eight (side 鹿島)
鹿島はビニールのラッピングフィルムだけでも良いと思ったが、小梅は真剣な顔で、キョロキョロと周りを見渡している。その度に黒髪が頬を滑っていき、鹿島は不思議にもそれから目を離せなかった。
(いまどき、黒髪なんて珍しい、な)
花奈の顔を思い浮かべる。つけまつ毛、カラーコンタクト、デコレートしたネイルチップ。メイクは濃く、唇もレッドだったりピンクだったり、その日の気分によって変わるらしい。
(それに比べたら……)
小梅のこの質素な顔。いや、違う。メイクが薄いだけで、実際はそんなに悪くない顔立ちだ。
「あ、そうだっ」
急な声に、鹿島は小梅の視線の先を追った。
「店長、これいただけませんか?」
冷蔵の果物コーナーに置いてある、果物の籠盛り。見舞いや供え物として連れていかれる果物たちが、籐で編んだカゴに所狭しと盛りつけてある。取っ手の部分には大ぶりのピンクのリボンが、巻きつけてあった。
「いいよ、いいよ」
店長が、良いもの見つけたねえ、と言いながら、リボンを外していく。
鹿島は「そんな、だめです。そこまでしなくても、」と慌てて声を上げた。
「小梅ちゃん、これどうかな? 使える?」
いつの間にか、奥の部屋から出てきた年配の女性が、白いレースの紙ナフキンを差し出した。
「多摩さん、ありがとう。これ、使えるよ。ねえ、こんな感じでどうかな?」
小梅は受け取ったレースの紙ナフキンで茎を包み込んだ。生活感のあるホイルの銀紙が上品なレースの柄に包まれて隠され、花束の茎の緑色に映えている。
「ラッピングは無しで、このままリボンで巻いて」
店長に渡された果物の籠盛りに使われていたリボンを巻くと、白とピンクで統一された、ボリュームのあるブーケが出来上がった。
「これ、は……」
小梅のデザインセンスにも驚かされたが、店長と多摩という女性の好意も嬉しかった。
「どうでしょうか?」
おずおずと差し出された花束は、もちろん洗練されたデザインではないが、上品にまとめ上げられていて、鹿島は心底感心した。
(仏壇の花をつかまされるかと思ったが……)
花束を受け取る。
(これなら、花奈も喜ぶだろう)
そんな思いが顔に表れていたのか、小梅が笑顔で言った。
「彼女さんに喜んでもらえると良いですけど」
「そうだね。これなら喜ぶと思うよ。本当に、ありがとう」
鹿島は身体の底から、じわっと温かくなる思いがした。
ラッピングに使った果物の籠盛りや手間賃をと言う鹿島に、店長は花代であるカラーとラナンキュラスの代金だけを受け取り、あろうことかスーパーの外にまで出て、みなで見送ってくれた。
そしてその時。
「あ、ちょっと待ってくださいっ」
小梅がエプロンのポケットから一枚のバンドエイドを取り出し、花束を持つ鹿島の人差し指にペタリと貼った。ついさっき、書類の山から契約書を引っ張り出した時に切った傷だ。
自分でも忘れていた。滲んだ血が固まっていて、もう痛みはなかったからだ。
小梅を見ると、「……とっても痛そうだったので」と、くしゃっと顔を歪ませた。まるで自分が切ったのかというような痛そうな表情。
素直に可愛いなと思った。
「ありがとう」
そしてそれは胸の奥からの、自然な言葉だった。
店長の後ろへと回り、遠慮がちに頭を下げる小梅を見る。
鹿島はそっと手を振った。
(……本当にありがとう)
ラナンキュラスの香りがふわりと香ってきて、鼻腔をくすぐっていく。
もう一度振り返って見ると、小梅は店長の後ろから、小さく手を振り返してくれている。遠慮がちに、けれど嬉しそうな笑顔で。
その姿をずっと見ていたい思いに駆られたが、パァッとクラクションが鳴らされてタイムリミットを知ると、鹿島は車の方へと走った。