50 ノワール
「アレックス、迎えにきました。」
テニイレロとわめき散らす感情を押さえ付けアレックスを抱き上げた。
不安だったのか、何のためらいもなく抱きついてくるアレックスに苦笑いした。
たぶん、私がこの世界で一番危険な人間かもしれないというのに…。今はアレックスの信頼が辛い。
うちなる情動が叫び出しそうで、愛らしいアレックスから目をそらし天井を仰ぎ見て深呼吸をする。
いかん目の毒だ。落ちていた純白の上衣でアレックスを自分の視界から覆い隠した。
純白の絹ですっぽりと覆われたアレックスが自分だけの宝物のようで愛おしい。このまま、連れ去りたい欲求を必死に抑える。
脳裡に巣くう赤黒い靄がテニイレロと盛んに唆す。葛藤に心拍がはね上がるのがわかった。私は危険だな。
「アレックス、約束を破りましたね。」
膨れ上がる欲望に火をつけるように真っ赤な太陽がジリジリと視界を灼いた。脆い自制心に怒りを感じながら、アレックスに別離を切り出す。
愛おしいぬくもりを手離したくないのに、口は勝手に次のセリフを紡いでいく。
「アレックス、少し距離をおきましょう。私は学園を離れようと思います。」
私が離れないといけない。アレックスが恐れていた10年後の出来事が10年と言わず今、起きてしまうかもしれない。
美しいアレックスと結ばれたような夢心地のうちに離れた方がいいんだ。穏便に手に入れる方法を模索していた筈なのに心はいつの間にか離れる方に傾いていく。何故なんだろう。
側にいたい。だけど…。
そんな自分の迷いを蹴散らすようにアレックスが怒鳴った。
「ずっと側にいてくれるって、親友だって…。俺がそんなに俺の事が嫌いなの?」
怒りで責めるようなアレックスの口調に驚く。温厚なアレックスが怒りを見せる事なんて今までなかったから。でもねアレックス。私は、私には…。
「アレックス、今の私にはそんな資格はありません。」
言いたくない、言いたくない。なんでこんなこと言わなきゃならないんだ。資格なら作ればいいじゃないか。資格が無いなら奪えばいい。葛藤する心と裏腹に顔から表情が喪われて行った。ただ、涙が苦しい胸の内を語るように静に流れ落ちた。
アレックスが被せた上衣を乱暴に剥いだ。
この忌々しい程赤く染まった光の中でアレックスだけは染まることなく神々しい程までに美しかった。
そして、私の顔を見て虚を突かれたように、項垂れた。私はさぞかし醜い顔をしているのでしょうね。
そんな私の胸に顔を埋めたあなたは狡い人だ。そんなにすがるようにしがみつかれたら、期待してしまいそうです。
あなたにとって私の思い出が信頼にたる友人のまま、綺麗なままでいられますように…。
「アレックス、このまま側にいたら、私はあなたを傷付ける。だから、あなたを守るために…。」
アレックスあなたは美しくて、愛らしくて、そして残酷だ。あなたの恐れていた未来をあなたに嫌われる未来を私に作らせないで…。




