51.違和感
貴賓室に入るとそこは異様な光景だった。
父レオナルドの機嫌がすこぶる悪い。
その父の片手にぶら下がるナイスバティ美女。
そして、空気が凍るのではないかというくらい無表情の母。
子供一人産んだとは思えない若さでお人形のような美貌の母が無表情になったら、それはもうビスクドールみたいで怖いからやめて欲しい。
トラウマになって夜眠れなくなっちゃうよ。
「レオナルド久しぶりね。逢いたかったわ。」
どう考えても一流ホストに貢ぐ銀座のママだな。
「そう。」
父の美女を見る目が冷たい。ゾクゾクするような酷薄な瞳。
匂い立つような男の色気と何者にもおもねらない孤高の人。
あ、これぞ母に誑かされる前のレオナルド・リヴィエラだ。
「あっ。」
美女の指先を捉える。口づけするふりをして、冷たく微笑んだ
「美しい方。また会いましょう。」
完全に目がハートの美女と、名前すら覚えて無くて、早く帰れとばかりに暗に退室を促す父。
そして、慇懃に扉を開いてお見送りする腹黒執事。
彼らは美女が惚けている間に見事な連携プレーで貴賓室から追い出す。
あの人誰だ?貴賓室に入れるのは王族くらいだが、あんな人いたっけ?
ノワールがそっと耳打ちした。
「側妃マグノリア様です。」
あっ、あれか。母がライバルだと言っていた女だ。
母から聞いた話では、留学中帝国で出逢った父とマグノリア王女は恋に堕ちて、結婚の予定だったが、母が政略結婚をゴリ押しして引き裂いたという話のあの父の初恋の君。
しかし、父の瞳には一切感情がないぞ。凍りつくような瞳で早く去れと言わんばかり。
しかも、父が名前を覚える気のない御婦人に使う常套句、『美しい方』発動だもんな。
なんだ、一般的に知られてる話、嘘じゃん。
父に冷たくあしらわれているというのに、惚けた様子で側妃マグノリアは赤いヒールを鳴らして通り過ぎる。
彼女の通ったあとにはむせ返るような、香水の香りがした。
そして、なんだろう。香水の香りの中にわずかだが血の匂いに似た匂いが混じっていたような気がした。
あれ?おかしいな。
国王には、正妃の産んだ王太子ガルシアというれっきとした嫡子がいるというのに。
どうして、側妃マグノリアが王母になると思ったんだろう?
ちいさな違和感は俺の心の中にざわざわとした不安を駆り立てた。




