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2話「夜明けの来ない嘘つきの夜」前編


 砂漠の中に(そび)え立つ大きな岩山その麓、そこはかつて獣人の街があった場所であった。

 今は家も人も何もかも燃え尽きて、黒こげの煤と真っ白な灰だけが残る無残な残骸。


 私達はそんな白と黒の入り口に立っていた。

 数分前まで多くの命が活動していたその場所は、今はただ炎の燃えるパチパチとした静寂だけが包んでいる。


「お墓、作らなきゃ……」


 誰もがその光景に動けず何も言えぬ中、故郷を燃やされた獣人の少女エルザは初めに、まるで自分に言い聞かせるように言葉を漏らす。

 私とイリスもその言葉でようやく我に返り、灰と火だけが残る街中をまわって、まず人の形をした煤を集める事にした。


 灰を集めては穴を掘って埋めて、それをひたすら繰り返し。

 街の住人全てを埋葬し終える頃にはもう日も傾き始めていた。



 そんな夕方に差し掛かった獣人街跡地。

 魔王の呪いの衝撃もどうにか一段落し、作業も終えて3人とも落ち着き始めた頃。


「あ、あの、そういうの止めてほしいんですけど」

「お願いだぁ! 案内してくれぇ!」


 すべてが終わってまず最初、いの一番。

 私は獣人の少女に縋りついていた。

 地に頭をこすりつけ哀願していた。


 どうか私達を助けてくれ、と。

 たった今家族と故郷を失った少女に懇願していた。


 遭難中の私達には案内役が必要だ。

 もしこの少女に、目の前の現実に耐えられず自殺、なんてされたら、私達まで死んでしまうと、ひたすら拝み倒していた。


「えぇ……本気で言ってるんですか貴女……」


 イリスからは軽蔑の言葉が投げかけられた。

 まあ当然だ、発言している私自身よくわかっている。

 これはどう考えてもたった今家族友人を亡くし、しかもその手で埋葬し終えたばかりの人に対してかけるべき言葉ではない。


 だが、だとしても言わなければならないのだ。


「一緒に来てくれないと死んじゃうんだよぉ! 手伝ってくれよぉ!」


 今の私達の現状を、この子の心が塞がってしまう前に。

 何としても伝えなければならないのだ。


「お願いします! お願いします! お願いします!」

「いや、あの……」

「何やってるんですか、恥という概念が無いんですか貴女!?」

「恥もクソもあるか! このままだとみんな死ぬんだよ!」

「あの、わかったから! 案内するから! だから頭を上げて!」


 傷心の果てにいた少女は、自分よりもさらに惨めな存在を目の前にしたからか、困惑と憐憫の目をもってこちらに接してくれた。

 行動の原理にあるのは同情か或いは親切か、どちらにせよ私の提案を呑んでくれた。


「そうか! 案内してくれるか! ありがとう!」

「え、あ、うん……」

「よしじゃあ早速どこへ行けばいい、案内してくれエルザ! ほら、イリスも早く!」

「……」


 私はとにかく急いで荷物を纏め、エルザの気が変わらないうちに移動しようと二人を急かした。

 一刻も早くこの場を後にし、そして一刻も早くエルザに私達の案内で頭が一杯になるようにとにかく急かした。


 そんな私の努力が実ったか。

 埋葬を終えた私達はあれよという間に街から飛び出し進路を南西に取り、エルザを先頭にして再び砂漠を歩き始める。


 焼失した街から逃げるように、神器の炎で所々がガラス化した砂の上を私達はとにかく歩く事となった。


「ふう……なんとか丸く収まったな」

「……」

「なんだよ、そんな目で見んなよイリス」

「貴女だって家族や故郷を亡くした側でしょうに、よくもまぁ同じ経験をした者をこき使おうなんて考えましたね」


 そんな私の行動に、イリスからは非難の声が上がった。

 当然の事ではある。

 が……


「それはあれだよ、同じ経験をしたからこそだよ」


 私だって自分の都合だけ考えてこうしたわけじゃない。


 何もかも失った人間は、何もする事がないと失った物の事ばかり考えてしまう。

 だから、何でもいいから行動したほうが、何もしないよりはマシなのだ。


 失った者達の重みと、それを失ったという事実を受け止められる準備ができるまで。

 その間は、別な事で頭を一杯にしておいた方がいい。

 少なくとも私はそれが出来なかったから安易な道に一度逃げてしまった。


 だからエルザには、せめて私の手が届くうちは手を差し伸べたい。

 私達と行動を共にして、少しでもその辛苦を和らげたい、そう思っての行動であった。


「……まあ考えがあっての事なら、これ以上は言いませんけど」

「あの、ちょっといいかな」


 そうしてイリスとの話が一段落したところで、今度は先導するエルザから声がかかった。


「そういえばウチ、まだ二人の名前をまだ聞いてなかったんだよね」

「……あれ、そうだっけ!?」

「出会ってから色々ありすぎて忘れてましたね……」


 私はすっかり友達気分でエルザと接していたが、そういえばそうだった。

 会ってすぐに神器の襲撃があったせいで、エルザにはこちらの名前すら伝えていなかった。


 ……よく考えたら私、めちゃくちゃ失礼な事したな?

 名前も教えてないくせに図々しくもエルザに助けて、ってお願いしたんだな私?


 どうしよう、今更ながら凄い罪悪感に襲われてきた。


「私はイリス、イリス・ブルトゥスです、それでこっちは」

「あ、私はニー……」

「こちらはマティアスです、苗字はない、ただのマティアスさんです」

「あ、うん、そうだったな! わ……俺はマティアスだ、よろしく!」


 しかし、ここでさらに嘘までつかなければならなくなった。

 すっかり忘れるところだった。

 今、私は勇者のフリをしなければならないのだ。


 今この世界に生きている聖剣の所有者は、その資格がある者は、かつて世界を救った勇者マティアスだけ。

 貴族の社会が回るためには、魔王の呪いによって混乱する人間社会を収めるためには、そうでなくてはならないのだ。

 だから、これは必要な嘘。

 つきたくなくても、つかなければならない嘘。


「……そうなんだ、改めてよろしくね、イリスさん、マティアスさん」

「あ、う、うん……よろしく……」


 あぁどうしよう胃が痛い。

 ストレスで胃が今にも死にそうだ……


「ん、あれ、待って? イリス・ブルトゥスってもしかして、聖女イリス様?」


 しかし幸か不幸か、そんな私の状況を知ってか知らずか、エルザの興味はイリスへと移った。


「えぇそうです、私は正真正銘七大貴族の跡取り、イリス・ジルヴェス・ブルトゥスです!」

「なんだ、そんな有名なのかコイツ」

「貴方知らないの? 4年前この国の内戦を終わらせたの立役者、それがイリス様だよ? 獣人、ドワーフ、人間、この国の主要3種族のお偉いさんを纏めて和平を結ばせたんだ」

「え、マジで!? なんかさらっと凄いこと言ってる気がするんだけど!?」


 エルザの発言に思わず飛び上がってしまった。

 私の横であくびをしているこの自称頭脳労働担当、普通に凄い奴なのか?

 ただの暴力暴言女じゃなかったのか!?


「しかし都合がいいね、イリス様の名前があればあの街に入れてもらえるかも」

「……その割になんか反応薄くない?」

「まあウチの故郷を救ってはくれなかったし」

「うわぁ! 反応に困る返答!」

「はいはい、エルザの邪魔しないで引っこんでましょうね」

「お前ももうちょっと誇れよ!?」

「別に私は大した事してませんから」

「……?」


 突然の相棒に関する新情報に混乱する私に、さらなる疑問符が浮かび上がった。

 内戦を止めたのに大した事してない?

 どういう事だ、流石に意味不明だ。

 さらなる説明を要求したい所だが……


「お、あったあった、ここだ」

「ん? どうした?」


 そこで私達の前を行くエルザが突然足を止めた。

 どういう事かと視線をイリスから外し前を行くエルザの様子を見ると、一行の目の前には砂漠の中にポツンと佇む岩山があった。


 テニスコートほどのその岩場は砂漠を旅する休憩所となっているのだろうか、岩場のあちこちに焚火やテント設置の跡が散見される。


「街に着いたから、二人に案内するよ」

「え、街……?」


 そして、そんなただの休憩所をエルザは街と称して案内を始めた。


 もしや故郷を焼かれて狂ってしまったのか。

 そんな疑念が頭を過ぎるが……


「まぁまぁ見てて、えーっと確かこの辺に……あった!」


 訝しみながらも様子を伺っていると、エルザは岩と岩の隙間に腕を突っ込み、そして……


「うわ、何これ!?」


 大きな振動が走るとともに、なんと岩場の中心が振動と共に動き、その中から階段が現れた!


「ここから先がドワーフの本拠地、イヴョークの隠し洞だよ」

「ホントにこんな所に街があるんだ……しかもこんな大がかりな仕掛けまで」

「彼らはこういうのを考えるのが好きみたいで、他所の国でもこういった隠れ里が沢山ありますよ」

「へー、おもしろ」


 そうしてそのまま私達3人は一列になってその狭い階段を降りていく。

 地の底まで繋がっているんじゃないかと思う程に長い長いその階段を降りていくと、やがてドーム状の広い空間へと辿り着いた。


「うおっ、広っ!? 高っ!?」


 階段の先には龍が飛んでも不自由しなさそうな巨大な空洞が広がっていた。

 そしてそこには石造りの建築が所狭しと並べられ一つの都市が築かれており、ドワーフという種族の所持する技術の高さが伺える。

 私達の降りて来た階段はその都市の端っこ、都市を囲む大きな城壁の外側へと繋がっていた。


「これ、このまま中に入っても大丈夫なの……?」

「さすがにウチら部外者は門番に話付けないとダメかなぁ」


 そう言ってエルザの指さす方向には、城壁の中と外を繋ぐ大きな門。

 そしてその門を守るドワーフの番兵がこちらを訝しみ睨みつけていた。

 彼を説得しない限り私達は中に入れてもらえなさそうだ。


「ウチは許可証持ってるから入れるけど、二人は……」

「聖女様ならフリーパスとかそういうアレじゃないのか?」

「流石に前に来たのは4年も前ですし当時はブルトゥス家の家臣もいましたから、今正直に名乗っても偽物扱いされると思いますよ」

「それじゃあダメじゃん……!」

「大丈夫です、4年前と同じ方法で話をつけてきます!」

「え、え、何それ大丈夫なのか!?」

「まあまあ貴女はそこで見てて下さいよ」


 イリスはそう息巻くと一人で門番へと向かって行った。


「4年前と同じって、エルザ何か知ってる?」

「ごめん、私はその時まだ新兵だったから、あまり詳しくは知らないんだ」

「そっかぁ」


 果たしてイリスは如何なる手段で場を収めるのか、不安に思いながらも様子を伺っていると……


「嘘をつくなぁ! 聖女様がこんな所に来るわけあるかぁ!!」


 門番のドワーフからものすごい怒声が飛んできた。

 イリスに食って掛かる門番ドワーフは、身長150㎝前後、人間としては小柄だがその代わり全身を分厚い筋肉で覆っており、体重が100㎏近く有りそうな屈強な体。


 そんな全身筋肉の塊が、同じくらいの身長で半分以下の体重のイリスの胸ぐらを掴んで威嚇していた!


「おいおい駄目じゃねえか!?」

「ま、まぁまぁ一旦様子を見ようよマティアスさん」

「勝手な偏見でものをいうじゃありません、ドアホぅ!」

「!?」


 そしてそれに対してイリスは、何故かドワーフに負けないほどの怒声で突っかかっていった!


「いや何で喧嘩腰!?」


 聖女を自称するならもっとお淑やかにいくべきじゃないのか!?


「ドワーフ相手におどおどした態度はNGなんだよ、臆病者や軟弱者って判断されたらもう相手してくんないから」

「えぇ……なにそれ……」


 私の故郷ラナトゥスも、戦士の国として勇気無き者は蔑まれる傾向にはあった。

 だが、それはあくまで戦士に生まれた者に対しての話。

 

 余所者や戦士以外の生まれの者にまでそれを押し付けるようなことはしていなかった。

 戦士を重宝する国だからこそ、戦士とそれ以外の区別はきちんとつけていたのだ。

 しかしドワーフにそう言った分別はないらしい。


 ドワーフの国、異常すぎる。


「疑うというのならその体に刻んであげますよ、聖女の拳を!」

「はっ、そんな細っちい体で喚いても説得力ねえな!」


 そして気付けばイリスと門番の間には今にも殴り合いを始めそうな空気が充満していた!

 流石に止めるべきだろうこれは!


「な、なぁ、その辺にしておこうぜ、殴り合いなら私が代わりにするから……」

「おい何だ誰だよお前ぇは、部外者が口出してんじゃねえぞ!」

「貴女は黙ってて! これは私の戦いです!」

「えぇ……なんでぇ……」

「まあ獣人の立場としても、他人に喧嘩を任せる聖女様の姿なんて見たくないかなぁ」

「あれぇ!? お前もそっち側!?」


 喧嘩を止めようと急いでイリスと門番の間に割って入ったが、四方八方からブーイングが飛び交い大人しく引っこむことになってしまった。


 理解できない、文化が違う!

 戦士でないのならもっと効率よく生きる手段はあるだろうに、なんで戦おうとするんだこいつらは!


 つーかドワーフもドワーフで機械はどうした機械は、やるならせめてそれ使えよ非効率だろ!

 なんでステゴロで喧嘩しようとしてんだ!


「おーおー、騒がしいのが来とると思ったらその顔、イリスの嬢ちゃんか、久しぶりだなぁ!」


 そして今すぐにでも取っ組み合いが始まりそうな一色触発な空気の中、今度はさらに武骨な雰囲気の第三者の声が加わった。


「え、誰ぇ……? どちらさま……?」

「俺はこの国のドワーフを纏めてる頭領だ、名はフレズョーブル、(あざ)はカラカラ、よろしくな嬢ちゃんの付き人君」


 門番のドワーフより大柄、筋骨隆々で全体的に肉付きもいい髭面のおっさんが、門番の守る扉の先から現れた。

 身長160㎝前後でこれまた人間基準だと小さいが、門番と同じかそれ以上の筋肉の鎧をまとったドワーフの男が、イリスと門番の脇で動向を見守る私達に向かって歩いてきたのだ。


「つ、付き人……」

「ていうかあんた、イリスの知り合いなのか? なら止めろよ!?」

「いやぁあの嬢ちゃんが前に来たのは4年も前だからなぁ、聖女の称号に甘んじて腑抜けてしまってたら街に入れるわけにはいかねぇんだわ」


 頭領の言い放つ言葉に、私は呆れて何も言い返せなかった。

 正誤無視して腑抜けは出禁とは、もはや蛮族みたいな思考してやがる……


「それに噂によればイリスの嬢ちゃん、親父さんが魔王の呪いにやられちまったんだろ? それで腐ってるようならここで叩きなおしてやんねえと」

「親を失った奴に追い打ちかける気かよアンタ……」

「臆病者は焼きを入れる、軟弱者はぶっ叩く、それがドワーフの流儀だ、身内も余所者も関係ねえよ」

「……」


 頭領の言葉を受けて、私は思わずエルザの方を見てしまった。

 こんなデリカシーのかけらもない野蛮人の群れに突っ込んで大丈夫だろうか。


 そんな不安に駆られたが。

 故郷を失った獣人の少女は顔色を変えることなく、ただイリスの方だけを見ていた。

 まるで、イリスの動向を伺うかのように。


 果たしてエルザの今の心境はどうなっているのだろうか。

 私には何も推し量れなかった。


「どうしても俺らの土地に入りたいってんなら己の勇を証明するこった」

「だから最初からそうすると言ってるでしょうが!」

「はっはっは、口だけの威勢じゃない事を祈るぜぇ!」


 そして混沌とする空気の中、頭領は一人右手を掲げた。

 一体何をするのか、聞かなくてももう予想はついた。


「ボンブール! 命令だ、門番としての責務を果たせ、その聖女様が腑抜けてねえか拳で確かめろ!」

「了解だ頭領!」


 頭領の右手が下ろされ、掛け声とともに筋骨隆々のドワーフの門番がイリスへと向かう。

 イリスも負けじと肩で風切り門番へと向かう。


 互いの体が接近し、どちらも前進を止めずやがて衝突。

 両者譲らず、頭と頭がぶつかり火花が散る。


 そして……


「あ、マズい」


 開幕一番、ドワーフの門番の拳がイリスの顔面に直撃した。

 倍近い体重差の打撃をもろに受けて、イリスの体は数m先まで吹っ飛ばされてしまった!


「糞っ、やっぱり私が……」

「まぁまぁ落ち着け付き人君」


 思わず飛び出しそうになった私の肩をドワーフの頭領が掴んで止めた。


「何で止める」

「落ち着け、付き人なら聖女様の事ちゃんと信じろや」


 背中の剣に手をかけ、邪魔者を斬り殺そうと獲物を見据た所で、さらに頭領は私へ向けて言葉を重ねる。


 イリスを信じろ、と。

 ……言われて仕方なくイリスへと視線を戻すと、そこには立ち上がって再び戦闘態勢を取るイリスの姿があった。


「おいおいマジかよ、アレをモロに受けて立ち上がったぞ!」

「手ぇ抜いてんじゃねえのかボンブール!」

「いいぞ嬢ちゃん! 今度はそっちからかましたれ!」


 そして周囲には、いつの間にか騒ぎを聞きつけ街から飛び出してきたドワーフの野次馬達が、城壁の上から歓声を上げその戦いを見守っていた。


「おいおっさん、なんだよコレ」

「悪いな、あの聖女様にはファンが多くてよ、来んなって言ってあるんだが誰も聞きやしねえ」

「見世物扱いかよ……」

「そのつもりはねえんだが、まあ否定もできねえな」


 そんな野次馬を気にすることなく、立ち上がったイリスは再び門番へと向かって行く。

 門番も追い打ちをかけることなくそれを待ち受ける。


 再び両者の制空権が交差し、拳が飛び交い、そして。


「あっ、また……!」


 イリスの拳は躱され、門番の拳は顔面に叩きこまれ、イリスの体が後方に吹っ飛んだ。

 ……が、今度は地面に倒れず受け身を取り、即座に立ち上がってまた門番へと向かって行く。


「なんだ、意外とやれる方なのか、アイツ」


 その動きは、多少武芸の心得のある体捌きであった。

 全くの素人という訳でもないらしい。


 が、しかしそうなるとさらなる疑問が私に浮かぶ。

 初回でも今回の攻防でも、イリスは門番の攻撃を防ぎも避けもしようとしていなかった。

 自分の倍以上の体格の男の拳を、真正面から無抵抗に喰らっていたように見えるのだ。


 何を考えているんだアイツは!?


「ねえ、何でイリス様やられるがままなの……?」

「そんなの私が聞きてえよ」

「お、なんだ付き人ども、嬢ちゃんの喧嘩見るのはじめてか」

「わ……俺は付き人じゃねえマティアスだ、その呼び方は止めろ」


 言ってる間に立ち上がったイリスがまた門番に殴られ吹き飛んだ。

 ウエイト差が尋常じゃない。

 これじゃオーガとゴブリンの喧嘩だ。


「あぁ、また……」

「心配すんな、あれが嬢ちゃんのやり方さ」


 喧嘩の内容はどう見ても一方的な蹂躙だった。

 だが、にも拘らずドワーフの首領はイリスの勝利を確信したかのような表情をしている。


「やり方って、あれのどこに理があるって言うんだ」

「相手の攻撃は避けない、防がない、全部食らった上でなお立ち上がって反撃する、そうやって4年前も頑固な老人共を殴り倒して味方に引き込んでいったんだ、あの嬢ちゃんは」

「なんだそれ、非効率すぎる……」


 頭領の話が続く間にもイリスは門番に何度殴られて、その度に立ち上がり、全身に青あざを作りながらも決して心折れず。

 そして。


「あ!」

「お、良いのが入ったなぁ!」


 もう何度目かもわからない再度の殴り合いの末、ついにイリスの反撃が通った。

 拳が一発、クロスカウンター気味に門番の顔面に直撃した!


 体重差もあって門番には少し膝を揺らす程度のダメージしか与えてはいない。

 それに結局イリスも門番の拳を喰らって大きく後退(あとずさ)りをした。

 が、それでも、この戦いで初の、イリス側の攻撃が通ったのだ!


「てかアイツ、あんな綺麗なカウンターが狙えるなら、普通に避けたり防いだりも出来るだろ……」

「俺らドワーフからしてもそう思うよ、異常だ、馬鹿だ、狂ってる、でもおかげで人間なんて糞くらえって奴でもあの聖女様だけは信用してもいいっていうのが出る程さ」

「そんな風に言われるほど好ましいか、アレ?」

「まあ色々当時の事情が重なった結果ではあるんだが、そういうのを抜きにしても、ああいう馬鹿が好きな奴が多いんだ、俺らの身内は」

「そ、そっすか……」


 そのままイリスは相打ち上等のカウンターで何度も何度も門番のドワーフへと殴りかかっていく。

 敵の拳を受け、目を腫らし、前歯が折れ、鼻の骨が折れてもなお避けず、防がず、狂気じみた執念で殴りかかり、そして……

 

「お!?」

「今度は嬢ちゃんの一方勝ちだな」


 顔面に門番の拳を受け大きな血しぶきをあげながらも、それ以上の強烈なリバーブローが門番の胴へと突き刺さった。

 イリスの倍以上のウエイトを誇る門番の膝がついに地へと屈する!


 それでもなお立ち上がり門番はイリスへと殴りかかろうとするが、イリスの一方的なストレートが顔面にぶち込まれ今度こそ沈没した。


 ついに一度も拳を躱しも防ぎもせずに、倍以上ある体格差の相手に殴り勝ってしまった!


 城壁の上で観戦していた野次馬達からは歓声が上がり、壁を飛び降りてイリスの元へと駆け寄ってきていた。


「何て勝ち方だよ、イかれてる……」

「でもそのおかげで頑固な老人共もお嬢ちゃんに屈した、そして何十年と続いた不毛な内紛を終わらせることができた、感謝してるよホントに」

「感謝してるんだったら何で門番と戦わせてんだよ」

「そんな聖女様が4年たっても馬鹿なままでいられたのか、確かめずにはいられなかったんだ」


 言っている間に街の中から出て来たドワーフ達はボロボロのイリスに駆けこみ人だかりを形成している。

 どいつもこいつも贔屓の役者が帰ってきた、みたいな顔でイリスへ話しかけていた。


「人生ってやつは色々あるもんだからな、聖女様が人間の社会の中で変わらずにいられたのか、不安でしょうがないんだよ」

「はぁ、なるほど……」

「人は言葉の上ではいくらでも嘘をつける、でも殴り合いでは誰も嘘なんかつけねぇ、だから俺らは殴り合うんだ、互いに腹の底から理解するためにな」


 ダメだ、何を言ってんのかさっぱりわからん。

 戦いとはただ相手から奪うだけの行為だ、私は故郷でそう教わった。


 ドワーフとラナトゥスの国は表面上はよく似ていたが、だからこそ、その中にある小さな違いがとても受け付けられなかった。

 文化の違いという奴を、嫌という程味わった気分だ。


「ま、杞憂に終わったようだし嬢ちゃん達は中に入ってよし、俺が許可してやる」


 しかし何にせよ、これで街に入る許可は勝ち取ったようだ。

 あとはここを拠点に神器の捜索と、それからエルザのその後を……


「ん、なんだ?」


 と、騒動が一段落着いたところで、今度は私達の立つ大地が大きく揺れた。 

 それに何だか地下の気温も上がっているような……? 


「おい、これまさか……」

 

 あまり考えたくはないが、これは……


「頭領!」


 嫌な予感が脳裏にちらついた所で、今度はどこからかドワーフの斥候が近づいてきた。


「報告です! また奴が! あの火の鳥が地上の前線基地を!」


 案の定、神器ダンケルドの燭台の襲撃であった。

 エルザの故郷を焼いたあの炎が、ドワーフの街にも迫ってきていたのであった。


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