」

「え!?」


 私の話を聞いたエルザは、咄嗟に右耳を抑えた。

 どちらの耳とは言ってないのに、右の耳だけを両手で。


「そうか、そこにいんのか」

「ひゃ!?」


 私はピシウスの使い魔に取りつかれている事を確信し、即座にエルザを押し倒し取り押さえ耳の中に手を突っ込んだ。

 エルザの大きな猫耳の奥の奥、軽く探るとすぐに"それ"に触れる。

 暴れ始めたそれを一気に掴み引っ張り出すと、その全貌が部屋の空気に晒され露になった。


 全長10㎝ほど、ちょっと大きなミミズかと思う程の小さな体躯、赤い鱗に覆われた全身、そして僅かに煙り燻ったマグマを思わせる黒い両眼を持った蛇が、悪魔ピシウスの使い魔がそこに居た。


「やっぱり、いたか」

「ひひひっ初めましてだなニーナ・ラナトゥス様よ、まさかこんな所で魔王軍幹部様に会えると、ぎぇ!?」


 その蛇の放つ言葉を聞かないようにしながら、私はそれを床に叩きつけ、そのまま間髪入れずに踏み潰した。

 コイツの言葉は人を惑わす毒だ、問答無用で殺すのが最適解。

 私の友達に手を出したコイツに慈悲は不要だ。


「……その子、死んじゃった?」

「あぁ、もう終わったよ、嘘ついて悪かった、そっちは大丈夫かエルザ?」


 踏み潰した使い魔が完全に死亡したのを確認後。

 私は床に押し倒してしまったエルザを助け起こす。


「……気にしてないよ、大丈夫、今のも私のための嘘なんでしょ?」

「う、うん……」


 折角修繕できた関係にまたヒビが入ってしまわないか、少し怖かったが杞憂に終わったようだ。

 何だか言葉に少し含みがあるように感じるが、きっと気のせいだろう。

 それに、今はそれよりも。


「それでアイツに何を言われた? さっき言った通り、アイツの言葉は最終的に取りついた奴を殺しちまうからヤバいんだ」

「何って言われても、何も……ただ頑張れって、生きてりゃ何とかなるって、それだけだよ」

「それだけ?」

「きっと何もかも失った私にはいい助言なんてできなかったんだろうね」

「……」


 悪魔ピシウスといえば、古代の皇帝や歴戦の剣闘士、大海の大蛇や魔族の将に至るまで人魔問わず様々な者を誑かし手駒に収めて来た厄介者だと聞いている。

 そんな悪魔が果たしてエルザ一人をどうにもできなかった、なんて事があるのだろうか。

 疑念がまた、沸き上がってくる。


「ねぇニーナ」

「え」

「一つ、聞いてほしい事があるの」


 が、その疑念を上書きするように。

 エルザが私に抱き着いて泣き始めた。


「貴方に一つ謝りたい、そして一つお願いがしたい、いいかな」

「それ結局二つじゃないか?」

「さっきウチ、貴女に"同情するな"なんて言ったけどやっぱり訂正したい、その事を謝りたい」

「……」

「こうして夜一人になってみると不安なんだ、明日、朝起きた時、まだウチは仇討ちの気力を保ってられるか、もし一晩寝て落ち着いたらその時、それ以上の何かに圧し潰されてしまうんじゃないかって」

「そりゃあ、そうだろうよ、あんな事があったら」


 私はそれをよく知っていた。

 沢山の物を失った後、一番辛いのは、当日よりも次の日の朝、いつもと違う天井を見上げ目を覚ました時だ。


「だから、さ、今日だけ、一緒のベッドで寝てもいいかな、不安を無くしたくて、それがお願い」

「……なるほど」


 私に抱き着きながら僅かに震えるエルザの言葉を聞いて、私は少し安心した。

 内心の不安を吐露するのは、膨らんだ風船の空気を抜くのと同じだ、ため込んだまま吐き出せなければ、いつかは爆発する。

 エルザは張りつめた心が破裂する前にちゃんとそれが出来たのだ。


 私とは違って、彼女は最適な行動を選べた。


「まあ、それくらいならお安い御用だよ」

「イリス様にもお願いしたんだけど、あの人には断られちゃって」

「な!? あいつ人の事散々に言っておいて!?」


 なんて薄情な奴なんだアイツ!

 エルザへの疑念が薄れるとともに、義憤が私の中に芽生え始めた。

 あんにゃろう、明日の朝会ったらすぐ背中に氷でも入れてやろう、そんな計画が頭に浮かぶ。


 ……が。


「……!」

「え……?」


 その瞬間。

 針に刺されたような痛みが、私の首筋に走った。


「な、なんで……!?」


 何が起こったのか誰の仕業か。

 考えるまでもない。

 私に今抱き着いているエルザが、死角となる首の後ろに針状の何かを刺したのだ。


「ごめんねニーナ、全部嘘、貴女と違ってウチのは自分のための嘘」


 そしてその痛みが広がると同時に、私の意識が薄れ始めた。

 毒だ。

 なんらかの麻酔毒がその針に仕込まれていたのだ!


「え、るざ……」

「本当の事を白状するとね、ピシウスは教えてくれたの、ウチの家族の仇、故郷を焼いた神器の所有者の居場所を」


 毒針をもらい意識が薄れ、立ち上がる事すらできなくなった私にエルザは続ける。


「ダンケルドの燭台は、その所有者は今、この国の首都人間の街ハストルドに潜んでる、だからウチはそいつを殺しに行く、仇を討ちに行く」

「だ、ダメだ……それは、ピシウスの罠……」

「大丈夫だよニーナ、わかってる、ウチは悪魔の誘惑に屈したわけじゃないから」


 そう言ってエルザは部屋の外へと走り出した。


 遠くなっていく足音と、私の体が床に落ちる音だけが部屋に響く。

 そして暗転していく意識の中、エルザに手を伸ばす事も出来ずに私は……


「思いっきり屈してるじゃねえかドアホぉおおお!!!」


 私は、叫びにならない叫びを口にしながら、そのまま針の毒にやられて意識を失っていった。


 こうして星の見えない地下ドワーフ街の夜は。

 抜け出した一人を除いて、眠りと共に新たな朝を迎える事となった。



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